優しいオルゴール
夢鳴オトは数少ないオルゴール職人である。
オトが創るオルゴールは数々のコンテストでグランプリを獲り、学校や記念館等に届けられている。
この日もオトは、老人ホームへと贈るオルゴールのアイディアをアレコレ練っていた。
自宅の二階にアトリエを設けており、オルゴールを創る時は勿論の事、一日の半分はそこで過ごしている。
流石に食事や休息は下の階のリビングで過ごすのだが、仕事場が落ち着くのだ。
案を練り続ける事約二時間……机に向かい鉛筆と紙を前にしたまま何も浮かばないでいる。
今までのように普通の型のオルゴールでは、あまり年輩の人たちには喜ばれない。
(品を御届けする先は老人ホーム……力の弱い方々がいつでも気軽に聴く事が出来る、そんなオルゴール……どうすれば、出来る?)
オトの案は詰まるばかり。
オトが悩み続けている理由は、数日前にオルゴールの届け先である老人ホームから異例の注文が出されたからだ。
『毎年色んなオルゴールを創っていただき、ありがとうございます。
それでですね、今年は特別なお願いが在りまして……わたくし共が経営していますホームのご利用の皆様ですが……』
老人ホームからの依頼内容だが、力が殆ど無いお年寄りの方は、オルゴールの箱を開けたり、ネジを巻いたりするのは手先が弱まりつつあるので、力を使わず聴けるオルゴールを製作してほしい……との事だ。
(箱タイプでもネジタイプでも駄目なら、他の形のオルゴール……力を入れずに作動するタイプのオルゴール……駄目だ!)
考えが進まないオトは部屋の空気を入れ換えようと、正面にある小窓を開けた。
「……ああ、良い風……ん!」
向かいの家の屋根が目に入り、一つの案が閃いた。
「アレ……良さそう……」
思わす言葉が零れた。
二週間後、オトはオルゴールの依頼を受けた老人ホームへと赴いた。
オトが手にする紙袋には、新しく出来たオルゴールが入っている。
「こんにちは、御注文のオルゴールを御届けに参りましたあ!」
中から女性の介護士が現れ、オトを出迎えた。
「夢鳴さん、ありがとうございます。
お待ちしていました」
介護士たちも、利用者の人たちも、皆がオトの手作りオルゴールの音色に聞き入っている。
小窓に置かれた風変わりなオルゴールは風が吹く度に回転して、その反動で曲が流れる。
風が逆に吹くと、曲もまた逆に鳴り、別の音色を奏でる。
「なんて可愛らしいオルゴールだこと」
「これなら力の弱い僕らでも気軽にいつでも聴けるよ」
「オトさんは天才だわ。
こんな形のオルゴール、思い付くなんて」
オトが悩んだ末に創作したオルゴールは風車のような形をしており、小さな風が吹くだけで羽根になっている部分の先がソノシートの役割を果たし音色を奏でる……回転する物だ。
「お向かいの家で靡いていた鯉のぼりの先にある滑車からヒントを得たんです」
こどもの日だからこそ、思い付いた身近なアイディアだった。
「オトさんは、素朴な所から閃きを生み出す名人だわ!」
介護士の女性も満足そうに、オトを褒め称えた。
「私だけの力じゃあ、この案は生まれなかったです。
お向かいさんには、感謝感謝ですよ」
優しいオルゴール職人から、そよ風が一筋流れた。