92.祭りのあと
「危機一髪だったね」
私は、ようやく解放された瑛祐くんに声をかけた。
「おぅ。ヤバかったな。俺にキスまではしなかったとは思うけど、あの人テンション上がると何するか、わからないから……」
「そうだよね⋯⋯。それで、あとは、片付けだよね。何か手伝えることある?」
「いや、大丈夫だよ。瑛里は文化祭、最後まで楽しんでおいで」
「あの……」
「どうした?」
「だから……」
鈍感な男はモテないよ。……いえ、モテてほしくはないんだけれど。
「えっと、片付けるだけなんだけど……」
「今日、ずっと離れてたから。一緒にいたいって言ったら、ダメかな?」
「……! 嬉しい。嬉しいよ。じゃあ、片付け一緒にお願いしてもいいかな」
「うん。もう、しょうがないなぁ」
二人でやる片付けは楽しかった。どんな単純作業でも、二人でやれば立派なデート。お喋りしながらだけど、作業も驚くほど捗る。
「クラスのオムライスも完売して大盛況だったよ」
「そうなんだ。良かった。でも、俺あんまり手伝えなかったから、クラスの奴ら怒ってないかな」
「演劇部の件で、どちらかといえば同情的だったよ。それに私が頑張ったからさ、『旦那さんの分もありがとね!』だって。照れるよね」
「だ、旦那さんって……。まあ、でも、嬉しいかな」
「ふふふ。嫁は頑張ったんだから、ちゃんと褒めてね」
「えらいよ、瑛里。……でも、俺も結構頑張ったんだぜ?」
「うん。小道具のクオリティ、凄かった。ナイフとか本物みたいで、世界観とマッチしてたよ」
「照明が当たった時に、本物の金属に見えるように色を置くんだ。質感が大事だからさ」
やっぱり、根っからの職人魂だ。凄いよ。
「でも、来年はクラスが変わっちゃうから……クラスの出し物を一緒にやりたかったな」
「クラスか……。俺、理系だからな」
「私も数学、頑張ってみようかな」
「ダメだよ、瑛里。瑛里は雑誌社の仕事、やってみたいんだろ?」
……人生経験でいえば半分以下の少年に、真っ当に諭されてしまった。
「頑張って同じクラスになろう」と言ってほしかった気もするけれど、私の夢を尊重してくれるのが彼らしい。
「そうだね。うん。瑛祐くんの言う通りだ。やっぱり私は文系だよ」
「俺さ、国立理系の進学クラスに進むからさ。瑛里は文系の国立進学クラスを目指してみたらどうかな?」
「でも、クラスは離れちゃうよ?」
「国立進学クラスは、選択科目で授業が一緒になったりする場合もあるんだって」
「もしかして、遥香先輩情報?」
「うん……。なんだかんだ言って、応援してくれるらしいんだ」
「ふーん。まあ、いいけど」
「よし。これで、あとは明日で大丈夫だ」
「じゃあさ。グラウンドで後夜祭やってるみたいだから、行こうか」
「おぉ、行こう!」
後夜祭では優秀賞の発表があり、その後はイルミネーションでライトアップされる。
最優秀賞は、やはり演劇部だった。
表彰を受ける遥香先輩を見て、瑛祐くんが小さく呟いた。
「やっぱり、あの人は違うんだよな」
「ん? 何?」
「いや、なんでもないよ……」
繋いだ手に、少しだけ力がこもった気がした。
やがてイルミネーションに灯がともり、いつもの無機質なグラウンドが幻想的な光の海へと変わる。
「なんだか、良いね」
「うん。そうだね。……瑛里、クラスが離れても、俺はずっと瑛里と一緒だから」
「うん。お弁当も作るし、プラモ作りも。勉強も教えてね」
「ずっと、ずっと一緒だからな」
「そうだね。ずっとね」
けれど、ふと思った。
瑛祐くんも私も、ずっと一緒だと思っていた人との悲しい別れを経験している。
アキラさんのこと……。
「瑛里は、いなくならないでね」
なんだろう。この流れ⋯
トラックの前に飛び出して「僕は死にましぇーん!」ってやればいいのかな。古すぎるか。
「瑛祐くんも、いなくなっちゃダメだよ」
うぅ、キスしたい。今すぐキスしたい。
けれど、ここはグラウンド。周りには生徒がいっぱいいる。
――自重せよ、エリ。
こんなところでイチャついていたら、あの「赤い人」に「甘い」と怒られてしまうかもしれない。
私たちはただ、光の中で静かに手を繋ぎ直した。
大佐は、私を見てくれない!
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