20.2人の瑛と、サービス。
平日の昼間、電車は空いていて並んで座ることができた。
触れるか触れないかの距離に、心臓の音がうるさい。
電車が揺れた拍子に肩がぶつかるけれど、藤井くんの体はガチッとしていて、私を支えてくれる。逆側に揺れれば、彼は踏ん張ってこちらに倒れてこないように気遣ってくれる。
(……悔しいけど、私は女なのかな。)
主人公は、僕は男なんだなって言って戦いに行ったけど。
今、さり気なく守られて嬉しい自分がいる。
ところで、「用事」って何だったんだろう。
「あの、用事があるなら、プラモは明日にしようか?」
学校近くの駅が近づいた頃、思い切って聞いてみた。
「あ……。用事って、バイトか何か?」
逆に聞かれた。藤井くんの用事聞いたんだけど。
「えっ、いや、特にないんだけど」
ゆかりさんが気を利かせてくれただけだと言おうとして、止めた。
「そっか。じゃあ、ウチで続き作る?」
「いいの? 藤井くん、用事あるんじゃ……」
「強いて言えば、福原にランナー跡の消し方を教えるっていう用事だったら、あるかな。」
藤井くんが照れくさそうに言う。えっ、何その「用事」。ちょっと嬉しい。
「あ、じゃあ私も、プラモの続きをやるっていう用事があったよ。」
他愛もない言葉で、二人で笑い合う。前世に、こうやって笑い合える相手がいただろうか。
アトリエに着くと、早速作業に取り掛かる。
藤井くんは棚から、物差しのような形状の薄いプラスチック板や鉄製のヤスリ、数種類の紙やすりを持ってきた。
「まずは、パーツをバラそう」
「え、せっかく組んだのに?」
「プラモ作りは組んで、外して、加工して、また組んで……って繰り返すんだよ。ほら、見てて。」
藤井くんが器用にパーツの合わせ目に板を入れ、膝下のパーツを引き剥がしていく。優しく、丁寧に教えてくれる。面倒がらずに付き合ってくれる彼は、やっぱり、いいヤツ。
「片方は俺がやるから、もう片方を福原がやってみて。」
彼の指先の動きに無駄がなく、見ているだけで少しドキッとする。
「まず荒いヤスリで削る。こうやって。」
「はい」
「それから粗めのペーパーで擦る。ここは丁寧に。」
言われた通りにやると、確かに白い跡(白化)は消えるけれど、代わりに表面が白く傷ついたようになって不安になる。けれど、仕上げ用のスポンジで磨くと……不思議なことに、傷が消えて本来の色が戻ってきた。
「おぉ、消えた! 私にも見える……あ、取れるよ!」
「見える、私にも見える」という名セリフをもじったつもりだったけれど、藤井くんには伝わっていないようだ。(藤井くん、新作もいいけど初代を見なさい、初代を)
夕方になり、片脚の処理が終わった。
藤井くんがやった右脚は、非の打ち所がないほど滑らかだ。
「美脚だねぇ。凄いよ、上手い。」
「福原のも、初めてにしては上手くできてるよ。十分だって。」
私の左脚は少し削りすぎて凹んだ部分もあるけれど、彼はそう言って笑ってくれる。ここは、サービスサービス。かなっ!
「美脚って言えば、私も自分の脚には自信あるんだけどな。見てみる?」
冗談のつもりで、制服のスカートを少し持ち上げてみせた。
「ばっ……! 何言ってるんだよ!」
藤井くんが猛烈な勢いで顔を逸らす。けれど、目線が微かに泳いで残ろうとしている。
「冗談だよ、冗談っ!」
おじさん感覚でふざけてしまったけれど、私の脚を見たところで、彼は嬉しくもないだろうし。いらぬサービスだったか…。
片付けをしながら、アトリエのショーケースを眺める。そこには、ディテールまで完璧に作り込まれた旧キットの『シア専用ザフ』が飾られていた。その隣には「総合優勝」と刻まれた盾。
「……これ、凄いね」
「じいちゃんが昔作ったやつ。旧キットなのに、俺にもどうやって作ったのか分からん。」
「製作者……藤井 瑛、って書いてあるけど。これ、なんて読むの?」
「アキラ、って読むんだ。じいちゃんって伝説のモデラーだったんだぜ」
アキラ……。
夢に出てくるアキラさんと同じ名前。
珍しい名前じゃないけれど、前世の私が恋心を抱いていたアキラさんと、彼のおじいさんが重なる。けれど、夢のアキラさんはきっと女性だったはずだ。偶然だろう。
帰り道、駅まで送ってくれる藤井くんが、少し照れくさそうに口を開いた。
「俺の名前、瑛祐ってのは、じいちゃんからもらったんだ。……福原の『瑛』も、女の子にはあまり使わない漢字だろ? だからかな、なんか光ってるみたいでいいよな。」
さらりと褒められ、顔が熱くなる。
自分の名前にも入っている『瑛』の字。彼と同じ漢字。
茜色に染まり始めた空を見上げながら、私は自分の中に芽生えた「懐かしさ」の正体を、まだ分からないまま、胸の奥へと押し込めた。




