62.浴衣って何が良いのか
家事の手伝いは、お母さんとの貴重なコミュニケーションの時間だ。
最近、私に人生初の彼氏ができたからって暴走気味だけど……。あの「0.01」には、私……流石の俺でも腰を抜かした。
「瑛里。夏祭りはどうするの? 学校の近くであるんでしょ?」
「えっ? 行かないよ。」
「……なんで。この流れで行かないとか、やっぱ変な娘だねぇ。」
「意味分からん。夏祭りに行かなかったら変なコって……」
「お付き合いして、毎日のように会いに行って、プール行って、避妊具まで準備して……。もう行くしかないやん!」
「変な関西弁になってもダメ……。大体、アレを準備したのはお母さんじゃん。」
「お、ツッコミ。のってきたねぇ。」
「楽しそうだね」
急にお風呂からあがってきたお父さんが参戦してきた。……おぉ、避妊具のくだり、聞かれてないよねぇ。
「お父さんも瑛里の浴衣姿、見たいわよねぇ?」
母の無茶振りにも、父は「見たい! ……が、瑛祐くんと行くんだろ?」と乗ってくる。この夫婦、やっぱりマブなのか。
浴衣の撮影はとっくに終わってるし、着ることもない。
「浴衣なんか着ないし、瑛祐くんとも行かないから……。」
「あ、でも、プリズムで『Kaede』ブランドの浴衣イベントをやるみたいだぞ。お前も呼ばれると思うぞ。」
……流石はお父さん、情報が早い。
その直後、本当にバイト先から「夏祭りの日に働いてほしい」と連絡があった。
『Kaede』ブランドの浴衣即売会と、着付けイベント。どうやら私の夏は、まだ終わらせてもらえないらしい。
*
「そうそう。ピンセットでずらして……」
今日は、アトリエで瑛祐くんにデカールの貼り方を教えてもらっている。
「そう。それから綿棒を使って……」
教えてもらう時は距離が近くて、ドキドキしてつい手が震えてしまう。女子高生の繊細な乙女心、こういう時は不便だ。
「あ、破けちゃった……。」
うーん、難しい。
「最初は誰でもそうだよ。予備はいっぱいあるし、どんどん貼っていこう。」
……優しい。こういうところ、本当に好きだな。
「瑛祐くんは、どれくらいで失敗しなくなったの?」
「今でも失敗する時はするよ。でも、最初にデカールを貼ったのは五歳くらいだったかなぁ。」
うわ、アキラさんの英才教育……。そりゃあ上手いわけだ。
「あ、今度はズレて貼っちゃった。」
「乾くまでなら修正が効くから。貸してみ。」
真剣な眼差しで直してくれる横顔。……格好良いな、こいつ。
「そういえばさ、瑛里って夏祭り行くのか?」
「えっ? なんで……」
「人混みが嫌だとか言って、行かなさそうだけど。」
「さっすが。自分の彼女のこと、よく分かってるね!」
言ってて恥ずかしくなった。そうなんだよ、私、こいつの彼女なんだ。
「いや、楓さんが『瑛里ちゃん、浴衣で行くわよ』って言ってたから……。」
「楓さんが? ……あ。」
Kaedeブランドの浴衣。今年初めて作ったから浸透していないと聞いたな。それで即売会か。
でも、もう八月半ば。今さら浴衣なんて売れるのか……?
そう思っていたら、サクラさんが息巻いていたのを思い出した。
「実際に歩いている姿を見せれば売れる! SNSで拡散して、八月下旬の全国の花火大会に間に合わせるのよ!」と。プリズムも全面協力するらしい。
「でさ、瑛里が行くなら、俺も行こうかなって。」
「……午後五時くらいまでバイトらしいから、その後なら……」
「いや、俺も手伝えって言われてるから。今回、うちの母さんもだいぶ張り切っているみたいなんだ。」
親子で駆り出されるわけか。
「瑛祐くんさぁ。浴衣って、男子的にどうなの?」
「ん、どういう意味?」
「いや、水着は分かりやすくテンション上がるだろうけど、浴衣ってどうなんだろうなーって。」
「……俺はさ。ぶっちゃけ、瑛里以外に興味ないから。瑛里以外の水着にも興味ないし。だから、瑛里が着るなら、俺は瑛里の浴衣姿が見たい。」
嬉しいけれど、ウソはいけないよ。私だって、可愛い子の水着は見たいもんね。
「でもさ…ゆかりの水着姿、ジッと見てなかった?」
「……い、いやぁ。み、見てないんだけどな~。」
「そっか。胸元、あんなにガッツリ開いてたのになー。残念。」
「えっ。そんなだったっけ……? もう少し見えなかったような……」
「ちゃんと、見てたねぇ~!コラ。」
ペチペチと瑛祐くんの背中を叩く。
……なにこれ。恋人同士のじゃれ合い…。すごく楽しい。




