きらきらの小瓶
森にかこまれた小さな村に、リラという女の子が住んでいました。
リラは村の誰よりも目がよく、ふしぎなものが見えることで有名でした。
それは──人の心の中にある「きらきら」です。
喜んだとき、ありがとうと思ったとき、誰かの手をそっと握ったとき、
胸の奥にぽっと灯る、あの小さな光。
リラには、それがほんとうに光って見えるのでした。
ある日、リラは母から小さなガラスの小瓶をもらいました。
「この瓶には、あなたが見つけた“きらきら”が少しだけ入るのよ。大事に使ってね」
それからリラは、村のあちこちで小瓶を手に歩き回るようになりました。
◆◆◆
朝早く、パン屋のおじさんの店の前に行くと、
焼きたてのパンのいい匂いといっしょに、
おじさんの胸にふわりとした金色のきらきらが浮かんでいます。
「おじさん、今日もパンを焼けて嬉しいんだね」
リラが言うと、おじさんは少し恥ずかしそうに笑いました。
リラはそっと瓶を開け、金色の光のかけらをひとしずく分けてもらいました。
森の小道では、迷子になって泣きべそをかいている小さなウサギに会いました。
リラが手を差し伸べると、ウサギの涙の奥で、
薄い桃色の光がぷるぷると揺れています。
「大丈夫、大丈夫。おうちまで送ってあげる」
そう言って抱き上げると、桃色のきらきらがぽん、と優しい火花のように弾け、小瓶の中に入っていきました。
村の広場では、転んで膝をすりむいた少年がいました。
泣きながらも、少年は口をぎゅっと結び、泣くのをこらえています。
その頑張りの奥で、小さな青い光がきゅっと震えています。
「痛いね。でも、よくがんばったね」
声をかけると、少年の青いきらきらはしずくのように落ちて小瓶へ入りました。
こうしてリラの小瓶の中には、
金色、桃色、青色……
さまざまな心の光が少しずつ集まっていきました。
◆◆◆
けれど、村にはひとりだけ──
リラがどれだけ目をこらしても“きらきら”が見えない人がいました。
それは、村はずれの丘に一人で住む、年老いた男の人。
名前はエルノと言いました。
エルノはいつも無口で、背中を少し丸め、
まるで影のように静かに暮らしている人でした。
村の人はみんな、なんとなくエルノを避けていました。
けれどリラだけは、どうしても気になって仕方がありません。
(どうしてあの人だけ、きらきらがないんだろう
もし、本当に何もなかったら……
わたしは、何をしてあげられるんだろう)
ある夕方、リラは思い切ってエルノの家の戸をたたきました。
「こんにちは、エルノさん。少し、お話がしたくて」
エルノは驚いたように目を丸くし、
しばらくしてからゆっくりとうなずきました。
「ねぇ、エルノさん。どうして、あなたにはきらきらが見えないの?」
言ってしまったあとで、ちょっと失礼だったかな、とリラは思いました。
けれどエルノは怒ることもなく、
しばらく黙ったあと、ぽつりとつぶやきました。
「……昔な、大事なものを失くしてしまったんだよ」
その声は、冬の風みたいに冷たくて、弱々しくて、
長い長い時間の重さを引きずっていました。
リラは言葉を失いました。
エルノの胸の奥をじっと見つめたけれど、
そこには何の光もありません。
真っ暗で、静まり返っていました。
「それは……取り戻せないものなの?」
リラがそっと尋ねると、エルノは目を伏せ、
浅く笑いました。
「戻らない。だから、もう光らなくていいんだ」
そのとき──リラの手に持った小瓶が、突然びくっと震えました。
瓶の中から、
金色、桃色、青色……
これまで集めてきた光がいっせいにふるえ出し、
まるでひとつの方向へ引っ張られているように見えました。
(どうして……?)
リラが戸惑っていると、瓶の光たちはふわりと外へ飛び出し、
まっすぐエルノの胸の前に集まっていきました。
エルノは驚いて目を見開きました。
胸の前に集まった光は、まるで人の形をつくるようにゆらめき、
やがて小さな、小さな影のような輪郭をつくりました。
それは、少女の形に見えました。
どこか懐かしくて、
ずっと昔に呼ばれた名前が、
胸の奥でかすかに揺れた気がしました。
リラは息をのみました。
エルノもまた、震える声で言いました。
「……ああ、そうか。おまえたちが……」
光の輪郭はそっと、エルノの胸に触れました。
その瞬間、暗闇につつまれていたエルノの胸の奥で、
小さな灯がぽっとともりました。
ほんとうに、ほんとうに小さな光でした。
けれど、どんな色よりも温かく、
どんな光よりも優しい──そんな輝きでした。
リラはそっとエルノの手を握りました。
「エルノさん。失くしたものは、消えてなんかいないよ。
あなたの中に、ずっといたんだよ」
エルノは深く息をつきました。
長い冬がようやく溶けたような、静かで温かい息でした。
「……そうかもしれないな。ありがとう、リラ」
◆◆◆
その日から、リラにはエルノのきらきらが見えるようになりました。
最初は豆粒よりも小さかったけれど、
日を追うごとに、少しずつ、少しずつ大きくなっていきました。
リラの小瓶は、きれいに空になっていました。
少しだけ胸がちくりとしましたが、リラはそっとふたを閉じました。
もう、集めなくていい。
そう思えたからです。
光は、集めるものじゃなく──
そっと見守るうちに、人の中で育っていくものなのだと、リラは知りました。
やがて村の人たちもエルノに話しかけるようになり、
エルノのきらきらはゆっくりと色を増し、
ほんのりと周りを照らすようになりました。
夜、家に帰る道でリラはふと空を見上げました。
星がひとつ、またひとつと瞬き、
まるで「今日もよくがんばったね」と声をかけてくれているように
きらきらと優しく光っていました。
リラは小瓶を胸に引き寄せ、静かに笑いました。
「きらきらは、世界じゅうにあるんだね」
その声は星に溶けて、夜の空にふわりと広がっていきました。




