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精霊王国物語  作者: 三山とんぼ
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05. クルトが逃亡し、騎士に追われること

(参ったなぁ)


クルトの胸の中で、どんどん嫌な予感が強くなってきている。


クルトは、落ち着かない気分で立っていた。

明らかにこれはおかしい。普通ではない。

なにが目的のことかはわからないが、これが異常事態であることだけはわかる。

最初に思った水路整備のような、町の雑務のために集められたのではない。


クルトと同年代の少年ばかりが集められ、いきなり暗闇の中に放り込まれたのだ。

説明もなしに。

しかもそれを行ったのは、騎士や、見たこともないような上位貴族のお姫様であるらしい。


まさか彼らの目的は自分ではあるまいと、クルトだって思うが、イバンというこれまた普通ではない相棒を持っているだけに、一抹の不安は拭いきれない。


さっきから、ヴェールの少女が部屋の中を歩き始めた。

一瞬だけ、その少女の瞳が、青く光ったような気がしてクルトはさらに緊張した。

次の瞬間には元に戻っていたから、多分気のせいだとは思うけれど。


やっぱり、この展開はまずい気がする。非常に悪い予感がするが、かといってここから逃げ出すわけにもいかない。


ここが闇の中だというのがまた良くない。

闇の中ではイバンが活発になるのだ。

心の中でイバンに、頼むからジッとしていてくれと呼びかけた。


他に見る物もないので、なんとなくクルトは貴族の少女に視線を送っていた。

だがそれは、迂闊なことだった。闇の中、真っ直ぐ少女を視認で来ていること自体、普通ではないのだ。

少女が、クルトの視線に気づいてこちらを向く。


そして、ヴェールの奥からクスっと笑う声が聞こえてきた。


続いて、「みつけたぞ……!」と小声で呟く声。

明らかにあのヴェールの少女は、クルトを見てそう言っていた。


――ヤバい!


本能的に、クルトは後ずさる。

少女が叫んだ。クルトを指差して。


「この者だ! この者が、我々の探していた、闇の精霊との契約者……!」

「おおっ!」

「真ですか、姫様!?」

「予言はやはり正しかったのか!」

「ルチア、明かりを!」


騎士たちの興奮した声が聞こえてくる。

もう一刻の猶予もなかった。クルトは、光が戻る前に、動き出した。

暗闇は、クルトの友だ。光がなくても、ほぼ問題なくクルトは部屋の中が見えていた。

イバンと契約したことで身に着けた、暗視の力を使ってクルトは走る。


これだけの人数が入れる集会所といっても、所詮は建物の中だ。

走れば一瞬で壁に当たる。

だがクルトは、走るスピードを落とさなかった。


暗闇の中でもクルトの姿を視認できていた騎士は、クルトが壁に体当たりするつもりだと思った。

そしていくらなんでも、少年の体当たり程度で壁に穴が開くわけがない。

クルトが無様に壁に跳ね返される姿を予想して、唇が嘲笑の形に歪んだ。


だが、それは間違いだった。


「イバンッ」


クルトが名を呼ぶと、忠実な友はその影を伸ばす。

壁にイバンが、黒く影を広げた。

そして、その影の中に、クルトが身体を沈める。


「待てっ! 逃げるな! 其方に危害を加える気はないのだ!」


レティシャがそう叫んだが、クルトには届かなかった。


「なにっ!」

「消えたぞ!」


驚いた騎士たちが叫ぶ。

壁に吸い込まれて、クルトの身体が消えたのだ。


「チッ!」


思わずレティシャは舌打ちをした。

淑女にあるまじき失態だが、幸いそれを聞き咎めた者はいなかった。


「レングメーン、光を!」


ルチアが精霊に命じるのと同時に、部屋の天井近くに、光の玉が浮かんだ。

部屋の中が明るく照らされる。


騎士の一人がさっきクルトが消えた壁に駆け寄った。

だがそこには、穴どころかなんの痕跡もなかった。

確かにそこにクルトが吸い込まれるように消えたはずだった。

けれどその壁には、なんの異常もないのだ。


「なにをしておる! 調べるのは後にしろ! すぐに逃げた少年を追うのだ! 決して傷つけるなよ、無傷で捕らえるのだ!」

「ははっ!」


レティシャの命を受けて、騎士たちの内の半数が建物の外へと走り出す。

走りこそしなかったが、レティシャ自身もまたクルトを追って外に向かった。


レティシャの護衛の騎士もクルトの捜索に使うためには、レティシャ自身が動く必要があったからだ。



          ◇◆◇◆◇◆◇



壁を通り抜けて外に出たクルトは、そのまま町の外に向かって走った。

逃げ切れる可能性は、絶望的なまでに低い。そんなことはクルトも知っている。

だが思わず逃げてしまったのだから仕方ない。こうなっては逃げ切る以外にクルトに生き残る術はない。少なくともクルトはそう思った。


――なんとか森まで逃げのびれば……!


勝算はそこだけだった。

森の中に隠れられれば、そこを狩場とするクルトには、追手から逃げ切れる自信があった。


クルトは走る。必死で駆けた。

体力にはそれなりに自信がある。あんな重そうな鎧を身に着けた騎士には負けない。

――ただし、騎士が自分の足で走るなら、だ。


まだ町から出てもいないのに、後ろから不吉な足音が聞こえてきた。馬の蹄の音だ。

あっという間にクルトは、追いつかれようとしていた。

元々人間の脚で馬に適うわけはない。


振り返って見てみると、追手の数は四騎。このままではすぐに追いつかれる。


「イバン、弓を!」


そう言って手を伸ばすと、イバンが影の中に保管していた弓を取り出し、クルトの手に掴ませる。

さらに矢も受け取り、クルトはしゃがみ込みながら反転した。背後に向かって弓を構える。


こちらに向かってくる四騎の騎兵の、先頭の馬に狙いをつけて、すぐに矢を放った。

矢は馬の額に突き刺さる。

その馬は倒れて、痙攣する。

乗っていた騎士は落馬したが、すぐに身を起こした。


続けてクルトは二矢目を放つが、それは空中に浮かんだ水の膜によって防がれた。

追手の騎士が、水魔法を使ったのだ。


「クソッ、そんなことができるのか!?」


もうすぐそこまで、騎士は迫っていた。

クルトは別の騎士に向かってまた矢を撃とうとするが、それよりも早く、騎士が炎を放った。


炎はクルトの頬を掠めて飛び去った。

驚いて動きの止まったクルトの頭上から、また別の騎士が雷を落とした。


ドオオオォォン…………


凄まじい音が響き、土煙が巻き起こる。

そしてその土煙が消えたとき、そこには誰の姿もなかった。



          ◇◆◇◆◇◆◇



「やり過ぎだ! 跡形もなく消し飛ばしてどうする!? 姫の命令は傷つけずに捕まえろ、だぞ!?」


炎を放った騎士が、雷を落とした同僚を怒鳴りつけた。


「まさか、消し飛ばすわけがなかろう。弓で抵抗するから、多少痛めつけようとは思ったが、死ぬほどの魔法は使っておらぬ!」


怒鳴られた騎士は、顔をしかめて言い返した。

彼は自分の魔法の制御には自信があった。多少焦げ跡がついても、命には別状ない、その程度の威力に抑えたのだ。


「だが実際にあの少年は消えたではないか!」

「俺の魔法が原因ではない。恐らくはあの少年の仕業しわざだろう。先ほどの壁抜けと同じやり方で、どこかに身を隠したのだ」

「どこかとはどこだ?」

「知るわけがなかろう! お前こそ、無駄口を叩く暇があったら探せ!」


騎士たちが馬から降りて、茂った雑草の間を必死に捜索し始める。

華麗な鎧に身を包んだ騎士たちが地面に這いつくばる様子は中々滑稽と言うべきだったが、本人たちはいたって真剣だった。

彼らにしてみれば、平民のしかも少年を捕らえるという、容易い任務すら実行できないような無能と判断されるのは屈辱という他ない。

それに比べたら、地面に這いつくばる程度のことはなんでもなかった。


少ししてこの場に到着したレティシャは、その騎士たちの情けない姿を見て、額を手で押さえる。


「なにをしとるのだ、こ奴らは……」

「どうやら、追っていた少年をこのあたりで見失ったようです」


側付きの女騎士であるルチアが、淡々とレティシャに事情を説明した。


「いくら好き放題に茂っていると言っても、草の間にそうそう隠れていられるものか!」


はぁ、とため息をつき、レティシャは瞼を閉じた。両目の間を、親指と人差し指で摘まむようにして撫でる。

少しして、カッと目を見開くと、その瞳が青く光を放つ。

青い光はすぐに消えたが、レティシャの目には、はっきりと黒い、精霊の痕跡が見えた。


影のように黒いその痕跡は、草の間を通り、近くの木の陰へと続いていた。

どうやら木の陰からは動いていないと見て取ると、レティシャは再び目を閉じ、瞼の上から両目をそっと揉むようにする。

気合を入れて精霊の気配を探ると、どうしても消耗してしまう。


「大丈夫ですか?」

「ああ、この程度なら特に問題ない」


女騎士にそう応えると、レティシャは木の側まで歩き、影を見下ろす。


「これ、そこの者。私の目は誤魔化せぬぞ。其方が影の中に隠れているのはわかっている。なにもせぬから、出て来るがよい」


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