表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/1

第0話

楽しんでください。


 ——戦争と「栄光」と呼ばれた任務はここで終わった。


 五年間だ。

 聖なる民の平和の象徴として、大国の上層部から託された使命を背負い、俺たちは旅を続けてきた。

 ──いや、正確には「知るべきでなかった」俺たち、現代から召喚された者たちが。

 魔王を打ち倒し、各地に蔓延る邪悪な黒魔術の教団を潰して回る。

 そう、全ては「平和」のために。


「……疲れたな」


 異世界に召喚されたのは五人。そのうちの一人が、俺だ。

 うん、正直に言えば……自分を英雄の一員として名乗るのは、ちょっとした虚栄心かもしれない。

 実際のところ、俺は“予備の勇者”っていう、他の連中とは明確に違うレッテルを貼られていた。

 他の勇者たちは、前線で輝くための強力な加護を持っていた。

 剣の神。魔法の神。そんな派手で戦闘向きな加護たち。……対して俺のはまったく方向性が違った。全然、別物だった。

 確かに俺も旅には同行していた。

 大陸から大陸へと、悪が残した痕跡を辿りながら転戦する。

 魔王だって、拠点を一つに絞らず各地に分散させてたから、討伐には骨が折れた。

 けどな、真実を言えば、俺の立場はあくまで「影の裏側のさらに奥」。

 目立つこともなく、称えられることもなく――それでも確かに必要とされた立ち位置だった。

 だってな、俺の加護は「鍛冶の神」だったからな。

 戦場で剣を振るうための加護じゃない。

 俺に与えられたのは、武器や道具を作り、支える者としての力。

 冒険の最中、俺がやっていたのは日々の鍛冶仕事だ。

 仲間のため、勇者のため、騎士のため、時には通りすがりの名もなき戦士のために。

 求めに応じて、最適な武器を仕立て上げてきた。

 結果は――まあ、自分で言うのもなんだが、悪くなかった。

 品質は抜群。神の加護の恩恵か、仕上がりはいつも期待以上。

 神とは不思議なもんだ。否定しようにも、出来栄えがすべてを物語っていた。


 「……わかってる」

 鍛冶師ってのは、この戦いの生態系にとって不可欠な存在だ。

 もし俺みたいなやつがいなければ、前線で戦う連中は道具も満足に扱えず、まともにスキルを発揮できなかっただろう。

 どれだけ伝説級の武器を持っていても、扱う者の手に合わなきゃ意味がない。

 そしてなにより、この世界に「絶対壊れない武器」なんて存在しない。

 どんな逸品でも、使い方一つで壊れるし、使い手の迷い一つで命取りになる。


「……まあいいや。もう全部終わったことだしな」



 現在、俺はとあるバーにいる。ここはただの酒場ではない。

 この空間には女給の派手な笑顔に欲を滲ませる男たち、酔い潰れる寸前の騎士たち、そして空気を汚すタバコと安酒の匂いで満ちている。

 王国によって設立されたこの施設は、下層階級──特に一般兵士たちのために用意された特別な場所だ。


 そして今日は、世界中で「完全なる平和」が正式に宣言された日でもある。

 戦争の終結。征服の欲望の否定。殺し合いという愚行の終焉。

 言い換えれば、争う理由そのものが失われた。

 だからこそ、この場には笑顔が溢れている。

 王族も、地方貴族も、街の民も、皆がこの結末を受け入れているようだった。

 ……それが“あるべき姿”というものなのだろう。


「失礼、今お時間よろしいですか? もしかして……ナオツキ様、五人の聖なる勇者の一人、“鍛冶師”の方でしょうか?」


 その声は、ざわめく騒音の中でもなぜかはっきりと耳に届いた。

 俺は店の最奥──酔いの限界を感じながら、高級酒を何杯もあおったその席にて、半ば意識を手放しかけていた。

 頭が重い。目の前も霞んでいる。

(……見えない、ぼやけてる)

 けれども、その輪郭だけで判断するに、俺はその女性に見覚えがなかった。

 なので、ぼんやりとした視界のまま俺は問い返した。

「……ああ、そうだけど。わざわざ俺なんかを探してどうするつもりだ?」

 半分眠るような口調で、なんとか答える。


「私の名はワーナーズ・ゼルタ。西大陸の“魔導大師”ですわ」


 その紹介に、一瞬だけ意識が戻る。望んでいなかった相手の名乗り。

 彼女はそのまま、俺の正面にある椅子へと腰掛けた。

 ──なぜ? なぜわざわざ西大陸から? 

 俺の拠点は、遥か東のヴェル王国圏だ。

 それに、“ワーナーズ・ゼルタ”などという名を、これまで聞いたことすらない。

 西の地からやってきたという“魔導大師”が……今このタイミングで、こんな空気の悪い下町酒場に、わざわざ俺を訪ねて来る理由とは……


……もしかして、俺は何か──どこかで“しくじった”か?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ