60.夏は、プール。
まだ八月に入ったばかりだというのに、さんさんと降り注ぐ太陽の光は一向に優しさを見せない。けたたましく鳴くセミは、明日をも知れぬ命を燃やしているかのようだ。
さあ、夏だ。プールだ。
待ち合わせ場所から、私は戦場――ではなく、決戦の地である市民プールへと向かう。
なんたって今回の攻撃目標(藤井瑛祐)は、すでに陥落済み。
(はーはははーーっ! 我が軍は圧倒的ではないか……!)
心の風景は「アバオアクー決戦」ばりに高揚しているが、見た目は俯き気味に歩くしおらしい女子高生である。
最終決戦はまだ早いかな。
私達の物語はまだ始まったばかりだし。
「ルウム会戦」ってとこかな…。
「昨日ねー、瑛里と水着買ってきたんだよー」
「おぉ、良いのあったのか?」
「楽しみにしておくよ〜に!」
前を歩く佐伯くんとゆかりは、どこからどう見てもお似合いのカップルだ。
ゆかりの水着は本当に可愛い。私のは、可愛いけれど露出を抑えた「防御力重視」の装備。瑛祐くん、喜んでくれないかなぁ。
更衣室。
「瑛里ってさ、脚が本当に綺麗だよね。」
「……うん。それだけは自信ある。皆にも言われるし。」
「ちょっと触っていい? うわー、スベスベ。気持ちいい!」
「ちょっと、ダメだってば……。ゆかりだって、胸の形がすごく綺麗だよ。」
「え、そう……? フんッ」
胸を張るゆかり。……ちょっと、隠しなさいって。
(うん、でも綺麗……)
凝視してしまうのは、元男の性か。……瑛里に生まれて良かった。
「じゃあ、触ってみる?」
マジか。いいのか。……いや、いいよね。
…2つの大きな砲台。スナイパーと言うよりキャノンだな。
そうだ…今日、佐伯のヤローに好きにされる前に、まずは私が…。
(……もう一度言おう。瑛里に生まれて、本当ーーに良かったーーっ!)
そんな秘密の交流があったとかなかったとか。
私もゆかりに触らせたし、お互い様だよね。
更衣室を出ると、男性陣はすでに着替えて待っていた。
瑛祐くん。インドア派のくせに、意外と引き締まった体をしている。羨ましい。俺は垂れてたから…。
「亮くん、すごい筋肉ー!」
ゆかりが黄色い声を上げる。確かに佐伯くんは背も高いし、絵に描いたようなスポーツマンだ。けれど、私が気になるのは瑛祐くんだけである。
「ゆかり、すごく可愛いよ。」
「えー、本当に? ありがと~。」
早速手を絡めて歩き出す二人。……このスピード感、コイツらやはりニュータイプ?
私は結局、ラッシュガードを着て露出控えめのまま。
「ごめんね。もっと見たかった?」
瑛祐くんの耳元で囁くと、彼は瞬時に真っ赤になった。可愛いなぁ、本当に。
「あ、いや、大丈夫。十分だから……。」
何が大丈夫で、何が十分なのか。まあ、自慢の生脚は披露しているからね。サービス終了ですよ?
流れるプールで流れに身を任せたり。
波のプールでバシャバシャと水を掛け合ったり。
時には50メートルプールで、ガチの競泳対決をしてみたり。
「楽しいね。」
「うん。こんなに楽しいなんてな。来てよかったな。」
「うんっ。」
笑顔が止まらない。おじさん時代の孤独な夏とは、何もかもが違う。
「瑛里ー、藤井くん! スライダー行こ!」
ゆかりが誘ってくれた。スライダーか、楽しそう!
「す、スライダー、か……」
あ、瑛祐くん。そういえば高いところが苦手だった。
「ゆかり、私たちはいいよ」と言いかけたところで、
ゆかりがニヤリと笑った。
「ペアで滑れるみたいだよ?」
なんですと。ペア……だと。
見ると、かなり密着した状態で滑り降りている。……これは、いい。うん、良い。
でも、お化け屋敷の二の舞になったら可哀想だ。
「行こう、瑛里。」
私の心配をよそに、少年は何かを決心したようだった。
けれど。
「大丈夫? 顔色悪いよ。」
階段を登り切る頃には、瑛祐くんは青ざめていた。
「男には、やらねばならぬ時があるんだ……」
「何それ?ハーロックか、懐かしい。」
「…?じいちゃんが言ってたんだけど。」
流石にハーロックは古いか…。
係員の方が事務的に案内する。
「次どうぞ。はい、急いで。彼氏くん、ちゃんと彼女さんを支えておいてね。はい、ゴー!」
彼氏君だって、彼女さんだって
…なんて考えて照れる間もなく、二人の身体は重力にさらされた。
「おぉぉぉぉぉぉーーっ!!」
爽快! 気持ちいい!
後ろの瑛祐くんは、支えるというより必死に私に抱きついている気がするが……。
(頑張れ、少年! 密着したかったのだろ!)
ドッぼーん!
着水し、呆然とする愛しい人を支えてプールから上げる。
「よく頑張ったね。」
頭をなでなでしてあげると、彼は魂が抜けたような顔で微笑んだ。
「ははっ。やっぱ無理はダメだね。」
それからもしばらく遊んだが、夕方が近づくにつれ疲れが出てきた。閉園時間まではまだ時間があったが
「そろそろ上がろうか。」
ゆかりが提案してきた。私も十分遊べた。
「うん、楽しかったー。……あ、この後どこか行くんだっけ?」
あ、しまった。忘れてた。こいつらが行く先は、例の「ホテル」だった。
「うん。ちょっと体力を残しておかないと……ね」
「俺はまだまだ行けるけど……あ。」
流石は全国クラスの亮くん。ゆかりの意図に気づき、一瞬で顔を赤くして沈黙した。
上級者でも照れる事があるんだね!
そのまま、今日はお開き。
帰り際の更衣室でも――。
……うん。瑛里になって、本当に、本当に良かった。




