何でも欲しがる妹へ。貴方が欲しがったもの全て、私のおさがりなんですけどね?
妹のキャロリンは私の持ち物を何でも欲しがる。
ドレス、ネックレス、髪飾り。教科書にノート、羽ペンやカラフルなインク。
上げだせばキリがない。でも、別にそれで構わない。だって。
「アニエス、またキャロリンにあげたのかい?」
「ええ。お父様」
「じゃあ、アニエスには新しいものを買わないとね」
にこにこと微笑むお父様に私もにっこりと微笑み返した。
なんでも欲しがる妹のおかげで、私は常に新しいものに囲まれている。妹様様である。
私とキャロリンの間には二歳の差がある。私は今年十七歳。妹は十五歳だ。
お父様の執務室から出て廊下を歩いていると、向かいから妹のキャロリンがやってくる。
今日は一体なにをおねだりされるのだろう。
「お姉様!」
「なぁに、キャロリン」
「お姉様の婚約者のモーレス様が欲しいです」
ぱち、と私は瞬きをした。ぱちぱち。数度瞬きを繰り返す。
なるほど、今回は婚約者のおねだりときたわけね。
物と違って婚約者は人だ。
さすがに簡単に渡してしまうのは――そんなことを考えながら、私はにっこりと微笑んだ。
「いいわ。モーレス様には私から話しておきましょう」
「ほんとう?! やったぁ!」
喜びでぴょんぴょんと跳ねる妹は可愛い。
姉の欲目だとわかっているけれど、この子に欲しがられるとなんでも与えてしまう。
モーレス様は私の婚約者の侯爵令息だ。顔も整っていて、すらっとした体躯をした美丈夫。性格も悪くはない。
ただ、決定的に私と反りが合わないことを除けば優良物件だと思う。
(正直持て余していたのよね。こちらが伯爵家だから私からは断れない縁談でもあったし)
モーレス様は悪くはないのだが、常に笑顔を浮かべている姿が真意が読めなくて少し苦手なのよね。
まぁ、私は人のことを言えないのだけれど。
私の好みはもっとワイルドな偉丈夫だ。
モーレス様は私の好みの真逆を行くので、婚約も結婚も乗り気ではなかった。
キャロリンが欲しがるならあげていい。
重荷が一つ取れた気がして足取りも軽く私は自室に戻るのだった。
▽▲▽▲▽
無事に婚約が私からキャロリンに移った後。お父様が新しい私の婚約を組んだと口にした。
家族が集まる朝食の席で伝えられた言葉に、私は案外すぐに決まったわね、と落ち着いた気持ちだった。
「アニエスの新しい婚約者はミシェル・ベルンハルト公爵令息だ」
「あら」
思わず声が零れ落ちた。婚約相手が侯爵令息から公爵令息にレベルアップしている。
思わぬ棚ぼただ。こういうことがよくあるからキャロリンの欲しがり癖には助かっている。
キャロリンが私のドレス、ネックレス、髪飾りを欲しがるたびに、新しく買ってもらえるものはさらに質が良くなったし、教科書はともかくノートと羽ペンやカラフルなインクはもっと上質なものを与えられてきた。助かりすぎる。
私がキャロリンに視線を移すと、妹はにこにこと微笑みながら朝食を食べている。
「いいなぁ、お姉様。お似合いね!」
にこにこと笑うキャロリンはミシェル様には興味がないみたい。
確かにキャロリンは体格に恵まれた野性味のあるミシェル様は好みではないだろう。
それに妹は私から一つものを奪うと満足してしばらく興味をなくす癖もあるから、今のうちに縁談をまとめてしまえばいい。
「お父様、顔合わせはいつですか?」
「三日後を予定している」
「わかりました」
この間お母様に買っていただいた新しいドレスがいいかしら。
アクセサリーも新しいものを出して、髪飾りはどれにしようかしら。
そんなことを考えながら、私は食事を再開した。
三日後、ベルンハルト公爵家に招かれて顔合わせとなった。
私は新しいドレスに袖を通した。
お屋敷を出るときにキャロリンに「お姉様、いいなぁ、そのドレス」と言われたので、帰ったらあげなければならない。
応接室で待っていると、公爵とミシェル様が入ってこられた。
ソファから立ち上がってカーテシーをした私とお辞儀をしたお父様に、公爵が「そんなに畏まらなくて大丈夫だ」と柔らかく口にする。
ソファに座りなおした私とお父様の前で、公爵は柔和に微笑む。
「今回は息子との婚約を受けてくれて助かるよ。息子はどうやらアニエス嬢に一目ぼれをしたらしくてね」
「父上」
「ああ、すまない」
公爵の隣に座っているミシェル様が咎めるように名を呼ぶ。
穏やかに笑った公爵が「では、私たちはこれで。二人で話をするといい」といってお父様を連れて部屋を出た。
残された応接室で、ミシェル様ががりと頭をかく。
「父が余計なことを口にした」
「いえ、嬉しいですわ」
にこりと微笑むと、ミシェル様は特大のため息を吐き出す。
隠しておきたかったのかしら。
微笑みながらミシェル様の反応を待っていると、彼は逸らしていた視線を私に向ける。
まっすぐに射抜かれるように見つめられて、心臓が少しだけ跳ねた。
「婚約を結ぶ前に一つ確認したいことがある」
「なんでしょうか?」
「……エルウガ伯爵家での生活に、不満はないのか?」
エルウガ伯爵家は我が家のことだ。なんのことを聞かれているのだろう。
心当たりがなさ過ぎて首を傾げた私の前で、ミシェル様が膝の上で手を組んで浅く息を吐き出した。
「夜会でも有名な話だ。君の妹が姉である君からいろんなものを奪っていると」
「まぁ」
口元を抑える。隠していなかったので仕方ないけれど、悪評が立っていたなんて。
キャロリンの婚約が中々決まらなかったのはそれが原因なのかしら。
「どうなんだ?」
嘘は許さない、とまっすぐな瞳が告げている。
けれど、それは私を気遣ってだとわかっているから、私は穏やかに微笑み返した。
「事実ではあります。けれど、私はいまの生活に不満などないのです」
「ほう。なぜだ」
「だって、妹が私のものを欲しがった分だけ、私には新しいものが与えられるからです。私、新しいもののほうが好きなので」
私の言葉にミシェル様が瞬きをした。
予想外の言葉を言われたといわんばかりの反応に、私が言葉を待っていると一泊おいて盛大に笑いだす。
「はは! そうか! 『あえて』盗られているのか!」
「はい。妹は私のものが欲しい、私は新しいものが欲しい。口には出しませんが、利害が一致しているでしょう?」
「ははは! そうだな!」
なにがそんなにおかしいのかしら。
お腹を抱える勢いで笑っているミシェル様が笑いすぎて滲んだらしい目元を拭って私を見る。
「だが、俺が渡したものは妹には盗られないでくれ。もちろん、俺自身もだ」
「あら、ご存じなのですね」
私が婚約者のモーレス様をキャロリンに渡したことを。
含みを込めて口にした言葉に、ミシェル様がにやりと笑う。
「当然だろう。キャロリン嬢にモーレスを勧めたのは俺だ。彼女なら君からモーレスを奪うと思っていた」
「まあ」
そこまでして私と婚約を結びたかったということだ。
なんだか、それは。
「私たち、お似合いかしら?」
「ふ、そうだな」
妹になんでも渡して新しいものを手にしている私と、私の婚約者を妹に進めて私の婚約が破棄されるように仕向けたミシェル様。
私たち、似た者夫婦になれるかもしれないわ。
▽▲▽▲▽
「お姉様! きいてください! モーレス様が!!」
ばたんと勢いよく開けられた扉から飛び込んできたキャロリンに私は読みかけの本を机に置いて振り返った。
「どうしたの?」
「私のこととってもかわいいって! お姉様よりかわいいって!」
「よかったじゃない」
誉められたのだろう。
今日はモーレス様のお屋敷でお茶会だと私のお下がりのドレスを着てうきうきと出かけて行ったから。
けれど、キャロリンの表情は不満げだ。
なにが不満なのだろうと内心首をかしげていると、ぷうとキャロリンが頬を膨らませる。
「私よりお姉様のほうが絶対に美人なのに!」
「それはそうだけれど」
「でしょう!」
私は『美人』と呼ばれる顔の系統をしている自覚がある。
キャロリンはふわふわな髪の影響もあって『かわいい』に分類されるだろう。
姉妹で顔の造詣が違うのはちょっと不思議ね。
「いいじゃない。私は美人で貴女はかわいい。どちらも誉め言葉よ」
「でもでもでも! お姉様のほうが褒められるべきなの!」
「ありがとう」
ぷんぷんと怒っているキャロリンは本当に私のことが好きなのだ。
だから私のもをなんでも欲しがってしまう。
ソファに腰を下ろしたキャロリンに合わせて、私も椅子から立ち上がってソファに移動する。
キャロリンは愛らしい頬をぷっくらと膨らませて、まだまだ怒っていることをアピールしている。
「モーレス様に、お姉様のものを何でも欲しがるのやめなさい、とも言われたの。お姉様はセンスがいいから、なんでもほしくなってしまうのに」
「そうねぇ。貴女はセンスが悪いから、私のおさがりで満足したほうがいいわ」
確かにはたから見たらよくない関係に見えるのかもしれない。
あるいは夜会で立っているという噂のことを考えて苦言を呈してくれたのかも。
でも、いまさらキャロリンの性格が変わるはずもないし、私としても変わってしまうと困るわ。
私が一つ釘を刺すと、キャロリンはこっくりと頷いた。
物分かりが良くて助かるわね。
「はい、お姉様。ところで新しいドレスが欲しいの。先日お姉様がミシェル様と会いに行くときに着られていたドレスがいいわ!」
「あら、いいわよ。新しいドレスはちょっときついのよ。貴女は細いからちょうどいいかもしれないわ」
にこりと微笑んで先日袖を通したばかりのドレスを脳裏に思い描く。
胸元が少しきつかったのは本当だ。
着れないわけではないけれど、胸元のラインが綺麗に出ないドレスを持て余していた。
「モーレス様とは仲良くできていないの?」
「そんなことないです! モーレス様はとっても良い方ね、お姉様」
「貴女との相性は良さそうよね」
私との相性は悪かったのだけれど。
悪いというか、お互いに微笑み続けて会話が続かないことが何度かあったのよね。
キャロリンとならそんなことも起こらないだろう。
「そうだ! 今日モーレス様にもお話したのだけれど、お姉様と一緒に結婚式をしたいの!」
「一緒に?」
「はい! 合同結婚式というものが庶民の間で流行っているんですって!」
両手を合わせてにこにこと微笑むキャロリンの言葉に私は軽く首を傾げる。
貴族の結婚式に庶民の流行を取り入れるのはどうなのかしら。
でも、楽しそうだわ。
「いいわね。私からミシェル様にお願いしてみるわ」
「やったぁ!」
無邪気に微笑むキャロリンに、私は次のミシェル様とのお茶会が楽しみね、と微笑んだ。
キャロリンから『合同結婚式をしたい』と言われてから五日後。
ベルンハルト公爵家でのお茶会の席で、私はキャロリンの言葉を思い出してミシェル様に伝えた。
「合同結婚式?」
「はい。キャロリンがやりたがっているの」
「君は結構妹に甘いな」
肩をすくめて紅茶を口にしたミシェル様に私はからころと笑う。
「だってキャロリンは可愛いもの」
「そうか」
馬鹿みたいに素直で愛らしいと思う。
私の言葉に含ませた意味に気づいたのか気づていないのか、ミシェル様はカップをソーサーに戻して微笑んだ。
「先日、モーレスと話す機会がったんだ」
「そうなのですね」
「ああ。『女の趣味が悪いな』と伝えたら『そちらこそ』と返されてしまった」
肩をすくめたミシェル様に私は笑みを深める。
女の趣味が悪いのは二人とも同じくらいだと思うのだけれど。
「だが、合同結婚式か。悪くないな」
「賛同いただけるかしら」
「ああ、いいだろう。アニエスの頼みだからな」
思ったより乗り気なミシェル様の言葉に私は並べられたクッキーに手を伸ばす。
一口齧ると、サクサクのクッキーは砂糖をふんだんに使っていて甘くて美味しい。
「ウエディングドレスはどうする?」
「一度しか着ないものね。ミシェル様はご要望はあるかしら?」
「聞かれると思って、いくつか案を用意しておいたんだ」
そう告げてミシェル様が手を上げる。
奥に控えていたメイドが何枚かの紙を手に近づいてきて、ミシェル様から私に手渡される。
「あら、素敵ね」
「君に似合いそうなものをピックアップしている」
「どれも素敵だわ」
エンパイアラインやマーメイドドレスが中心で、私のスタイルを引き立たせているものが多い。
さすがミシェル様、私の好みを把握したうえでよく考えてくださっている。
「ふふ、持ち帰って検討しても?」
「ああ。もちろんだ」
「ありがとうございます」
にこりと笑って、私はウエディングドレスのデザイン案をメイドに預けた。
汚れてしまっては困るもの。
▽▲▽▲▽
三家を交えた話し合いの結果、キャロリンの強い要望に当事者の私たちが賛同したこともあって、合同結婚式は実現した。
私はミシェル様と選んだマーメイドドレスのウエディングドレスを、キャロリンは私に散々アドバイスを求めて、可愛らしいプリンセスラインのウエディングドレスを身にまとっている。
ミシェル様も普段はそのままの髪をしっかり撫でつけていてカッコよさが増しているし、髪の長いモーレス様もいつも以上に念入りに髪を結っているのがわかる。
神父様の元まで歩む扉の前で私たちは軽い雑談を交わしていた。
「ねぇ、お姉様。結婚式が終わったらお姉様のウエディングドレスをください」
「いいけれど。貴女、もう一度結婚式でもするつもりなの?」
思わぬキャロリンの要求に私が軽く首を傾げると、モーレス様が涙目でキャロリンに縋りついた。
「捨てないでくれ!!」
「はは、捨てられそうになってる」
そんなモーレス様の姿を見て、ミシェル様が心底可笑しそうに笑っている。
モーレス様は私の前では落ち着いた顔しか見せなかったけれど、キャロリンに対してはずいぶんと必死だ。
それだけ惚れ込んでいるということなのだろう。
別にいいけれど。私のことはミシェル様が愛してくださるから。
「お姉様、ファミリーネームが変わってもお姉様の欲しがりの妹でいてもいいですか?」
「構わないわ。あげられるものは減るけれど」
「よかったぁ」
心からほっとしたように笑うキャロリンは愛らしい。
『欲しがりの妹』と夜会で蔑称交じりに呼ばれていることも把握したうえで私のものを欲しがるなんて、なんて可愛くていじらしいのかしら!
読んでいただき、ありがとうございます!
『何でも欲しがる妹へ。貴方が欲しがったもの全て、私のおさがりなんですけどね?』のほうは楽しんでいただけたでしょうか?
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