56.後ろからの0距離射撃!
「くはぁー……」
流石にインドア系の俺が、チャリで全力10キロはしんどかった。
喉が鳴る。自販機でジュースを買って、一気に喉を潤した。
でも、来れるもんだな。前にグーグルアースで瑛里の家を検索したストーカー紛いの行動が、まさかこんな形で役に立つとは。
これで会いたい時は、いつでも来れる。
あんなことがあって、全然連絡がつかなくて、正直諦めかけていた。でも、既読がついた瞬間、気がついたらチャリを漕ぎ出していたんだ。
流石に夜の12時を回っているし、出てこられないよな。まあ、会えなくてもいい。ここまで来たってこと自体に、俺は後悔してないし。
『今から帰る』ってメッセージを送ろうとして、スマホに目を落とした、その時だった。
「瑛祐くん」
一番聞きたかった声が聞こえた。俺の名前を呼んでいる。
ーーーーーーーーーー
「瑛祐くん」
そっと近付いて声をかける。
「瑛里……! 来ちゃったよ」
はにかむ彼は、素直にカワイイと思う。
「えー……速かったね」
そんな会話はどうでもいいくらい、彼の瞳は真剣だった。
「なんかさ、居ても立ってもいられなくて。……瑛里が好きだから」
「うん。会いに来てくれたこと、素直に嬉しい」
好きって言ってくれた事、嬉しいよ。
「瑛里のペースで、少しずつ付き合っていけばいいって言ったけどさ。ちゃんと『付き合いたい』って言えてなかった気がして……。」
「うん。わかってたよ。でも……私が瑛祐くんにふさわしいのか、ずっと考えてた」
瑛里としての16年間は本物で、瑛祐くんを好きになったのは、この16年の積み重ねの結果であるはず。
でも、私にはエイジの記憶がある。アキラさんには「瑛祐を頼む」と言われたけれど……瑛祐くんは、もっと「普通」の、ちゃんとした女の子と恋をするべきなんじゃないだろうか。
「あのさ、俺、考えたんだ。今まで自分の考えを押し付けてばっかだったかもって。俺が瑛里のお弁当を食べたい、俺が一緒にいたい、俺がプラモを教えたい……。」
「そんなことないよ! 私、私だって……。」
私がプラモを教わりたい。お弁当を食べてほしい。通学の時、朝の駅で自然と瑛祐くんを探している自分がいる。待ち合わせもしていないのに。
「だからさ。待つよ。瑛里が決めるのを待ってる。……それだけ言いたかったんだ」
瑛祐くんはそう言って振り返り、自転車のハンドルに手をかけた。
(このまま帰しちゃダメだ。ダメだよ……!)
無意識に、瑛祐くんの背中に飛びついていた。
「えっ!?」
「……振り返らないで、聞いてほしいの」
彼の背中から熱い汗が伝わってくるけれど、不思議と嫌じゃなかった。
ささやかではございますものが当たってしまっているが、そこはもう、仕方ないよね。むしろ感触を味わってくれ。
「うん。どうした?」
「私の方だよ……。勝手だったのは私の方。瑛祐くんの気持ちも考えずに、アトリエに行ったり、お弁当作ったり……。」
「それは、俺がそうして欲しかったからで……。」
少し間が空く…。
「……私が、あなたにふさわしくないと思うの。私は、あなたに『好き』って言ってもらえるような、そんな人間じゃないもの」
中身は中年のおじさんなんだよ。おじいさんの恋人(仮)だったんだよ。
こんなに純粋な少年と、釣り合うわけがないんだ。
「瑛里の過去に何があったかは知らないけど、俺は今の瑛里が好きだから。……明日、アトリエで待ってる」
「過去に…。 それは、別に何も無いんだけど……」
何せ、40年の童貞と16年の処女である。合算56年の純潔、ある意味で究極の「綺麗」なのだが……。
瑛祐くんがゆっくりと振り返り、私の手を取った。
「明日、アトリエで、また話そう」
「うん。そうしようか……」
徐々に小さくなっていく瑛祐くんの背中を見送りながら、私はエイジだった事実をどうするべきか、思考の堂々巡りを繰り返していた。
気持ち悪がられてもいい、すべてを打ち明けてこの恋を終わらせるのか。
それとも、墓場まで持っていく秘密にして付き合うのか。
『秘密があったほうが、いい女になるのよ』
いつかお母さんが言っていたっけ。
夜風が、少しだけ火照った頬を冷やしてくれた。
⋯主題であるプラモ作りが、なかなか進まない⋯。




