5.前世のこと
いつもより少し早い電車。
車内は思いのほか空いていて、座ることができた。
立っていることは苦じゃないけれど、近くに体格のいい男性が立っていると、どうしても緊張というか、漠然とした不安を感じてしまう。
前世の記憶を辿っても、そんなことを気にする人生ではなかったはずなのに。
(……まぁ、性別が違うんだから、当たり前か…。)
揺られながら目を閉じると、幼い頃から何度も見てきた「あの夢」が、久々に脳裏に浮かんできた。
ベッドで横たわっている、前世の俺。
夢の中では、自分が男であることに何の違和感もない。
ここは病院のようだ。枕元には、白い靄がかかったような人影が立っている。
思い出さなきゃいけない人。
でも、どうしても顔と声が思い出せない。
ただ一つ確かなのは、俺がこの人を、たまらなく愛おしく思っていたということだ。
「……くん。具合はどう?」
優しい声がした。起きた瞬間に指の間からこぼれ落ちてしまうような、でも、たまらなく心地よい声。でも、その声は、目が覚めるとどんな声だったか忘れている。
「アキラさん。薬が効いているのか、だいぶマシですよ」
「そっか、ならいい。……もう少し、ここに居てもいいかな?」
「はい。俺も、嬉しいです」
2人でただいるだけの時間が、たまらなく心地良かった。
アキラさん。愛おしい、俺の――。
(前世の俺は、童貞のまま病気で死んだんだけど……。)
自分の名前すら朧げなのに、不思議とアキラさんの名前だけは刻まれている。
私は前世で一人の男性として、ちゃんと恋をして、そしてこの世を去ったんだ。
この夢を見ると、冷え切った胸の奥に灯がともるような、温かい気持ちになる。
いつか、アキラさんに会えたらいいな、なんて。
あれからもう、15年以上。私は性別が変わって女子高生になり、アキラさんは、どこかで他の誰かと結婚して、幸せになっているかもしれない。
幼稚園の時、「将来の夢」を発表する時間に「アキラさんに会いたい」と言って、両親を困らせたことがあった。
前世の記憶があっても、精神的にはまだ子供だったんだろう。その時は言っていいことと悪いことの区別もつかなかった。
女の子の可愛い服着たくないって言ったりね。
それ以来、アキラさんのことは誰にも話していない。アキラさんは、私の夢の中だけに住んでいる人だ。
駅に着き、ホームに降り立つ。
いつもより少し早い朝。
いつもより少しだけ、足取りが軽い気がした。




