9.お弁当。
「あ、藤井くん。待たせた?」
放課後の掃除当番を終えて駆けつけると、藤井くんは先にお店についていた。
あの男子たちの『同盟』とやらと、ゲームで協力プレイでもしてから来るのかと思っていたけれど。
彼は棚の前で、真剣に何かを選んでいた。
「福原さん。これだけ買っていくよ」
なんだろう。紙ヤスリ?
「あ、そうだ。接着剤っているかな?」
プラモといえばセメダイン……そんな前世の記憶を頼りに聞くと、彼は首を振った。
「最近のは組み立てるだけなら、いらないよ。パチッとはめるだけで、大丈夫。」
…はめる?ナニを?
ち、違うって。
「へぇー、そうなんだ」
技術の進歩か。接着剤を使わないなんて、今のプラモはどうなっているんだろう。
「ちょっと会計してくる」
「うん。あ、一緒に行く。」
あ、一緒にイク…?。
いやいやいやいや、違う。おっさん的な知識のせいで変に聞こえるけど。変な意味じゃないからね。
私は今、瑛里として生きていて、今の家族もいる。前世の記憶があるせいで、いちいち反応してしまうのが少し嫌になるなぁ。
でも、覚えているからこそ、こうしてプラモにワクワクできている自分もいる。
おじさんの記憶も、悪いことばかりじゃない……よね、きっと。
店を出ると、藤井くんが自転車に荷物を載せていた。
「福原さんのも載せるよ」
「ありがと。助かる」
鞄を預けると、肩がふっと軽くなった。
(……あ、これって、青春の1ページってやつじゃないか?)
「君を自転車の後ろに乗せて、ブレーキいっぱい握りしめて〜」なんて歌が脳内再生される。
……マジか。このスカートで自転車の後ろに乗るのか? 横座りか?
「押して歩くね。五分くらいだし」
「……あ、うん。そうだね」
やっぱり二人乗りはしないよね。法律違反だし。
前世では彼女がいなくてできなかったから、少しだけやってみたかったなんて……思ってないからね。
「藤井くんの家、学校から近いんだね。私は電車で二十分、トータル四十分くらいかかるよ」
「俺はチャリで五分。……でも、わざわざ遠い学校を選んだんだろ?」
「えっ、なんで知ってるの?」
まさか、私の黒歴史がバレてる?
女子に人気の男子からの告白を断って、その取り巻きの女の子達に嫌がらせをされて、前世のノリでブチ切れて――それで怖がられてボッチになった、あの黒歴史が。
おじさんが若い頃は、ちょっと学校が怖いところだったから…。昔の話だよ。
「いや、清田が同じ中学だって言ってたから」
「清田……君?」
あぁ、そんな名前の男子もいたっけ。彼が私のことを知っているだけなら、まぁいいかな。
「ここだよ」
着いたのは、平屋の一軒家。
道に面した引き戸をガラガラと開けると、そこは広々とした作業場になっていた。
「適当に椅子に座ってて」
「うん。」
使い込まれた作業机が四台。塗料の跡はあっても、手入れが行き届いている。
座っていると、奥から例のプラモの箱を持ってきてくれた。
そう、これ。赤いロボット。通常より三倍速い、俺たちのヒーロー。
「開けてみてもいい?」
「いいよ。って福原さんのだから……あ、俺、ちょっと奥にいるから。」
「うん。」
「ちょっと腹減ってさ。カップラーメンでも食うわ。」
お腹、空いてたんだ。……チャンス到来か?
「あ、じゃあさ。これ食べてよ。」
私は鞄から、朝からずっと持ち歩いていたお弁当を取り出した。
「えっ? それって……」
「お弁当。私はもう食べたから、余っちゃって。」
「いいの?」
「うん。私が作ったおかずもあるから、口に合わなかったらごめんね。」
「料理できるんだ。……ありがとな。すごくハラ減ってたんだ、いただきます。」
お弁当を黙々と食べる男子。なんかかわいい。
その横で、プラモの箱を開けて説明書を眺める女子。これは、かわいくないよねぇ。
でもなんだか、不思議で、ひどく落ち着く空間。
「ご馳走様。美味かったよ、弁当箱、洗ってくる。」
彼はそう言って、奥の部屋へ消えていった。
「美味かった。特に、卵焼き!」
戻ってきた彼が、はにかみながら感想をくれた。
卵焼き。私が、前世の記憶を頼りに焼いた、私オリジナルのあの卵焼き。
(やった……!)
心の中で両手を挙げて走り回る私を、必死に抑え込む。
「ありがとう。褒められると、ちょっと嬉しいな。……良かったら、また作ってこようか?」
平然を装って言ったつもりだけど、声は絶対、弾んでいたと思う。
残さず食べてくれた。美味しかったと言ってくれた。
それだけのことが、こんなに胸を熱くさせるなんて。
私の中の「女の子」が、少しだけ得意げに笑った気がした。




