7.男子の煩悩と女子の想い
体育などで男女が別々になる時間は、少し先生が目を離せばすぐに雑談の場になる。
五月末。新入生となって一ヶ月半。中間テストも終わり、クラスの人間関係が固まり始めたこの時期、男子高校生たちの興味の的は――当然、クラスの女子のことだ。
「やっぱ一番は西野美佳かな?」
「俺は、岸川紗友里がタイプだわ。」
「白川優香だろ、あそこは正統派だし。」
誰が良いなんて、勝手に格付けできるのは、いわゆる一軍グループの特権だろうか。隅っこで聞いている俺には関係ない話だ……そう思っていた、その時。
「――福原って線はどうよ?」
ピクッと肩が反応してしまった。幸い、誰も見ていない。黙っていると、他の男子が賛同している。
「あー、アリだな。」
「いいよな、あの子。でも話しかけにくいんだよ。いつも一人で『ボッチ』って感じだし。」
「でも、そこが逆にミステリアスで良くないか?」
「ちなみに美佳はダメだからな。」と、サッカー部の久野が釘を刺す。
「あ、やっぱりお前ら付き合ってんのかよ!」
「隠してたつもりはねーよ。」
久野たちの惚気話を合図に、話題は他の女子へと移っていく。中学時代、学校一のモテ男をフッたという福原さんの「ガードの固さ」も噂になっていた。
「よし、多数決だ。このクラスで一番可愛いのは……はい、白川だと思う人!」
結果。
白川優香:10票
岸川紗友里:4票
福原瑛里:3票
平田ゆかり:2票
西野美佳:1票(久野)
……福原さん、やっぱり人気あるんだな。
周りに流されて白川さんに手を挙げたけれど、なんだか胸の奥がもどかしい。気になるのは、やっぱりあのコだ。
休み時間は話しかけられず、昼休みも逃げるように学食へ行った。放課後、彼女は「バイトだから」と風のように帰ってしまった。
(……明日。明日こそ、話そう)
待てよ。彼女、なんて言ってたっけ。
『明日の放課後でもいいかな?』
あ、今日だ。今日来るのか! 部屋、片付けないと……。
先日の、電気屋での記憶が蘇る。
プラモの箱を譲ろうとした時に触れた、柔らかい手。
Dモンカードを選んでいる時の、真剣な横顔と、選べた時の弾けるような笑顔。
……正直、あの手の感触だけで十分だった。笑顔も良かった。
昨夜、彼女を思い出して出した「残骸」がゴミ箱に詰まっている。せめてそれだけは、彼女が来る前に抹消しておかないと。
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少し時は遡る。昨日の夜。
「明日行く」と言ってしまったことを、寝る前に思い出した。
藤井くん、アトリエがあるって言ってたな。そこでプラモを教えてもらうんだから、何かお礼をしないと悪い気がする。
洸也が喜んでくれたのも、彼のおかげだし。
(そういえば昼、学食って言ってたっけ……)
お礼も兼ねて、お弁当を作っていったら喜んでくれるだろうか。
私は目覚ましをいつもより早めて、眠りについた。
ー翌朝ー
「お母さん、おはよう」
「瑛里、早いわね」
うちの朝食は具材を少し多めに作り、残りをセルフでお弁当に詰めるスタイルだ。
「お母さん。できればでいいんだけど、お弁当、もう一個作っても大丈夫?」
「いいけど……何か足す?」
「あ、私がやるよ。卵焼き作るね」
「お弁当、足りないの?」と聞く母に、
「友達の分。洸也の誕プレ選んでくれたお礼。」
と答える。
「へぇ~、友達ねぇ。ようやく瑛里にも春が来たのかしら。ふふっ、お父さんには内緒だね!」
「春って……まだ、そんなんじゃないから。そもそも、私にそんな気持ち(恋)なんてありえないし。」
私が男の子に恋をするなんて。
前世の記憶がある限り、そんな趣味に目覚めるはずがない。
卵焼きに、肉のおかず、野菜を一品。
気づけば、自分で作ったおかずがずっしりと詰まっていた。
味、大丈夫かな。おじさん記憶の舌で作った卵焼きだけどね。実際には、女子高生の舌だから良いのか?
「渡せるといいわね」
家を出る際、母にそう声をかけられた。
渡せるかどうかなんて、難しくないはず。
ただ「はい、これお礼」って渡すだけ。
……それなのに。
鞄の中のお弁当箱が、変に重く感じられた。




