73.アトリエ強襲
午前中は洸也の新学期の準備と宿題を手伝う約束をしていたので、瑛祐くんとはメッセージでやり取りをしていた。
『明日は午後から行くね』
『そっか。昼飯楽しみだったけど仕方ないな。お菓子でも買って待ってるよ』
『うん。ありがと』
なんて言っていたのだけれど。
いざ洸也の宿題を手伝おうとすると、お母さんのカミナリが落ちた。
「洸也! いつまでお姉ちゃんに甘えるつもり!」
「いたっ。……ごめんって」
「あんたも、洸也を甘やかしすぎ!」
あれ? 何故か私も一緒に怒られている。
「ダメだって。洸也、一人でできる?」
「うぅ……。まあ、母ちゃんがどこか出かけた隙になんとか……」
洸也、声が大きい。筒抜けだよ。ただでさえ、この母はエスパーなんだから。
「瑛里、あんた今日は出かけてきなさい! 瑛祐くんとデートでもしてくればいいわ!」
というわけで、家を追い出されてしまった。
『用事なくなったから、今から行くね!』
とメッセージを入れて、瑛祐くんのアトリエに向かった。
お昼はそうめんとかでいいかな。錦糸卵くらいは作ってあげよう。……今思えば、この時にせめて既読がついたかくらいは確認するべきだったな。
アトリエに着いた。鍵は開いていたので、いつものように中に入る。
……瑛祐くんはいないのかな?
私の作業机には、作りかけのヅゴッグが置いてある。続きをやることにした。
「ウェザリングマスター」という塗料を使って、足元に土汚れを表現していく。これ、なんだかアイシャドウみたいだ。いや、アイシャドウがウェザリングマスターみたいだ、と思ったのか。
ふと見ると、いつも開いている奥の部屋への扉が閉まっている。
開けようと近づいたけれど、トイレかな……。待てよ、なんだか気配がするし……。
……ん。何か何か聞こえる?
「……り。……きだ」
……瑛祐くん、いたのか⋯。
扉を開けようと思った手を止めた私を、誰か褒めてほしい。それとも、お手伝い(意味深)したほうが良かっただろうか。
……。これ、アレしてるよね。
これが、若さか。って言ってる場合⋯。
「エ、リ……好きだよ」
ちょっと待って。私の名前を呼んでる……。
やめなさいって。適当な動画とか薄い本とか使いなさいって!
しばらくしてトイレから流れる音がし、ガラガラと扉が開いた。
プンと、春に咲く花のような匂いがする……。ええい、知ってるよ。昔は自分ので毎日嗅いでた……嗅いでたってのは違うな、匂ってたからね!
「あ、瑛里! 来てたんだ……ちょっと、待ってて!」
もう一度扉が閉まり、ゴソゴソと音がして、シュッシュッと消臭スプレーの音がして、彼は再登場した。
「あ、ごめん。メッセージ見てなかった……」
「うん。返事来る前に来ちゃったから……なんか、ごめん」
「……」
「……」
き、気まずい……。
こういう時、慌てたほうが負けなのよね。
「続き、やるね」
「おぅ。なんか分からなかったら言ってくれ」
しばらくして、上手くいかない所があって聞いてみた。
「瑛祐くん、足元の汚しってこんな感じ?」
「そうだな……ここから徐々に薄くなる感じで。ちょっと貸してみ」
右手で器用にブラシを使い、汚しを入れていく瑛祐くん。
見惚れるくらいに綺麗な指先。
でも。小一時間前、この指先は、瑛祐くんの「瑛祐くん」を握っていたのよね⋯。
汚しをいれていく作業…。
気まずい思いって、少なからず心当たりありますよね。
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