41.パパの思い出
瑛祐くんが、ぽつりと口を開いた。
「この卵焼きなんだけど……。じいちゃんの味に似てて。」
何の変哲もない、一工夫として、とろろ昆布を巻いた卵焼き。
前世の俺が、出汁の旨味と絶妙な塩気が欲しくて、試行錯誤の末にたどり着いた「俺の味」だ。
「まあ、偶然だとは思うんだけど。食べたら『瑛』のこと、思い出して。……前、聞こえちゃってたと思うけど、私、瑛に対しては少し複雑な感情があるから...。」
瑛祐くんのおじいさん。伝説のモデラーであり、この工房の主だった人。
道具を大切にし、誠実に物作りと向き合ってきた人なのだろう。仕上がった作品を見ると、丁寧で細いところにも目が届いて、瑛祐くんが尊敬する素晴らしい人。
私はずっとそう思っていた。
「色々あったけど、私がデザイナーをしているのも瑛の影響だし、尊敬してたし、大好きだった。瑛祐を育てるの助けてくれたし……でも、やっぱり、許せなくて……。ごめんなさいね、変なこと言って。」
勝手な恋をして、おばあさんが出て行ってしまったという過去。
誠実な人であっても、恋に落ちてしまったら、どうしようもないこともあるのだろうか。
「あ、でも、本当に美味しかった! また食べさせてね。」
涙を拭いて、いつもの格好良い楓さんに戻ると、彼女は「家で少し仕事をする」と言い残して去っていった。
……私、何か間違えちゃったかな。
「……俺は、良かったと思っているよ。」
不意に優しい声がした。
「ん?」
「母さん、じいちゃんが死んでから、一度も泣かないようにしてたからさ。」
「そうなんだ。」
「じいちゃんの事。大好きなくせして…。」
……瑛祐くん。まだ高校生なのに、あんなにしっかりとした母親の心労を、ちゃんと気にかけていたのか。
私は中年の記憶があるくせに、まだまだ子供だ。コイツこそ、人生何周目だよ。
優しくて、余裕があって、どこか大人びている。
あ、でもティッシュ箱がまた空だ……。
うん。過ちって訳じゃないけど、やっぱり「若さ」ゆえなのかな。
認めたくないよね?
ーーーーーーーーーー
十五年……いや、瑛祐を産む前だから、もっと前。
私には、結婚を約束した人がいた。
理数系の研究者で、純粋な人。でも、私の仕事を認めてはくれなかった。悪い人ではないけれど、価値観が決定的に違っていた。
恋人としては最高だったけれど、結婚となると話は別。女の子の服を格好良く作りたい私と、「服なんて着られれば何でもいい」と言う彼。彼が「どうでもいい」と切り捨てる仕事を、結婚後も続けることはできなかった。
でも、デザイナーは私の夢。パパが認めてくれた、大切な仕事。
それに、あんなヨレヨレの靴下なんて、女の子たちに履かせておけない。私は女の子達には、もっとスタイリッシュに輝いてほしいのよ。
別れたことには後悔はない。私達は、それぞれ別の道を歩むだけ。彼もきっと、研究者として大成するだろう。
……問題は、このお腹の子だ。
別れた後に、新しい命を授かっていることに気づいた。
相談しようにも、ママはもういない。
パパは…。ママが出ていってケンカしたけど、私には頼れる人はもう「瑛」しかいなかった。最初は、中絶の同意書を書いてもらうつもりでここに来た。
「まあ、食え。」
と言って出されたのが、あの卵焼きだった。
「なにこれ……? 凄く美味しい。」
「教えてもらった。俺も家事くらいできる。大変かもしれんが……。」
「えっ? あの人に……?」
パパはゆっくり頷いて、話し始めた。
「お前がおろしたいと言うなら、仕方のないことだが……。」
「そりゃあ、産みたいわよ。でも、仕方ないかなって……」
「俺が父親代わりをしてやる。家事も、育児もだ。」
「ダメよ、パパ。新しいアトリエを作るんでしょ? せっかく有名になってきたのに、私が足手まといになる。それに、あの人のことだって……。」
パパは少し、沈黙した。
「……あのさ。エイジは病気なんだ。もう、長くない。……だから、また一人になってしまうんだ」
いつでも自信に溢れ、実力で道を切り開いてきたパパ。
こんなにも不安そうな顔を、私は初めて見た。
それから暫くして、パパは「あの人」の葬儀を取り仕切り、そして数カ月後に私は男の子を産んだ。
瑛から名前を一文字もらって「瑛祐」と名付けたその子は、約束通りパパが育て、立派な「じいちゃん子」になった。
もう、とっくに許してる。あの人の味が、瑛祐を育てて、私の仕事を1人前にした。パパが、優しくなって皆に慕われる職人になってるのもあの人のおかげ。
……あの、美味しかった卵焼き。
「あの人」と「パパ」の味、そして、瑛里ちゃんの味。
似ている気がしたけれど……まあ、ただの偶然よね。
思い切り泣けたことで、なんだかスッキリしたわ。
あ、そうだ。瑛里ちゃんに似合う服、最高の一着をデザインしなきゃ。
本日、個人的に休みですので2話目の投稿。
できれば夜にも更新するので、よろしくお願いします!




