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55/92

55.赤いスマホは、3倍速い。


家族との絆。


この16年間で培ってきたものは、そう簡単には崩れない。

大丈夫だ。私はこれからも、福原家の一員として生きていける……。


でも……瑛祐くん。

アキラさん。楓さん。

私は、これから彼らとどうすればいいのだろう。


アキラさんは、瑛祐のことを頼むと言ってくれた。楓さんのことも。そして、私が幸せになるように、と。

特に楓さんについては、深刻な懸念がある。


アキラさんと奥さんが別れた原因が、エイジと言うことになっている。

「あれはアキラさんのくだらないプライドのせいなんだよ!」と叫びたいけれど、今の私には言えない。


スマホが震える。

『瑛里、大丈夫か?』

瑛祐くんからのメッセージだ。通知には映るけれど、今の私には開く勇気がなかった。


今の私は、瑛祐くんに合わせる顔がない。幸い夏休みだ。この間に気持ちを整理して、どうするか決めよう。


彼に対する、この「好き」という気持ちも……。


『落ち着いたら連絡くれ』

『瑛里、一度会えるかな?』

『これ見たら、なんでもいいからリアクションくれ……』

二、三日の間に、未読メッセージが10件程溜まってしまった。本当はもっと送りたかったらしいが…。


その日はお風呂に入るのが少し遅くなり、上がった頃には深夜12時を回ろうとしていた。

リビングではお母さんがまだ起きていて、私にお茶を淹れてくれた。

「ありがとう。」

「……瑛里。スマホ、画面見えちゃった。ごめんね。」

お母さんが申し訳なさそうに言った。

「あ、いや。見られて困るものなんてないし。」

「そっか。で、瑛祐くんとは? 通知、溜まってるわよ。ダメだったの?」

見られて困るものがあった…。


「ダメじゃなかったけど……」

「じゃあ、返事してあげたら? さっきも通知来てたわよ。」

「あ、うん。……あっ。」

つい、通知をタップしてしまった。既読がついてしまう。


即座に、新しいメッセージが飛んできた。

『あ、読んでくれた? 良かった』

早い。私からの連絡を待って、スマホとにらめっこしていたのだろうか。

そういえば、瑛祐くんのスマホケース、赤かったな。……やはり三倍速いのだろうか。


『あ、返事できてなくてごめん』

『全然大丈夫。それより、瑛里は大丈夫なのか?』

『うん。もう平気かな』


一度返信してしまうと、もう止まらない。

返事が来るのが嬉しくて、言葉を返せるのが楽しい。


お母さんの生温かい視線も、今は気にならなかった。

「まあ、すっかり恋する乙女になっちゃって……」


『なあ、今、瑛里の顔が見たいんだけど』

『え? 顔見たいって……じゃあ、明日行こうか?』

『今なんだよ。会って話がしたい』

『嬉しいけど、もう電車ないし来れないよね』

『瑛里んちって、駅前の裏側の住宅地だよな。……ちょっと待ってて』


『え? どういうこと?』

そのメッセージに既読がついたのは、三十分後だった。

『自販機の前にいるんだが……』

『えっ、そこ私の家のすぐ近く……』

なんなら、家の前だ。どうやって……ここから10キロくらいあるはずなのに。

『ごめん。来てしまった』

『えっ、えっ、どうしよう……』

『喉乾いたから、ジュースでも飲んでる。でも、もう遅いし、出てこなくてもいいよ』

『ちょっと、待っててね!』

『うん。なんかじっとしてられなくて、自己満足で来ただけだから。アレなら、そのまま帰るし……』

「お母さん……なんか、瑛祐くんが近くまで来てるらしい……」

「へぇ〜。青春だねぇ。あ、連絡しないと……」

お母さんは何故か、待ってましたと言わんばかりの口振りだ。

「ん、何の話?」


「いや、こっちの話。あ、もしもし?」

…お母さんがどこかへ電話している。

「楓さーん。今、着いたみたいよ……」


お母さんの電話の相手は楓さんだった。

瑛祐くんが自転車で突然飛び出していったから、着いたら教えてほしいと頼まれていたらしい。


私たちって、まだまだ子どもなんだな、と思う。心配かけてごめんね。


とにかく、行かないと。


会いたいのは、瑛祐くんだけじゃない。いざ会えるとなると、自分が「エイジ」だったことなんて、頭の中から消え去っていた。


お風呂上がりで、Tシャツにスウェット姿。恥ずかしいヒラヒラのパジャマじゃないのが救いだけれど、髪の毛は乾かしたばかりだ。

普段から化粧はしていない。だから、このまま出ても問題はないのだけれど……。どうしよう。


部屋から出てきたお母さんに、背中をドンと叩かれた。

「あんた、まだいたの? 早く行きなさい。待たせちゃダメじゃないの!」

押し出されるように家を出る。

前世では、こうやって背中を押してくれる人なんて、いなかったな。


少し先の自販機の前。

いつもの自転車を傍らに、飲み物を買って立っている瑛祐くんの姿が見えた。

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