51.エイジとアキラ
「お、百年の孤独か……」
とある酒屋の棚に置かれていた、プレミアム焼酎。
珍しい、しかも安いな。
どうやら最後の一本のようだ。俺みたいな孤独に四十を迎えるヤツにふさわしい酒だな。人生百年、孤独ってか……。
自嘲気味に手を伸ばした、その時。
「「あ、すみません!」」
男性の声と自分の手と声が重なった。
少し年上だろうか? 渋みを感じるオジサマ、という感じ。
触れた指先は、男性にしては細かった。繊細で、どんな作業でもできそうな職人の手。そんな気がした。
この人を見て、何か、心の奥底で何かが動いた気がした。
「あ、どうぞ」
安くプレミアム焼酎が飲めるチャンスだったが、仕方ない。またの機会でいい。気分を変えて芋焼酎なんかもアリかな。
「いえいえ。私はいいですよ」
男性は優しく言ってくれた。でも、このまま譲られるのもな、と思ったんだ。それに、この男に何か感じるものがあった。
俺って、ニュータイプだったんだろうか……。
「これ、美味しいですよね」
昔一度だけ飲んだことがある。澄んだ清水のようでいて、ウイスキーのようにも感じる深い味わい。
「そうだね。今の気分に合う酒なんだが……。まあ、縁がなかったかな」
どう見ても格好良くてモテそうで、こんな人でも孤独を感じることなんてあるのだろうか?
「良かったらなんですが、少しだけ味わいたいだけなので、分けましょうか?」
「そうだね。俺も少しだけ味わいたいだけ……そうだ。良かったらなんだが、ウチで少し飲もうか?」
「いいんですか? ホントにお邪魔しちゃいますよ」
「いいよ。どうせ一人だ⋯」
もし俺が女性だったら、知らない男にホイホイ付いていくなんて、危なくてできなかったかもしれない……。
それとも、もし女性だったら、こんな格好良いオジサマに誘われて、トキメイていたかもしれない……。
(今、私は瑛里になって、瑛祐くんにホイホイ付いていって、瑛祐くんにトキメイているのだけど)
ただ大袈裟に言うとなんだか運命って言うと大袈裟だけど、何かを感じるこの人と、そのまま別れるなんて出来なかった。
付いていった家は、駅から歩いてもほど近い平屋の一軒家だった。後にアトリエとなっている場所は、当時はまだガレージになっていて、雑然とした作業場だった。
ガレージの奥に部屋があった。
「まあ、上がってくれ。適当に座っていいぞ」
部屋も雑然としていて、洗い物が溜まっている。
「……まず、少し片付けましょうか?」
俺は洗い物をして、机の上の物を片付けた。
……。
後に、アキラさんが言っていた。
『君がいきなり片付けるもんだからビックリしたよ。でも、そんな君から、整理整頓とか道具を大切にとか、大事なこと教わった気がするよ。俺は、モデラーとして一つ上のステージに立てた。君のおかげかもな』
ま、俺のおかげでアキラさんのレベルが上がるなんてあるはずがないのだけど……。とその時は思っていた。
でも、今の片付いたアトリエや手入れされている道具の数々。……少し温かい気持ちを感じる。
「すみません。勝手に冷蔵庫を開けて作っちゃいました」
あったのは、ハムとかキャベツ、チーズとか。賞味期限がヤバいのもあったけど、オリーブオイルもあったのでイタリア風の炒め物にして出してみた。
「美味そうだね。ツマミに良いよ」
「すみません、待たせました」
「君は謝ってばかりだね。でも、君のおかげで楽しくなりそうだ」
「あ、すみま……。いや、サラリーマンをやっていると謝ってばかりで……」
「はははっ。雇われてるって気楽なようで、大変なんだね」
ツマミを食べて、一口酒を飲む。
「美味いね」
「そうですね。希少な焼酎ですし」
「いや、君の作った料理だよ。美味しいよ」
「ホントですか? 嬉しいな。今度作り方教えますね」
「良いのか。これから一人暮らしになりそうだから、助かるよ」
一人暮らしになる……。人には事情がある。これ以上は聞かない方がいいかな。
手に入れた焼酎と作ったツマミが、美味しかったのは、きっと、この人と一緒だったからかな。
温かくて、大きな人。
そんな気がした。




