04. レティシャ王女が調査に赴くこと②
レティシャがテミッタの町に到着したとき、クルトは他の同年代の少年たちと共に、広場から少し離れた道端に集められていた。
昨日、この町の領主である下層貴族の使いが孤児院までやって来て、クルトに今日必ずここに集まるようにと、高圧的に命じたのだ。
頭ごなしに命令されて、クルトはあまり気分は良くなかったが、しかし貴族というのはそういうものだ。いちいち腹を立ててはキリがない。
こういうことはたまにあって、大抵は水路の整備やら、道路の修復といった人手のかかる雑用をやらされる。
もちろん面倒ではあるが、必要なことでもある。
それはいいのだが、報酬がその時々で勝手に決められるのだけはなんとかならないものか。
そこそこの報酬が与えられるならば良いのだが、ときには働かすだけ働かせておいて、報酬なしに、「これで解散だ! ホラ、さっさと散れ!」と、犬猫のように追い払われることすらある。
せめて少しくらい給金が欲しいものだと、クルトが考えていると、そこに領主の下層貴族が自ら走ってやって来た。
「これからお前らは私の後について来い。ただし、私がもういいと言うまで、一言も喋るな。いいな?」
奇妙な要求だった。
集められた少年たちは、眉をひそめ、互いの顔を見合わせる。だがその結果は、仲間の顔に、自分と同様の怪訝な表情をみつけるだけだ。
「さっさとついて来い!」
重ねて命じられて、仕方なく少年たちは下層貴族の男の後について歩き出す。
男が少年たちを引き連れて着いた場所は、町の中心部にある、集会所の建物だった。
「こんなところでなにをさせようってんだ?」
「建物の修理じゃないか? ここも少し古くなってきてるからな」
「そうか? 古いって言うんならここより古い建物なんかいくらでもあるぜ」
「さあな。そんなことを、俺に言われたって知るもんか」
ざわざわと小声で囁き合う少年たちを、下層貴族の男が一喝する。
「おい、お前ら静かにしろ! これから中に入るが、中で一言でも口を利いたら容赦しないぞ!」
ギロリと険悪な目で少年たちを睨みつける。
さすがに少年たちも、その目に本気を嗅ぎ取って鼻白む。
一通り少年たちを睨みつけてから、貴族の男は集会所に入っていく。クルトを含む少年たちも肩を竦めてそれに続いた。
集会所の中は、暗かった。
クルトが見回すと、全ての窓が塞がれているようだ。
一応部屋の天井近くに魔法の明かりが浮いているのだが、それが事実上この部屋唯一の照明だった。
白い光を放つ、人の頭より少し小さいくらいの大きさの球で、重さというものがないのか、重力を無視して浮いていた。
少年たちはその魔法の照明を、物珍し気に見上げている。
なにしろ、ほとんどの少年はこれが魔法というものを見る、初めての機会だったのだ。
光魔法に気を取られているうちに、バタンと音を立てて、入り口の扉が閉まる。
少年たちの最後尾に近いところにいたクルトは、扉のすぐ前に立っていたから、音に驚いて後ろを振り返った。
扉を閉めたのは、金属鎧を身に着けた男だった。
(騎士?)
実際は騎士ではなく従士だったが、クルトにその違いはわからない。
ただ、立派な鎧を着た男だから騎士かと思った。それだけだ。
クルトはその従士の男から順に、ぐるりと集会所の中を見回す。
同じように立派な鎧を身に着けた騎士らしき者たちが、一〇人ほど。
(騎士がこんなにたくさん……!)
一言で騎士といっても、その一人一人がこの国の支配者階級であり、貴族だ。
ここに来たのがたった一人だとしても重大事件なのに、一〇人近くもつめかけて来るなんて、異常事態もいいところだ。
それに、侍女らしき若い女性が一人。
そして最後の一人は、いかにも高貴な身分だと、全身で主張しているような少女だった。
派手さはなくとも、いかにも高価そうな衣装に、装身具。薄いヴェールで隠しているせいで、顔はよく見えない。
(多分、僕らのような卑賤な者には顔も見せたくないんだろうな)
と、少しばかり皮肉っぽくクルトは考えた。
実際、貴族と平民の間にはものすごい大きな身分の壁がある。常識も、価値観も、見ている物も、なにもかもが違い過ぎる。
なぜこんな場所にその少女がいるのか、彼女の目的など想像もつかないし、きっと聞いたところで理解できないに違いない。
ともかく、集会所の一番奥にいる彼女が、この場での主導権を握っているのは明らかだった。
ここで一体なにをさせようというのか、さっぱりわからずに集められた少年たちは戸惑っていた。
なにしろこれまでのところ、一切の説明がないのだ。
異様な雰囲気に怯えて、窓ばかり気にしている少年もいる。
もしかしたら、なんとか逃げ出せないかと考えているのかもしれない。
クルトも、他の少年たちと同様に、戸惑っていた。
自分と同じような歳の少年ばかりを集めて、どうしようというのだろう?
まったくわけがわからなかった。
戸惑う少年たちを前に、ヴェールで顔を隠した少女が、近くの騎士に何事かを命じた。
その騎士は頷いて片手を上げる。すると、天井近くに浮いていた魔法の照明が、消えた。
「うわっ」
「な、なんだ、なんだ!?」
「どういうことだよ!」
「騒ぐな! 黙れ! 一言も喋るなと命じたはずだぞ!」
少年たちが騒めき、それを下層貴族の男が怒鳴りつける。
それで一応、少年たちは黙ったが、恐れと不信感は高まるばかりだった。
――僕たちをどうするつもりなんだ!?
声に出さなくても、みながそう思っていた。
そしてそれは、クルトも同じだった。
◇◆◇◆◇◆◇
一方、レティシャはレティシャで、戸惑っていた。
暗闇の中で、レティシャは細い首を傾げた。
(? よく見えぬ、が……)
特に精霊の気配は感じない。だが、なにかが気になる……
レティシャにとっても、あまりこういう経験はなかった。
レティシャの目は精霊の気配を敏感に捉える。
それはレティシャが、『妖精の瞳』と呼ばれる滅多に持つ者のいない特別な目を持っているからだ。
この瞳の持ち主は、例えこの場に精霊が姿を見せていなくとも、契約者がいればそれを見抜くことができる。契約による精霊との繋がりを辿り、精霊の気配をレティシャは感じ取る。
だからこそ、ヘリオス王は娘であるレティシャ王女を今回の調査に同行させたのだ。
全ては、光の精霊によって予言された、闇の精霊との契約者を探し出すためだった。
明かりを消し、窓を塞いで部屋を暗くしたのも、闇精霊の好む環境を作って、少しでも気配を感じ取りやすくするためだ。
なにしろ、気配を消して隠れることに関しては、闇の精霊は他よりも優れている。
例え感度の高いレティシャの瞳でも、よほど集中しなければみつからないと思われた。
少し迷った後、レティシャは集められた少年たちに向かって歩き出す。
本来ならこれは褒められたことではない。
暗闇の中、王女たるレティシャが自ら、平民の少年たちに近づくなど、通常なら近くに護衛がいるとしてもあり得ない行為だ。
「王女殿下?」
光の精霊使いでもある、側付きの女騎士であるルチアが、咎めるような口調でレティシャに呼びかける。
だがレティシャは、止める気はなかった。
「もう少し近くから見てみる」
「しかし……」
「平民の子供になにができる? 私に危害を加えられるとでも言うのか?」
「……わかりました」
ルチアはため息をついて、レティシャの斜め後ろにつき従った。
彼女にしても、王女の身になにか起こるとまでは思っていない。それでも護衛としては、可能な限り護衛対象を危険から遠ざけるのが自らの役目だと考えているのだ。
レティシャは一人一人、少年の姿を確かめながら、歩みを進める。
暗闇の中、ほぼなにも見えていない少年たちとは違い、レティシャの目にはある程度部屋の中の様子が見えている。
夜目が利くのは、精霊と契約することの副次効果のようなものだ。
精霊は光に頼らずとも周囲の物を感知する能力があり、契約者にもある程度それが伝わるのだ。
なんとなくわかるという程度で、さすがに昼のように見えるわけではないが。
人は、なにも見えない状況では、ジッと身動きしないものだ。
これは本能的に目の代わりに耳で周囲を探ろうと、余計な物音を立てないようにするためだ。
耳鳴りがするような沈黙の中、レティシャとルチアだけがゆっくりと集会所の中を歩き回る。
誰もが強張った表情で、ピクリとも動かずに耳を澄ませている。
(……?)
レティシャは誰かの視線を感じた。この暗闇の中で。
すぐに視線を感じた方向に向き直ると、その先に居るのは一人の少年だった。
よく見ると、その少年の足元から、黒い糸のような、揺らめく煙のようなものが見える。
あれは、……精霊との繋がりを示す絆の糸だ!
ヴェールの奥で、レティシャは笑みを浮かべた。
「みつけたぞ……!」
ツカツカと、少年に向かって歩み寄る。
少年は明らかに暗闇の中でもレティシャを視認していた。近づいてくるレティシャから逃げるように後ずさる。
(ようやく、みつけたぞ。これで、父上の任務をどうにか果たすことができそうだ……! 絶対に逃がさぬ!)
レティシャは笑みを深めた。自然と足が早まる。一ヶ月近くにもなる調査行が、ようやく実を結ぼうとしていた。