44.前哨戦
「あ、待たせた?」
プリズムでのバイトが終わるまで、瑛祐くんは待っていてくれたらしい。
「いや。人を撮るスタジオって初めてで、面白かったよ。」
「私は、瑛祐くんがいたスタジオの方が面白そうだったな。」
「あ、瑛里ちゃん、お疲れさま! 気をつけて帰ってね。……あ、瑛祐。瑛里ちゃんをちゃんと送っていってあげなさいよ!」
サクラさんが、私たち二人に声をかけた。
「「……?」」
二人の頭の上に、大量のクエスチョンマークが浮かぶ。
「バイト先のお洒落なオネエさん……?」
「親戚のお洒落なおにいさん……?」
瑛祐くんも同じことを考えていたようで、私たちは顔を見合わせた。
「アハハハ! バレちゃったわね。アタシが二人のデート服を裏で調整してたのよ!」
「「……!」」
「ま、今回はアタシ、何もしてないけど。大丈夫よ! 二人とも何か悩んでるかもしれないけど、心配はいらないわ。観覧車なんかで二人きりになるといいわよ。……大丈夫だからね。」
そう言って、サクラさんは私たちにウインクを飛ばした。
……何が、どう「大丈夫」なのだろうか。
そんな経緯で、帰りは一緒になった。けれど、電車は二駅。すぐに着いてしまう距離だ。
もう夕方だし、今日は瑛祐くんの家に寄る時間はないだろう。
「あ、いつもの瑛里だ。……なんだか、ホッとするよ」
瑛祐くんが私の顔を見て、ふと表情を緩めた。
いつもの私とは?
撮影用の高級なメイク落としを借りて、すっぴんに戻り、着慣れた私服に着替えていたからだろうか。
「まあ、すっぴんでブサイクかもしれないけどね。」
自嘲気味に笑う私に、瑛祐くんが真剣な顔で言った。
「いや、確かに撮影の時はめっちゃ綺麗だったけど……俺は、こっちの方が好きかな。さっきは別人みたいだったし……」
……ん?
めっちゃ、綺麗?
お世辞だとしても、嬉しい。メイクで作られた虚像だったとしても。
……いや、ちょっと待って。
今、「好き」って言った?
カッと顔に血が昇る。ちょっと。ちょっと待って。
……落ち着こう。
「こっちの方が好き」と言っただけだ。
リンゴとナシを比較して、リンゴの方が好みだと言った程度の、深い意味はないはず。
…ないはずだ。
……話題を変えなきゃ。
「そういえば、完成させたバーズアクス、撮ってたよね。」
「うん。キットの紹介用で、ショップの宣伝を兼ねて、雑誌に載るんだ!」
「えっ、凄いじゃん!」
「……瑛里の方が凄いよ。人気だって聞いたし。」
「私のは……まあ、メイクとかで別人になれるからで、私自身が凄いわけじゃないし。それより瑛祐くんだよ。カメラマンさんも褒めてたし。」
「まあ、ホビーラボの皆はじいちゃんの信者で、俺も可愛がってもらってるだけだよ。」
伝説のモデラー、藤井瑛。やっぱり、とんでもなく凄い人だったんだな。
瑛祐くんの降りる駅までは、あと少し。
途中の駅から人が大勢乗ってきて、車内は一気に満員電車と化した。
密着するほど距離が近くなり、私たちは無言になる。
電車が大きく揺れて、私は瑛祐くんの胸元に寄りかかってしまった。
「ご、ごめんね」
「あ、いいよ。大丈夫。」
前も電車で支えてくれたっけ。頼りになるなぁ。
優しくて、格好良くて、大人からも認められる確かな実力があって……。
今、何かが起きるたび、必ず浮かぶのは瑛祐くんの顔だ。
朝起きて、お弁当を作る時も。
学校へ行く時も。
授業中も、隣の席で一緒にご飯を食べる時も。
一人で帰る時も。
バイトでモデルをしている時も。
お風呂に入っている時も、眠りにつく直前までも。
……いつも、この人のことばかり想っている…。
私が持っていた「男」としての記憶や感情。そんなものは、もう関係ないのかもしれない。
思い出の中にあるアキラさんへの気持ち。あの暖かくて穏やかな気持ちが「恋」だと思っていたけれど。
今、こんなにドキドキして、四六時中、頭から離れない人がいる。
これが恋じゃないのなら――私は、俺は、何を「恋」と呼べばいいのだろう。




