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黄昏の神と仮初の婚約者 〜番にはしないと言う彼に、なぜか溺愛されています〜  作者: 逢坂とこ


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第十二話


 咲の日常は、その後も特に変わらなかった──とは、行かなかった。或人がぴたりと作業場に訪れなくなり、休みに咲を誘うこともなくなったからだった。

 それはおそらく、『未来のない』相手に対しての、或人なりのけじめなのだろうと思われた。元より『婚約者』は『形式上』であり、長く続けられるようなものではない。咲は静かにそれを受け入れ、咲の生活は、部屋と作業場とを往復する日々へと戻っていった。


 けれども、もちろん、以前と同じというわけではなかった。咲は石動や咲に頼んで外出をすることも、『天獻寳物』に納品した対価を得てそれで買い物をすることも、来てもらっている教師に引き続き料理や裁縫を習うこともできた。


 咲は自由だった。





 ある日、石動が咲の作業場を訪れて、『辞令』として以下のような内容を告げた。


 ひとつ、咲を陰陽寮付きの工人として採用すること。

 ひとつ、仕事場として朱雀院の作業場を使用することを許可すること。

 ひとつ、或人の『婚約者』という立場を解消し、小鳥遊の家の預かりとして、住居をそちらへ移すこと。


 咲は静かにそれを聞き、石動に深く頭を下げた。


「力及ばず、申し訳ありません」


 咲は役目を果たせなかった。石動が、ひいては陰陽寮すべてが咲に託していた願い──或人の愛を得ることを、咲は果たすことができなかったのだ。

 咲は或人に与えられてばかりで、なにひとつ、彼に返すことができなかった。


「……頭を上げてください、咲様。あなたは十分にお役目を果たされた」

「そんな、」

「事実です。……愛とは、『与えたい』と思うことだと私は思います。或人様はあなたに全てを与えたがった。それはやはり、あなたを愛したからなのでしょう」

「……それは……」


 生真面目な顔で語る石動に、咲は、失礼だとわかっていながら小さく笑ってしまう。そうして、苦笑したまま答えた。


「その『愛』は、……しかし、『番』に対するものにはなり得なかった。或人様は、人を愛しているとおっしゃいました。ですから、この国の全ての人間を愛するように、親が子にそうするように、私のことも愛してくださっただけで……」


 それですら、咲にとっては過分な『愛』だった。過分な愛だったけれど──咲はそこで言葉を切り、込み上げてくるものを堪えきれずに俯いた。

 愛がもし、『与えたい』という思いならば──今、咲の中にあるものだって、間違いなくそうだった。与えられるばかりで、なにひとつ返すことができなかったけど、ほんとうは咲だって、或人に、何かを与えたかったのだ。


 一つの不足もない人に、それでも明らかになにかが欠けている人に、それを与えられるのが──彼の永遠を埋められるのが、咲であったら良かったのに。


 咲はしばらく俯いて、堪えきれない嗚咽に震えた。咲自身の過剰な望みより、彼のこれまでと、彼のこれからについてを思った。天に還ったという神々のことと、『人を愛している』と言った彼のことを。


 これからも彼は、たった一人の神として、その正体を隠し、人々のために祈り戦うのだろうか? いつまで?

 彼がついに──人の愚かさに傷ついて、人を愛せなくなるまでずっと?


「……石動様」


 咲は袖で拭った顔をどうにか上げた。ただじっと咲が落ち着くのを待っていてくれた石動が、静かに「はい」と返事をする。


「私は、すぐにここを出ていかなければいけませんか……?」

「……或人様にも、横暴だという自覚はあるようですから。ひと月ほどは伸ばせるかと」

「では、ひと月」


 背筋を伸ばし、揃えた手を膝の上に置く。指先を握り込む。或人が『綺麗な指』だと言ってくれた指を。

 そうして咲は、再び、石動に頭を下げた。


「ひと月、私に時間をください。或人様のお手を煩わせることも、無理を言うこともしないとお約束します。ひと月たったら、大人しくここを出ていくことも。……陰陽寮の方の意図に沿うことはもう出来ないので、無駄と断じられても仕方がないとはわかっています」


 或人の側から明確な拒絶があった以上、どれほど陰陽寮が咲が『番』となることを諦められなくても、咲の側から彼に手を伸ばすことはしたくないと思う。咲は、或人の考えを──或人の事情に咲を巻き込みたくないという『愛情』を、蔑ろにしたくないと思うからだ。


 それでも、その上で、咲にできることがあるはずだ。


 咲の願いを、石動はただ了承した。

 そうして咲には、ひと月の猶予が与えられた。或人とは顔を合わせないまま、ひと月は、瞬く間に過ぎ去っていった。



 

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