40.溶けろチーズ。
慣れていないはずの調理器具。初めて触るガスコンロ。
「ゴメンね。古くてさ。フライパンとかも、じいちゃんが買い替えなかったから……」
取っ手が外れかけていたりするけれど、よく見ると溶接で補強した跡がある。
流石は伝説のモデラー、藤井瑛……。
「大丈夫。凄く使いやすいよ。瑛祐くんは座ってて。作業を続けててもいいし」
……それにしても、二人分の分量って難しいな。野菜や肉を買うと、どうしても四人分くらいになっちゃう。
多めに作って、余ったら夜食にでもしてもらえばいいか。
パチン、パチン。
手のひらで空気を抜き、ハンバーグのタネを形作っていく。
「俺も手伝うよ。」
「あ、じゃあ、こうやってチーズを詰めて。最初は丸く作って……。」
いつもは教わってばかりだけど、瑛祐くんに教えるのは新鮮な気分だ。
人生経験は私の方が何倍もあるはずなのに、隣に立つ彼を見上げると、体格だけじゃなく、人間としても大きく見える。尊敬しちゃうよね。
キッチンで二人並んで、パンパンとリズミカルな音を響かせる。
……楽しい。
「焼く前に、ちょっと冷蔵庫で寝かせようかな。まだ待てる?」
「うん。じゃあ、その間作業を続けるよ。」
「了解。もうちょっと待っててね。」
付け合わせのブロッコリーや人参を茹で、手際よく片付けを済ませていた時、アトリエから声がした。
「瑛祐! いる? あ、いた。」
楓さんの声だ。瑛祐くんのお母さんなのに、声の響きがすごく若い。
「私、今日、午後から休みだから、お昼まだでしょ? ピザでもどう……って、瑛里ちゃん! 来てたんだ。いらっしゃい。」
「はい、お邪魔しています。」
エプロン姿の私を見て、彼女がパッと笑顔になった。
第一印象は少し怖かったけれど、瑛祐くんに似て、本当は優しくて素敵な人だ。
「あら、私がお邪魔だったかしら。ピザ、食べていく?」
「あ、いえ…。」
「あら? 何か作っているの?」
「はい。ちょっと作りすぎちゃったので、よかったらハンバーグ、食べていきませんか?」
少し考えてから、楓さんが遠慮がちに言った。
「いいの? ホントにお邪魔しちゃうわよ……。」
「お邪魔って、俺と瑛里は、まだそんなんじゃないからいいよ。」
あ、「まだ」って言った……。
「ちょ、瑛祐くん……『まだ』って……」
「あら、そうなの? でも、いつの間にか名前で呼び合えるようになったのね。」
「「……」」
二人して沈黙…。
「瑛里ちゃん、ごめんなさいね。こんな鈍感男に育てた覚えはないんだけど。」
……ん? なぜ謝る?
「いえ、謝るなんておかしいです…。それなら、ウチの母も『瑛祐くんに謝らなきゃ!』ってぼやいてましたし。なんだか、ちょっと意味わかんないんですよね……。」
「そうだよ。俺は……。」
何か言いかけた瑛祐くんを見て、楓さんは全てを悟ったような顔で彼の肩をトントンと叩いた。
「なかなか大変だねぇ、君も……。」
そして私の方を見て、
「彼は初心者だから、お手柔らかにね。」
とウインク。……やっぱり意味わかんないな。
お喋りしているうちに、冷蔵庫で寝かせるには十分な時間が過ぎた。
ハンバーグを焼き、同時に卵を焼き、鮮やかなブロッコリーを添えて。
「できました!」
「じゃあ、食べよう」
よし、溶けろチーズ!
ハンバーグを割ってみる。おぉ、最高だ。肉汁とともにチーズが溢れ出す。
三人で食卓を囲む。……もしここに嫁に来たら、これが日常になるのかなぁ。
ハンバーグの出来栄えに浮かれて、一瞬、自分を失いかけた。
よ、嫁……!? ち、違う。そんなこと、一ミリも思ってないんだからね!
「うまっ、すげー美味いよ! アツアツだと全然違うな。ね、楓さん。美味しいでしょ」
瑛祐くんからの最大限の賛辞。嬉しくてたまらない。
「うん。凄く、美味しい……。」
けれど、楓さんの様子が少し変だ。えっ、まさか泣いてる?
瑛祐くんの褒め言葉は大袈裟だけど、我ながら上手くできたと思っていたけれど。
「……ごめんなさい。何か、お口に合いませんでしたか?」
「あ、違うの。美味しいのは、本当よ」
楓さんの言葉を引き継ぐように、瑛祐くんが呟いた。
「……俺も、……思ってた。じいちゃんだよね?」
……瑛祐くんのおじいさん?
おはようございます。
朝の通勤のお供に、こんなラブコメも悪く無いよね!
よろしくお願いします!




