帰魂譚【会いに行けなかった父】
掲載日:2026/02/03
夜の歩道橋。
制服の男の横に、くたびれた男が立っていた。
半透明の体で、下の道路を見ている。
「……やっと、会えるはずだったんです」
ぽつりと言う。
「離婚してから、なかなか会わせてもらえなくて」
指を握る。
「でも、やっと約束できて」
少し笑う。
「遊園地、行こうって」
沈黙。
「その朝、事故で」
言葉が途切れる。
車の音だけが流れる。
「来なかったって、思われてますよね」
震える声。
「父親なのに、会いにも来なかったって」
制服の男はポケットに手を入れる。
「会いに行くか」
⸻
夜の住宅街。
二階の窓に、明かりがついている。
中では、子供が母親に聞いていた。
「パパって、ぼくのこと嫌いなの?」
幽霊の男が固まる。
母親が困った顔で答える。
「そんなことないよ」
でも、声は弱い。
子供は黙る。
「……来なかったもん」
小さく呟く。
幽霊の男の声が震える。
「違うんだ」
制服の男が言う。
「聞こえねぇよ」
沈黙。
「でも、言っとけ」
男は窓に手を伸ばす。
「ずっと、会いたかった」
「愛してる」
声は届かない。
それでも子供が、ふと窓を見る。
何もないはずの夜風が、カーテンを揺らす。
子供は、小さく呟く。
「……パパ?」
幽霊の体が、少しずつ夜に溶ける。
「ありがとな」
声だけ残る。
⸻
帰り道。
制服の男は空を見上げる。
「……きっと、伝わる」
夜は、静かだった。




