24.いっそのこと私の嫁に…。
「それじゃあね。瑛祐と仲良くしてね!」
「なんだよそれ。…じゃあな。また」
藤井親子に見送られ、私は駅の改札へと向かう。「藤井」って呼ぶと二人とも振り向きそうだし、そろそろ「瑛祐くん」って呼べるようにならないと。……いや、まだ恥ずかしいけど。まだって何?
「はい。とても美味しかったです。ご馳走様でした!」
精一杯の、女子高生らしい笑顔で挨拶をして、私は電車に乗り込んだ。
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「いい娘ね!」
いつの間にか自分より頭半分ほど大きくなった息子の横顔に、楓は声をかけた。
「……うん。お弁当美味いし、話も合うと思う。」
「そう。年頃の娘さんがアナタと話が合うとは思えないけど?」
「そんなことないって。この前、映画観に行って……って、あ。」
「へぇー。もうデートする仲なんだ! いいなぁ。」
「デートじゃねえって。ガムダンの新作観に行っただけで……」
(満更でもないわね、コイツ。)
母親の目から見れば、息子の動揺は手に取るようにわかる。
けれど、楓の関心はもう一点にあった。
(……あの娘、やっぱり『プリズム』のモデルの子よね。)
自分がデザインした服を着て、誌面を飾っていた少女。撮影現場でのクールな印象とは違い、実物の瑛里はどこかキョドっていて、コミュ障気味で、お寿司の注文を「かんぴょう巻きと卵焼き」という不思議な子だったけれど。
でも、あの大将が「今日のは上手くできたと思うが、どうかな?」なんて、客に感想を求めたのは初めて見た。
「本当に、美味しいです」
そう答えた瑛里の言葉に、大将が心底ホッとした顔をしたのも。初めてで面白かった。
(瑛祐がベタ褒めするお弁当に、大将を唸らせる舌……。笑うと小動物みたいで可愛いし、モデルであることを鼻にかけない。……っていうか、女子高生モデルが、デザイナーである私の『kaede』ブランドにすら気づかないって、本当にガムダンが好きなの?)
「瑛里ちゃん、アンタには勿体ないわね。」
「何言ってんだよ。……でも、福原の料理って、なんかじいちゃんを思い出すというか……。」
「……あの人の話はしないでって言ったでしょ。」
「あ、うん。ごめん。でも…。」
忙しい自分に代わり、父・瑛が瑛祐を育ててくれたことは感謝している。けれど、父の勝手な恋のせいで母が出て行った過去は、今も楓の胸に棘となって刺さっていた。
「……でも。今日は楓さんと……ママとご飯食べられて、楽しかったよ」
不意に、息子が照れくさそうに呟いた。
「えっ、今なんて? ママって言った?」
「……いや、福原とご飯食べられて良かったって言ったんだよ!」
もう、このバカ息子。
モタモタしてたら、私が瑛里ちゃんを嫁にもらっちゃうわよ。
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「……くちゅん。」
帰りの電車内、私は小さくくしゃみをした。
前世なら「ハァークション! エイコラッ!」と豪快に撒き散らしていたはずだが、今の私のくしゃみは、自分でも引くほど可愛らしい。
(誰かが私の噂でもしてるのかな……。ま、いいか)
窓の外を流れる夜景を見ながら、私は少し笑顔になりながら今日覚えたお寿司の味と、藤井くんの「友達」という言葉を、何度も反芻していた。




