24. クルトが国王と話し合うこと②
(そんなことになるってのか? それじゃあ、無事にテミッタの町に帰れたとしても意味ないじゃないか!)
ヘリオス王から聞いた話は、クルトにとってはかなりショッキングな内容だった。
なにしろ、クルトの故郷の町が、このままでは一〇年も経たずに失われるというのだから。
(もちろん、それが事実なら、だけどさ……)
問題は、ヘリオス王の言ったことが、どこまで真実を述べているのかがわからないことだ。
前にエリーゼから聞いた話とも矛盾はしないから、完全な嘘ということはないのだろうけれども。
(いや、エリーゼと前もって口裏を合わせて嘘を吐いているという可能性もある、か?)
あのときのエリーゼの様子を考えれば、とても嘘だったとは思えないが、それは単なるクルトの心証であって、確実とは言えない。
全てではなくとも、エリーゼの話にも、嘘が含まれていたとしたら……
ただ、そこまで疑ってしまうともう、なにひとつ信じられるものなどなくなってしまう。
そもそもこの精霊宮は、クルトにとっては完全なアウェイである。
クルトが心の底から信用できる人間など、最初からいない。
例え根拠が自身の勘でしかなくとも、ある程度なにかを信じなくては始まらないのだ。
それに、この国の王が、「間違いなく、そうなる」と断言したのだ。その言葉は重い、はずだ。
(もちろんなにもかも事実そのままってわけじゃないだろうけどさ。どうせ、自分に都合の良いように、事実を脚色するくらいのことはしてるに決まっている)
しかし、もし一〇年以内には失われると王が言ってた期限が、実際は二〇年だったとしても、だ。
結局失われることが確かならば、さほどの違いはない。
「……もう一度訊きますが、このままでは本当にテミッタの町はダメになるんですか? 魔物か、それとも蛮族のせいで? 確実に?」
「確実だ。信じられないのならば、誰に訊いてもいいぞ。言っておくが、このままでは闇と、それに氷の二領地を維持できないというのは、この国の上層部では共通の認識なのだ」
「……それは、王様にも、どうにもできないのですか?」
クルトがそう言うと、レティシャが顔をしかめてなにか言いたそうにしたが、王はそれを視線だけで抑えて、答える。
「そうだ。私にもどうにもできん。せいぜい、少しでも終わりを先延ばしにするくらいだな。それももう、限界が近づいているわけだが……」
ヘリオス王は、ゆるゆると首を小さく横に振る。
そして一度、ティーカップを傾けて乾いた喉を湿らせた。
「……今思えば、無理に闇の領地を残そうとせずに、他の領地に組み込んでしまったほうが幾分はマシだったかもしれぬ」
「なぜそうしなかったのですか?」
「それをサヴァロ公爵たる其方が訊くのか? サヴァロ領などとっとと失くしてしまえば良かったと?」
「……」
王の前でさえなければ、クルトは肩を竦めて見せただろう。
クルトにしてみれば、自分に公爵としての自覚などを求められても困るのだ。
そんなものは、クルトの身体のどこにもないのだから。
「其方は、エリーゼから二〇〇年前になにがあったのか、聞いたのであろう? そう報告を受けているが?」
「それは、……はい、聞きました」
「ならばわかるはずだ。もちろん、これ以上精霊の怒りを買うような真似は、とてもできなかったのだ」
言いがかりから内乱、さらには虐殺にまで及んだことで精霊の加護を失った三領地。その轍を踏むわけにはいかなかったと、王は言う。
「それに、誓約の件もある」
「誓約、ですか?」
「そうだ。二〇〇年前の当時の王は、氷と風の暴発を黙認したことを悔いて、誓約を立てたのだ」
それは、『もし今後闇の眷属の生き残りから闇精霊との契約者が生まれたときには、サヴァロ領を返却し、公爵としてのあらゆる権利を認める』というものらしい。
その誓約は、代々精霊王国の王へと受け継がれた。
「そしてその誓約を、ようやく今日、私の代で果たせたのだ」
確かにその前にサヴァロ領を廃していれば、その誓約は果たされずに終わっていただろう。
だが結果としては、無理をして闇を支えたせいで他の領地、特に氷、風、地の三領地には負担がかかってしまった。
それが二〇〇年続いたことで、今はもう闇を支えることさえ難しくなってしまったのだ。
「このままでは、闇の領地を維持することは、とてもできぬ。見捨てたくはないが、見捨てざるを得ないのだ。其方は故郷が魔物や蛮族によって破壊され、失われる様が見たいのか? そうではあるまい?」
ヘリオス王は、謁見のときにも見せた怜悧な視線で、クルトを見下ろす。
石壁を流れる落ちる水が、室内に水音を響かせている。
「……もちろん、そんなの見たくありません。ですが――」
「見たくないと言うのなら、其方がそうならぬようにすれば良いではないか」
クルトの言葉に被せるようにして、ヘリオス王が言う。
クルトは顔をしかめた。
「……僕になにができると言うんですか?」
「違う。逆だ。これは、其方にしかできないことなのだ。闇精霊と契約を結んだ其方にしか、闇の領地であるサヴァロ領を救うことはできぬ」
重々しく王は断言するが、クルトにはどうにも納得できない。
確かにクルトには、イバンという頼もしい相棒がいる。だがそれと、領地経営ができるかどうかとはなんの関係もないではないか。
「領地がそんな状況なら尚更です。僕なんかを公爵にして、一体なにをさせようって言うんですか?」
むしろ闇の領地の滅亡が早まるだけだとしか、クルトには思えない。
クルトに領地経営なんかできるはずがないのだ。
もし素人であるクルトに領地の立て直しができるようならば、クルトでなくとも、他の誰でもできるに違いない。
「其方に領地経営など期待してはおらぬ。実務は、それに長けた文官に任せるが良かろう。むしろ其方は、優秀な文官の邪魔をせぬように注意すべきであろうよ」
「……つまり、僕はお飾りになれと?」
もちろん、できもしない領地経営をやれと言われるよりはマシだが、ただのお飾りとして公爵になるのも、クルトは御免だった。
だが、ヘリオス王は、首を横に振って、言う。
「為政者としては確かにお飾りだが、ちゃんと其方のやるべき仕事は別にあるぞ。其方にしかできないことがな」
「僕にしかできないこと、ですか?」
「そうだ。其方のすべきことは、大まかに言えば三つある。この三つを全て実行できたなら、闇の領地の危機は去り、其方の故郷も失われずに済むであろうよ」
このときクルトは、「この王様、なんだかペテン師じみたことを言い出したな……」と、とんでもなく不敬なことを頭の中で考えていた。
もちろんそんなことを口には出せないから、実際には「その三つとはなんですか?」と訊いたわけだが。
「うむ。一つ目は、闇の眷属をまとめ上げること。二つ目は、闇の精霊使いを増やすこと。そして三つ目が、氷、風、地の三領地との関係を修復すること、だ」
ヘリオス王は、指を一本ずつ折りながら、ひとつ、ふたつと数え上げる。
「もっとも重要なのは、もちろん一つ目だ。其方は既に公爵だが、それを実質的に意味あるものにするには、闇の眷属から認められねばならぬ。其方にはサヴァロ公爵として、なんとしても領地をひとつにまとめて欲しいものだ。難しいのは承知しているがな」
「……平民の僕が、貴族をまとめるんですか?」
「その通りだ」
「……」
クルトは思わず、呆れた目でヘリオス王を見る。
――そんなこと本気でできると思ってるのかな、この陛下は。
レティシャが、そんなクルトを叱責する。
「だから其方のその目つきは不敬罪ものだと言っておろうが」
「……すみません。その、つい」
「つい、ではないわ。バカ者!」
今が王の前でなければ、レティシャはクルトの頭でもポカンと叩いていたかもしれない。
そう思わせる、レティシャの剣幕だ。
「レティシャ」
「……失礼しました」
父王に名前を呼ばれてすぐに引き下がったレティシャだが、最後にクルトをひと睨みするのは忘れなかった。
「もちろん、王国としても協力できることはするつもりだが、こればかりはな。どうしても、其方自身の力で闇の領地をまとめなければならぬのだ。王とはいえ、領地内のことには口を出せぬのだからな」
随分無茶な注文をしてくれるものだと、クルトは思う。
ただの半人前の狩人を相手に、あまりに多くを望み過ぎではないか。
「そんなことを言われても、たった一人で僕が闇の領地に乗り込んでも、誰も相手になんてしてくれないのでは?」
「いや、さすがにそうはならぬ。其方は、自分が唯一の闇精霊使いだということをすぐ忘れるようだが、それはこの国では非常に重い意味を持つのだぞ」
例え元平民だろうが、なんだろうが、闇精霊と契約をしているという事実はそれだけで十分に重いものだ。クルトが無視をされることなどあり得ないと、王は言う。
「例え元平民の其方に反感を持つ者がいたとしても、表面的には敬意を払われるであろう。そこは心配要らぬ。注意すべきは、其方の無知につけこんで、傀儡として操ろうとする者たちだ」
表立っては逆らわず、媚びへつらいながら、実権は自分たちが握ろうとする輩。必ず現れるこういった者たちこそが、真に警戒すべき者どもだと、苦い顔でクルトに告げた。
ヘリオス王の後に、レティシャも言葉を続ける。
「それに、其方を一人で闇の領地に行かせたりもせぬ。アンジェリカたち三人は、其方の腹心として働かせるつもりでつけてあるのだぞ」
「では、アンジェリカ様たちは、闇の領地に行くときにも、僕に付いてきてくれるってことですか?」
「其方が望めば、もちろんそうなる。其方は孤立無援ではないのだ。特に氷、風、地の三領地は、其方自身よりもずっと、其方の成功を願っているはずだ」
そのレティシャの言葉に、ヘリオス王もその通りだと首肯する。
「これから其方は、貴族に相応しい知識や教養を身につけねばならぬ。闇の眷属どもに、侮られぬためにもな。氷、風、地の三領地は、其方への教育にも、是非協力したいと言っておる」
謁見の前に行った、作法の練習を思い出して、クルトは怯む。
「貴族に相応しい知識に教養、ですか? 謁見の前に覚えた礼儀作法の拡大版みたいなものでしょうか?」
「それだけではないぞ。算術に文字の読み書き、王国の歴史に地理、周辺国の情勢……まだまだいくらでもあるぞ」
ニッコリと嗜虐的に笑いながら、レティシャがクルトに指摘する。
「いや、それだけ聞いても物凄く大変そうなんですけど……」
貴族教育だけでも十分すぎるほどに難題なのに、それは単なるやるべき仕事の前提でしかないのだ。
クルトがやらなければならないのは、公爵として闇の領地をひとつにまとめることだ。
「当然だ。ひとつの領地をまとめることが、簡単なはずがあるまい」
「……それを、僕にやれと言うんですね?」
クルトが訊くと、ヘリオス王は迷うことなく、あっさりと首肯した。当然のことのように。
「そうだ。やれ。其方は故郷を守りたいのであろう?」




