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黄昏の神と仮初の婚約者 〜番にはしないと言う彼に、なぜか溺愛されています〜  作者: 逢坂とこ


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第二話


 咲が、自らの運命の変遷にひとつも気づかぬまま、黙々と鑿をふるっていた頃──屋敷の応接間では、篠宮の現当主・篠宮康造しのみや こうぞうと、ひとりの若い男とが向かい合っていた。

 男はかっちりとした軍服に身を包んでいるが、その意匠は帝国軍人のものとはわずかに異なり、胸元に特徴的な陰陽の紋章が縫い込まれている。どうして彼がこんなところに。康造の無言の問いに答えるように、ごく端的に男は言った。


「篠宮の先代当主 由造ゆうぞうの娘・咲を、朱雀院すざくいん家当主のつがいとして迎え入れたい」


 商人たるもの、迂闊に本心を曝け出してはいけない。その作法が身についているはずの康造でさえ、あまりに想定外の内容に思わず目を見開いた。この男はどこで咲の存在を──朱雀院家とは『あの』社交嫌いの──そもそも『番』とは? なにから尋ねるべきかさえわからず呆然とする康造をまっすぐに見て、男は続ける。


「これは、『陰陽寮』からの通達です」


 通達。

 それはつまり、『断れない』という意味だった。『陰陽寮』とは、暦や測量・天文や卜占といった内容を広く司る、国の主要機関のひとつである。男──石動蒼佑いするぎ そうすけは、陰陽寮に所属する陰陽師であり、そこから下された『決定事項』を、篠宮家に伝えにきた伝言役に過ぎないのだった。

 そもそも篠宮の家は一介の商家にすぎず、どれだけ財を成していようとも、華族からの婚姻の申込みに否やを唱えられるような立場ではない。華族と繋がりが持てる、と考えれば、むしろ、両手を上げて受け入れるべき話とも言える。しかし──と、康造は内心で眉を寄せた。


(しかし──咲を持っていかれるのは、有り難くない)


 今の『天獻寳物』の評判の半分は、咲の作る細工物が担っていると言っても過言ではない。女の手によるものだからか、はたまた当主直伝の技術によるものなのか、咲の作る細工はとくに評判がよく、凝った細工の一点ものなどが、張った値付けをしてもよく売れるのだ。金のなる木をみすみす手放したくはない。康造はゆっくりと口を開いた。


「それはそれは……なんとも、ありがたいお話ですが……」


 朱雀院家は、古くは天皇家にも連なるという、由緒ある華族のひとつである。『代々当主が社交嫌いでほぼ表に出てこない』という一点を除けば、ひとつの後ろ暗いところもない名家である、という評判だった。そんな家がなぜ、という疑問も匂わせながら、ただ不思議がっているふうに聞こえるように康造は言う。


「咲はすこし変わった娘でして……ろくに花嫁修業もしておらぬのです。とりたてて器量良しとも言えず、愛想もなく、朱雀院様のお相手が務まりますかどうか」


 事実、咲は、可愛らしいとは言い難い見た目の娘だった。

 黒檀の髪は真っ直ぐで艶もある見事なものだったが、細かい細工物を作り続けているせいか妙に目付きが鋭く、小作りな細面とも相まって、冷たい印象を他人に与える。不美人というほどではないが、ともかく男に好かれる愛想や愛嬌がない、というのが康造の見立てであった。

 咲が嫁入りを果たしたとして、相手の男に気に入られるとは思えない。そうなってしまっては、累を結ぶ価値も薄れてしまう。康造はあくまで本心からの、相手方を思っての提案であると聞こえるように謙って言った。


「ちょうど、私の娘に美華というのがおりまして。歳の頃は咲と同じで、女学校も出ておりますし、それなりに見られる見た目もしております。こちらのほうが……」

「お言葉ですが」


 ご満足いただけるのではないかと愚考するのですが、という提案は、けれども、最後まで言わせてもらえなかった。


「此度の話は、ただの縁談ではありません。『番』の選定──卜占が、彼女を選んだのです。彼女でなければ意味がない」


 石動はごく静かな調子で言い、けれども、彼の軍人らしい佇まいから発せられる圧とでも言うべきものが、厳しい商談にも慣れているはずの康造をあっさりと切り捨てる。そうして、射るような視線とともに、石動は続けた。


「……そもそも、これが、我が『陰陽寮』からの通達である由を。古来より、神事において『卜占で選ばれる』ことが、何を意味するか。それらすべてを、ご理解いただいたうえでのお言葉でしょうか?」


 その言葉を理解するまでに、少しの時間がかかった。

 卜占で選ばれる──陰陽師の『神事』──それが意味するもの。康造は目を見開いた。


「……だから、咲であると?」


 咲は両親を失い、身寄りと言えるのは康造だけだ。

 それこそ古来より──『生贄』には、身寄りのない乙女が選ばれることが多かったという。咲は確かに、その条件に合致していた。

 しかし、この現代──『文明開化』の靴音高い帝都に置いてもまだ、『生贄』などというものが必要とされることがありうるのだろうか? 未開の田舎で竜神が住まう滝に生娘を叩き落とすのと同じような野蛮な儀式が、未だに存在するとでも? 疑心と恐怖とがないまぜになり、思わず口元を引きつらせた康造に、石動はなにも言わずに微笑んだ。

 その微笑みは、少なくとも康造には肯定に思えた。この若者が途端に得体のしれない何者かに思えてきて、思わず軽く身体を退いてしまう。そんな康造を安心させるように、あくまで穏やかに石動は言った。


「咲殿を迎え入れるにあたり、朱雀院家からは相応の支度金が支払われます。また、篠宮の家への礼として、『天獻寳物』を宮内庁の公認とする話も上がっております」

「……!」

「無論、正式な審査などは受けていただくことになりますが……悪い話ではないでしょう」


 悪い話ではない、どころか、政府に伝手のない康造ではどうあがいても手に入れられなかった、なによりも欲しかったのが『御用達』の箔である。康造はつい先刻の恐怖も忘れ、反射的に頷いた。


「それは、はい、とてもありがたい……いや、その」

「朱雀院に入ってからの咲殿については、こちらがすべて引き受けますので、篠宮の手を煩わせることはないとお約束します。……なにも、問題はありませんね」


 そう言って、念を押すように石動は微笑んだ。それはつまり、『咲とは縁が切れると思え』という──彼女の安否を問うことはするな、という念押しだった。

 一瞬言葉に詰まったのは、康造の中にまだ、姪の命を売り渡すことに罪悪感を抱く程度の人間性が残っていたことの証左だろうか。

 けれども──結局、康造は頷いた。


「ええ。……これ以上ないお話です。咲は、幸せものだ」


 そう言って笑みを作ることさえした。石動は満足げに頷いて言った。


「それでは、明日、咲殿を迎えに上がります。急な話で申し訳有りませんが、身一つで来ていただいて構いませんので」


 断れない状態にさせてから、昨日の今日という無理を押し付けてくる。そのやり口、通常の婚姻であればありえない急な展開が、これが『婚姻』ではなく『人買い』であるという事実を康造に突きつける。朱雀院から正式な婚姻の発表があるのかどうかもわからないし、式など望むべくもないのだろう──そういう、年頃の娘を案じる思いのすべてを押し殺し、康造はただ笑顔で頷いた。

 支度金と、『御用達』の箔。

 咲が優秀な技術者であることを考慮したとしても、彼女一人を売り渡すには、十分すぎる報酬だった。




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