49.楽しいひととき
観覧車やジェットコースターは、瑛祐くんにはもう無理そうだったので、私たちは二人でボートに乗ることにした。
瑛祐くんがゆっくりとオールを漕いでいく。
「なんかさ、本当にコイビトになったみたいだね」
ふと言ってみた。前世でも経験したことがない、異性と二人きりのボート。
「……ははっ。またそういうことを言う……」
「ん?」
「さっきので、僕たちコイビトにはなれたと思ってるんだけどな……」
ちょうど波の音にかき消されて、よく聞こえなかった。この男、肝心なところで声がちっちゃくなるよね。
「なんか言った?」
「……何もないよ。あ、そうだ。バーズアクスの動画、いつ見る? 撮ってあるよ」
バーズアクス。アトリエの奥の部屋で一緒に見るって約束していたんだ。
「そうだった…、見たい! あ、じゃあ今から帰って見る?」
お化け屋敷の恐怖や告白のドキドキで忘れかけていたけれど、今日のアトラクションで私たちのガムダン熱は最高潮に達している。
「そうだね。……あ、ちょうどボートの時間も終わりだ」
楽しい時間は一瞬で過ぎる。本当に。
帰り道、私たちは絶え間なく話し続けた。
モデルを始めた経緯、サクラさんのこと、プラモの塗装テクニック……。
話題は瑛祐くんの家族のことにも及んだ。
お父さんはいないけれど、おじいさんの瑛さんが父親代わりだったこと。母親の楓さんが仕事人間で家事がダメダメだったから、結局おじいさんが全部やってくれたこと。
「例えオバケになってても、じーちゃんには会いたいな」
「えっ、でも瑛祐くん、怖がって話できないでしょ。きっと」
「そこは……頑張るって」
「しょうがないから私が付いててあげるね。抱きついてもいいよ!」
「……そんなことしないつもりだけど、よろしく頼むかもな。いや、お願いするよ」
「私に、抱きつきたいだけだったりしてね」
「そんな事…。って。でも、マジで怖かったんだからな!」
まぁ、抱きついた際には、ささやかではございますが、感触を味わってくださいな。
そう言って笑い合う。一時間ほどの帰り道は、まるで、好きなアニメを観ている時みたく、あっという間だった。
帰りにスーパーへ寄り、乾燥トウモロコシとジュースを買い込む。行き先は、瑛祐くんのアトリエ。
「それ、何に使うの?」
「書いてある通りだよ。ポップコーン」
「えっ、家で作るの?」
「映画……じゃないけど、アニメを観るならポップコーンは必須でしょ!」
蓋付きのフライパンを熱し、ジャラジャラとコーンを入れる。
「ちょっと持ってて。しっかり振ってね」
「こうかな?」
しばらくすると、小気味よい音とともにポンポンと弾け出した。
「お、すごい。面白いな……」
皿に開けると、アツアツのポップコーンの出来上がりだ。
ジュース、ポップコーン、そしてロボットアニメ。
私たちにはこれ以上ない完璧な組み合わせ。
二人の距離は、まだ触れるか触れないか。けれど、今はそのわずかな隙間が、たまらなく心地よかった。
「なんか、映画と内容いっしょみたいだね」
「そうだね。瑛里、パンフレットがそこの棚にあるから見てみる?」
「え、いいの? 見ちゃダメなものとか入ってない?」
「……なんだよそれ」
「え、ほら、男の子特有の隠すやつとか」
「……バカ。そんなとこに置くかよ!」
瑛祐くんが呆れながら棚からパンフレットを取り出したとき、一枚の写真がひらひらと宙を舞い、床に落ちた。
「あ、この写真。探してたんだよな」
瑛祐くんが懐かしそうにそれを拾い上げる。
「じいちゃんが大切にしていた写真でさ。仏壇に供えようと思ってたんだけど、失くしてて……」
伝説のモデラー、瑛さんが大切にしていた写真。作品の写真かな、と思って覗き込んだ私は――。
石のように、固まった。身体が上手く動かせない。意識が遠くなる。
「これさ、じいちゃんが今まで生きてきて、一番大切な思い出だって言ってたんだ」
瑛祐くんの声が遠くに聞こえる。
「『エイジ』さんっていう名前だったかな。じいちゃんが一番大切な人だって。俺が生まれる前に、病気で亡くなったらしいんだけどね」
瑛祐くんが何か言っている。理解しようとしても、脳が拒絶する。
「瑛里……? 大丈夫か? すごい汗だぞ」
「……っ」
「ちょっと横になれ。楓さん呼んでくるから!」
いつもなら「すぐママを呼ぶなんてマザコン気味だね」なんて軽口を叩けたかもしれない。
けれど、止まらない脂汗と、激しい動悸がそれを許さない。私、どうにかなっちゃうのかな…。
意識を手放す寸前、私の脳裏に焼き付いたのは、写真の中の――。
夢に出てくるアキラさんの姿が、白いモヤがかかっていたアキラさんの姿がハッキリとしてくる。
写真には、その瑛さんの隣で、笑っている男がいた。
前世の「俺」の姿だった。
(な、なんで……なんで私、いや俺が、瑛さんと一緒に写ってる……!)
その疑問を最後に、私の意識は暗転した。




