76.じいちゃんの思い出
「俺が父親いなくて楓さんが忙しくて、じいちゃんに育てられたってのは、言ったことあるよな?」
瑛祐くんのおじいちゃん。アキラさんのこと。
「うん。伝説のモデラーなんだよね?」
瑛祐くんは頷いて続けた。
「じいちゃんは毎年、俺の誕生日にケーキを焼いて祝ってくれたんだ」
ケーキ作りは教えたことがなかったかな、と私は思う。上手く作れたのかなぁ。
「子どもの頃はボッサボサで硬いケーキだったけど、俺も手伝うようになって、二人で試行錯誤するうちにだんだん上手くなってきてさ。でも味はどうでもよくて、一緒に作るのが楽しかったんだ」
二人で作ったレシピか……。なんだか、羨ましい。
「中学に上がってもそれは続いて、ずっと続いていくものだと思ってた」
……。俺も、アキラさんとはずっと一緒にいると思っていたな。
「去年の八月……。じいちゃんとケーキの材料を買った帰りに、交通事故だったんだ」
……そうだったんだ。
「去年の今日、俺の誕生日にお葬式があって……。冷蔵庫にはケーキの材料が残ってて……。なんでだよって……」
…。
瑛祐くんが大粒の涙を流している。私は何も言ってあげられなかった。
「その時、俺、もう二度と誕生日はやらないって決めたんだ。今日、一人になろうと思ったのは、瑛里の料理を食べるとじいちゃんを思い出すからで……」
「……」
「普段は、瑛里の料理でじいちゃんのことを思い出すのは嬉しいんだけど、今日だけは……ごめん」
「ごめんね。私……」
「あ、瑛里は悪くないよ。……グスッ。なんか、カッコ悪いよな……」
「そんなことないから……」
うつむいて泣く瑛祐くんにそっと近づいて、その頭を抱きしめた。
胸が当たっちゃっているけれど、気にしている場合じゃないよね。
瑛祐くんも私を抱きしめ返してくれて、しばらくの間、泣き続ける彼の頭を撫でていた。
なんだか、放っておけないというか、愛おしいというか。言葉では言い表せないけれど、心の奥底が揺れる。
キュン⋯。
「ホントにごめん。俺、もっとカッコつけたいんだけどな。瑛里には……なんというか、甘えてしまう」
キュン……。……なんだよ、キュンって。
「気にしないで。そういう瑛祐くんも含めて、私は好きになっちゃったんだと思うから」
お化け屋敷やプールのスライダーの記憶が蘇る。
瑛祐くんは自分を情けないと言うけれど、付き合おうと思えたのは……決心できたのは、ちゃんと彼の弱いところを見せてもらえたおかげだと思うんだ。
「うん。カッコいいって思ってもらえるように、頑張るよ……」
「だから、大丈夫だってば!」
「じゃあさ……プラモ作り、やるかな!」
プラモは作りたい。作りたいけど⋯。
誕生日のケーキ作りを、このまま悲しい思い出のままにしておくのは、違う気がする。
「ねぇ。良かったらだけど……」
私は瑛祐くんに提案した。
「ん? どうした?」
「今からケーキ作らない? その……おじいさんのレシピで」
*
もう二度と、ケーキなんて作らないと思っていた。
じいちゃんが死んでから、プラモもカードゲームもやる気がなくなっていた。
今となっては何故あの時、電気屋のプラモコーナーにいたのか思い出せない。あの時、アトリエを片付けていて、じいちゃんの作品を見るうちに、自然と新しいキットが見たいと、足が向いていたように思う。
気がつくと瑛里と話していて、プラモ作りを再開していた。
やっぱり好きだったんだ。プラモ作りが。
パチンとランナーを切り離す瞬間、
パチっとパーツを合わせる感触、
塗料の匂い。
そこには、じいちゃんと生きてきた証があった。
でも一人だったら、じいちゃんのいない寂しさに押し潰されていたかもしれない。けれど、いつも隣には瑛里がいて笑っていてくれた。
今日、去年のことを思い出して泣いてしまったけれど、瑛里が優しく包み込んでくれた。
もう、大丈夫だ。
誕生日の思い出は、「大好きな彼女とケーキを作って、思いっきり焦がしてしまって、二人で大爆笑した」という記憶に上書きされた。
生クリームを塗りたくって誤魔化したけれど、焦げているから苦くて……。
楽しい誕生日をありがとう。
あのままだったら、一生自分の誕生日が嫌いなままだったな⋯。
瑛祐くんのトラウマ。もっとうまく描きたかったけど⋯。
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