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精霊王国物語  作者: 三山とんぼ
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03. レティシャ王女が調査に赴くこと①

精霊王国の王都ラムナは、王国の中央を流れるセディム川の沿岸にある。

東西及び南北の交易路、それにセディム川という水路が集中する貿易の拠点だ。


古来から交通の要衝として栄えた都市で、王都のどこを掘っても必ず遺跡に当たると言われる。

それも、掘り進むにしたがって遺跡が地層になっているのだ。

もっとも古い遺跡まで掘るためにはどれほどの深さが必要になるかすら、定かではない。

少なくとも千年分は遡れると言われてはいるが、では最古の遺跡が何年前のものなのか、答えられる者はいなかった。


王宮は白大理石をふんだんに使った美しい建造物で、都市のどこからでも見える高台にある。

大陸北部随一の大国に相応しい威容を誇るその宮殿は、名を精霊宮せいれいきゅうという。


――そして今、その精霊宮に激震が走っていた。


大袈裟ではない。

まさに蜂の巣をつついたような大騒ぎとなったのだ。


精霊宮に爆弾を持ち込んだのは、例によってカデール家。

光の大精霊と代々契約を結んだ、王国きっての名家めいかだ。


そのしらせを耳にした国王ヘリオスでさえも、思わず玉座から身を乗り出したという。

それほどの、信じられない情報だったのだ。


「まさか、そんなことが…………事実なのか?」


そう言ったきり、絶句してしまった。

王の代わりに口を開いたのは、宰相たるブラムトだった。

雷の眷属(クッガハル)である彼は、常に黄水晶を頭頂部につけた長杖を手放さない。

四〇代で宰相まで昇りつめた俊才で、政治手腕だけでなく魔法の能力も高い。


「光精霊の託宣たくせんを今更疑おうとは思いませぬ。それで、その者は何処の誰なのでしょうか?」

「はい。十分とは言えませんが、多少の情報はあります」


貴族らしい美しい所作で進み出たのは、純白の長いチュニックの上に、やはり純白のマントを羽織った少女だ。

名を、フェトニアという。

カデール家の秘蔵っ子で、まだ若年のために家督を継いではいないが、いずれ全ての光の眷属(プロウム)の頂点に立つことが約束された少女だ。

精霊使いとしての能力の高さとその美貌から、【光の聖女】などという大層な二つ名で呼ばれることもある。


「歳は十五か、十六ほどの少年です。所在地は、炎の眷属(フルァータ)の飛び地、ネルガーのどこか、というところまではわかりました」

「ネルガーというと、……ああ、なるほど。あそこは確かに、元はサヴァロの直轄地でしたか」


得心したのか、宰相は何度も頷いた。


「陛下。となれば、早急にネルガーに向けて、調査のため騎士を派遣すべきと、臣は愚考いたしますが」

「…………いや。サヴァロ公爵の血筋に生き残りがいたとなれば、それでは足りぬ。レティシャを同行させよ」

「……! レティシャ殿下を、でしょうか?」

「そうだ。あの者の瞳が役に立つだろう」


ブラムトは驚いたが、考えてみれば王の提案は理に適ったものだ。

王の言う通り、早急に目的の人物をみつけ出すためには、確かに彼女の力が有用だろう。


「わかりました。そのように取り計らいましょう」

「うむ。……それと、この件はまだ、闇の眷属(マルイート)には情報を流すな。今の時点ではまだ、時期尚早だ」

「……そうですな。そのほうがよろしいでしょう。彼らが主筋の若者の発見に興奮しだしたら、手が付けられなくなりましょう」


ブラムトは王に一礼し、配下の文官たちに指示するために動き出す。

慌ただしく行動を始める臣下の者たちを玉座の上から見るともなく眺めながら、精霊王国の主、ヘリオスは、ゆっくりと玉座に背を預ける。


「二〇〇年経って、途絶えたはずの血筋のすえがみつかる、か。そのようなことが起こるとはな……」


これは、あの件で精霊から怒りを買った者たちにとっては、希望となるであろうが。

しかしこれからしばらくの間、せわしなく、騒々しい毎日が続くことになりそうだ。


吉報ではある。

それは間違いないのだが、ため息をつきたくなる気持ちもある。

なぜよりにもよって自分の代でみつかったのか、父の頃であれば、そうでなくとも、後せめて五年後であったなら……


こんな面倒なことは避けられたのに――


国内の貴族から、謹厳で思慮深い君主と評されるヘリオス王は、実は臣下の目が届かないところでは少し愚痴っぽいところがあった。



          ◇◆◇◆◇◆◇



「姫様、お手をどうぞ」

「うむ……」


レティシャ王女は、差し出された騎士の手を借りて、六頭立ての豪華な馬車から降りた。

長時間狭い馬車の中で揺られていたせいで、身体が固まってしまっている。

誰も見ていなければ体をほぐすために、軽く運動でもしたいところだ。

だが周囲に騎士たちがいる状況ではそれは無理だ。

ここでレティシャが首を捻ってコキコキと音を立てたりしたら、近衛騎士たちの口があんぐりと開いてしまうだろう。

守るべき王家のイメージというものがある。姫らしく振舞うのも、楽ではないのだ。


レティシャは、静かに息を吸いこんだ。濃密な土の匂いがする。

町の中央にある広場に、馬車は停められていた。


広場は野草が容赦なく茂り、鳥や虫の鳴き声が響いている。

自然の侵略に屈してしまえば、広場はただの草原へと変わってしまうだろう。そしてそれも、もう遠くないことのように思われた。

鮮やかな黄色の蝶が、馬車を曳く栗毛の馬の、首の上に止まってしばし羽を休めている。


「……なにもない田舎ではあるが、まぁこの町の景観も悪くはないの」


その言葉に嘘はなかったが、正直に言えば、もうそんな田舎の景色は見飽きていた。

たまにならばひなびた景色もおもむきがあるが、レティシャはもう、一ヶ月近くもこんな景色を眺めているのだ。

いい加減うんざりしてくるというものだ。


本心を言えば、とっととあの、喧騒と活気に満ちた王都に戻りたい気分だった。

王から与えられた任務がある以上、もちろんそんなわけにはいかないのだが。


王位継承権を持つ第四王女であるレティシャが、王に任務を命じられたのが今から一ヶ月前。

普通ならばレティシャのような王族が王都を離れるとなれば、準備にかかる時間も労力も膨大になる。

それこそ準備に何ヶ月も費やしたとしても不思議ではない。

だが今回、命令を受けてからたったの四日でレティシャは出発した。それだけ緊急性の高い案件だったのだ。


付き従う侍女も一人だけ、護衛の騎士や従士などの随員も、たったの十四人だ。

あり得ないほどの少数による、強行軍だった。

まず早駆けの伝令を先行させ、街道近くの宿泊場所を押さえさせた。あとはひたすら可能な限り最速で馬を走らせるだけだ。

王都から王国の東の端にあるサディロ領に着くまでに、整備された街道を使って半月。ネルガーまではさらに五日。


それからは小さな町を巡りながら、目的の少年を探し歩いた。

だがこれまでのところ、成果は上がっていなかった。


フェトニアからもたらされた予言は、曖昧なものだった。

ネルガーの地ということと、十五、六歳の少年ということしかわからない。

だからこそ、レティシャが派遣されたのだが、今のところは空振り続きだった。


「そ、その、このような場所で、王女殿下のご尊顔を拝しますとは、まことに……」

「よい。畏まった挨拶は不要である」


このテミッタの街の代表者である下層貴族が、平身低頭でレティシャの前に現れた。

黒々とした立派な口髭と、禿げあがった頭髪がアンバランスな男だった。


下層貴族の男は突然やって来た場違いなほど高貴な少女に、完全に委縮してしまっていた。

なんとかひねり出した、慣れない挨拶の口上を、レティシャは軽く手を振って止めた。


「それより、伝令から話は聞いていると思うが、準備はできておるのだろうな?」

「い、一応言われた通りに、窓を塞いだ部屋は用意しましたが……」

「よし。ならばそこに案内するがよい」

「は、はいっ」


下層貴族がレティシャを案内したのは、町の集会所だった。

ここは町民を集めてなにか周知する必要があるときなどに使う建物だ。他にも災害などの避難所としても利用される。

このような小さな町のこと。そこより他に、レティシャの要求に相応しい場所もなかったのだろう。


中はさほど広いわけでもなかったが、それでも五、六〇人ほどは入れそうだ。

窓は板戸が閉められていて、隙間には布が詰められ、光が入らないように工夫されている。


これで入り口の扉を閉めれば、暗闇を作ることができるだろう。

建物の中を検分して、一応は満足したらしく頷いたレティシャが、下層貴族の男に問いかける。


「場所はここで構わない。それで、人の集まり具合はどうなっておる?」

「は、はい。近辺に住む、十五、六歳の男子でありましたな。既に集合させています。ご命令があればすぐにでもここに連れて参りますが」

「ならば、さっさと始めよう。全員ここに呼び集めるがよい」

「ははっ! 畏まりました!」


レティシャの命令を実行するために、下層貴族の男は建物の外に駆け出して行った。


「ここで目的の者がみつかればそれが最善。ダメだとしても、なんとか日暮れまでにネルガー城に戻っておきたいのう」


レティシャは小声で、ひとちる。

そうすれば、今日は城でゆっくりと休み、明日はまた朝早くに他の町へと出発できる。

正直言って、レティシャはこんななにもないような田舎町で一夜を過ごしたくはなかった。


食事も寝台も、王族である彼女が満足できる水準のものなど、期待できない。

ネルガー城ですら、彼女にとってはせいぜい、ギリギリ我慢できないこともない、という程度だったのだ。


それに、快適さを抜きにしても、警備の面からもあまり望ましくない。

もしこのような無防備な町に滞在している間に、大規模な野盗の群れの襲撃でも受けたなら、最悪護衛の騎士がレティシャを守り切れないことすら考えられた。


感情的にも理性的にも、とっとと用事を済ませ、こんな田舎町からは去るに越したことはないのだった。


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