第0話
楽しんでください。
——戦争と「栄光」と呼ばれた任務はここで終わった。
五年間だ。
聖なる民の平和の象徴として、大国の上層部から託された使命を背負い、俺たちは旅を続けてきた。
──いや、正確には「知るべきでなかった」俺たち、現代から召喚された者たちが。
魔王を打ち倒し、各地に蔓延る邪悪な黒魔術の教団を潰して回る。
そう、全ては「平和」のために。
「……疲れたな」
異世界に召喚されたのは五人。そのうちの一人が、俺だ。
うん、正直に言えば……自分を英雄の一員として名乗るのは、ちょっとした虚栄心かもしれない。
実際のところ、俺は“予備の勇者”っていう、他の連中とは明確に違うレッテルを貼られていた。
他の勇者たちは、前線で輝くための強力な加護を持っていた。
剣の神。魔法の神。そんな派手で戦闘向きな加護たち。……対して俺のはまったく方向性が違った。全然、別物だった。
確かに俺も旅には同行していた。
大陸から大陸へと、悪が残した痕跡を辿りながら転戦する。
魔王だって、拠点を一つに絞らず各地に分散させてたから、討伐には骨が折れた。
けどな、真実を言えば、俺の立場はあくまで「影の裏側のさらに奥」。
目立つこともなく、称えられることもなく――それでも確かに必要とされた立ち位置だった。
だってな、俺の加護は「鍛冶の神」だったからな。
戦場で剣を振るうための加護じゃない。
俺に与えられたのは、武器や道具を作り、支える者としての力。
冒険の最中、俺がやっていたのは日々の鍛冶仕事だ。
仲間のため、勇者のため、騎士のため、時には通りすがりの名もなき戦士のために。
求めに応じて、最適な武器を仕立て上げてきた。
結果は――まあ、自分で言うのもなんだが、悪くなかった。
品質は抜群。神の加護の恩恵か、仕上がりはいつも期待以上。
神とは不思議なもんだ。否定しようにも、出来栄えがすべてを物語っていた。
「……わかってる」
鍛冶師ってのは、この戦いの生態系にとって不可欠な存在だ。
もし俺みたいなやつがいなければ、前線で戦う連中は道具も満足に扱えず、まともにスキルを発揮できなかっただろう。
どれだけ伝説級の武器を持っていても、扱う者の手に合わなきゃ意味がない。
そしてなにより、この世界に「絶対壊れない武器」なんて存在しない。
どんな逸品でも、使い方一つで壊れるし、使い手の迷い一つで命取りになる。
「……まあいいや。もう全部終わったことだしな」
現在、俺はとあるバーにいる。ここはただの酒場ではない。
この空間には女給の派手な笑顔に欲を滲ませる男たち、酔い潰れる寸前の騎士たち、そして空気を汚すタバコと安酒の匂いで満ちている。
王国によって設立されたこの施設は、下層階級──特に一般兵士たちのために用意された特別な場所だ。
そして今日は、世界中で「完全なる平和」が正式に宣言された日でもある。
戦争の終結。征服の欲望の否定。殺し合いという愚行の終焉。
言い換えれば、争う理由そのものが失われた。
だからこそ、この場には笑顔が溢れている。
王族も、地方貴族も、街の民も、皆がこの結末を受け入れているようだった。
……それが“あるべき姿”というものなのだろう。
「失礼、今お時間よろしいですか? もしかして……ナオツキ様、五人の聖なる勇者の一人、“鍛冶師”の方でしょうか?」
その声は、ざわめく騒音の中でもなぜかはっきりと耳に届いた。
俺は店の最奥──酔いの限界を感じながら、高級酒を何杯もあおったその席にて、半ば意識を手放しかけていた。
頭が重い。目の前も霞んでいる。
(……見えない、ぼやけてる)
けれども、その輪郭だけで判断するに、俺はその女性に見覚えがなかった。
なので、ぼんやりとした視界のまま俺は問い返した。
「……ああ、そうだけど。わざわざ俺なんかを探してどうするつもりだ?」
半分眠るような口調で、なんとか答える。
「私の名はワーナーズ・ゼルタ。西大陸の“魔導大師”ですわ」
その紹介に、一瞬だけ意識が戻る。望んでいなかった相手の名乗り。
彼女はそのまま、俺の正面にある椅子へと腰掛けた。
──なぜ? なぜわざわざ西大陸から?
俺の拠点は、遥か東のヴェル王国圏だ。
それに、“ワーナーズ・ゼルタ”などという名を、これまで聞いたことすらない。
西の地からやってきたという“魔導大師”が……今このタイミングで、こんな空気の悪い下町酒場に、わざわざ俺を訪ねて来る理由とは……
……もしかして、俺は何か──どこかで“しくじった”か?