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精霊王国物語  作者: 三山とんぼ
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22. クルトが国王に謁見すること

それからひと月近くの時が流れた。

――そして、遂にクルトがヘリオス王に謁見する日がやって来る。


それは様々な意味で注目される出来事であった。

カデール家から持ち込まれた予言という名のとびきりの爆弾。

そしてレティシャ王女が自らおもむいて迎えたという、平民の少年。

王国貴族たちの間を、噂がたっぷり尾ひれをつけて泳ぎ回っていた。


「まさか」みながそう思い、次いで「どうやら事実らしい」との声が聞こえて来た。

噂の中に希望を見出してソワソワと落ち着かない大貴族がいたかと思えば、デマだと決めつけて「誰の陰謀か!?」と怒りを見せる諸侯もいた。


精霊宮からは、謁見は完全に陽が落ちた夜に行われると発表されていた。

このこと自体、異例のことであった。

夜会ならともかく、公式行事である国王の謁見が、陽が落ちてから行われたことなど、聞いたこともなかった。


首を捻りながらも、国王の判断に文句を言うわけにはいかない。

招待された貴族たちは、次々と精霊宮の門を潜る。


貴族たちの所属する領地は、着ている衣装の色を見ればわかる。

例えば赤い衣装の貴族は、火の領地であるドッドナ領の貴族であり、青の衣装ならば水の領地であるラストニア領の貴族である。

もっとも数が多いのがその青の衣装の貴族たちだ。

これは、現在の国王であるヘリオス王がラストニア出身であることを考えれば、特に不思議なことではない。


既に、謁見の間には多くの大貴族や上層貴族が集まっていた。

見る者が見れば、玉座に近いほうから位の高い貴族が並んでいるのがわかる。

彼らは今か今かと、今日の主役である闇精霊使いの登場を待っているのだ。


そして今、クルトがいるのはその謁見の間の控室であり、今日のために用意された衣装を着崩さないように注意しながら、椅子に腰掛けていた。

出番が来れば、人が来て教えてくれることになっている。

それまでの間、クルトはここでプレッシャーに耐えながら、ただ待つ以外にできることはないのである。


「その衣装、クルト様によくお似合いですよ」


そう声をかけてきたのは、エリーゼだ。

彼女が着ているドレスも、いつもよりも装飾の多い、優美なものだ。


エリーゼは三人の世話係の内、もっともクルトの衣装の作成に関わっている。

採寸を指揮したのも彼女だったし、仕立て職人が提出してきたデザインに注文をつけて修正したのも彼女だ。

先ほどは着方のわからないクルトのために、衣装の着付けを行ったのも、エリーゼとアンジェリカの二人だった。


「そうかな? 僕はちょっと派手過ぎる気がするんだけど」


クルトは、緊張で引き攣った笑みを浮かべる。

正直に言えば、衣装の出来についてのクルト自身の見方は、かなり懐疑的だった。


大至急と尻を叩かれた職人が、不眠不休で国王の前に出ても恥ずかしくない礼服を仕上げたということではあったが。

それは黒を基調とした壮麗な衣装で、――クルトの正直な感想を言えば――やたらと派手で仰々しくて、自分には似合っていなかった。

服に着られているというのか、クルト本人よりも服の存在感が優ってしまっているのだ。


それに、あまりこれを着たまま動くことは考えていないのか、酷く窮屈だ。それなのに、腰には儀礼用の細剣をかなければならないのが、意味不明だった。

こんな服を着ながら剣など振れるわけないじゃないかと、クルトは不満に思うのだ。

もちろん、その細剣も儀礼用の物であり、元々武器として振るうための物ではないので、クルトの不満は筋違いなのだが。


「礼服ですし、今日の主役はクルト様なのですから、ある程度目立つ衣装でなければならないのですわ」


背中が大きく開いた美麗なドレスを着たアンジェリカが、晴れやかな笑顔で言う。

アンジェリカは、クルトがなんとか今日までに、――最低限ではあるが――必要な礼儀作法を身に着けたことでようやく、肩の荷が下りた様子だった。


「そうですか……」


別にクルトは、アンジェリカの意見に反論する気などない。

アンジェリカがそう言うのだから、その通りなのだろう。

だが、ここまで派手にしておいて、『ある程度目立つ』程度なのかと、貴族との常識の違いに愕然としてしまう。


「しかし、よく間に合いましたね。クルト様にまったくやる気が見られなかった時期には、とても今日までに作法を覚えるなどできそうもないと思いましたけれど」


イゾラは悪意のない口調で言う。

最近はよくこうしてクルトを揶揄からかうようなことを言うのだが、本人にまったく邪気じゃきがないので、クルトとしても苦笑するしかない。


「まぁなんとか、ですね。まだ色々と不安はありますけど」


実際、少しでもなにか予定と違うアクシデントでもあれば、途端にクルトは対応できなくなるだろう。

なにひとつ、ハプニングなど起こらずに謁見が無事終わることを祈るのみだ。


「やはり、ご褒美が効いたのでしょうか?」

「……!」


なぜ今それを言うのかと、クルトの首がギギギと音がしそうな動き方で回り、イゾラのほうに顔を向ける。

イゾラは含み笑いをしながら、その視線を避けるようについっと顔を逸らした。


「ご褒美とはなんのことですか?」


エリーゼがキョトンとした顔で尋ねるが、その質問に答えるものは誰もいない。

イゾラは相変わらず含み笑いでそっぽを向いているし、クルトもなにやら難しい顔で、聞こえない振りをしている。

突然、アンジェリカがパンッと一度手を叩いた。


「さ、そろそろクルト様の出番が近いですわ。最後の確認をしておきましょう!」


と、アンジェリカが普段より五割増しの音量の声でクルトに呼びかける。

よく見れば、そのアンジェリカの頬は紅潮している。


「そ、そうですね。確認は必要です」


慌ててクルトが立ち上がり、これからやるべきことの復習を始める。

とてもさり気ないとは言えない誤魔化し方ではあったが、エリーゼも取りあえずこの場では追及しないことにしたらしい。

本番のために確認が必要なことも、事実ではあったからだ。


「……後で、聞かせて貰いますからね」


エリーゼは、アンジェリカの背中に向かってそう呼びかけると、アンジェリカの背中はピクリと震えた。



          ◇◆◇◆◇◆◇



クルトは広間中央の通路を、集まった貴族たちの視線を浴びながら真っ直ぐ前へと進む。

歩き方は教わっていたが、まだとても身体に馴染んだとは言えない。

不格好に見えるのはわかっているが、それでもできるだけ堂々と歩くように努力した。

具体的には背筋を伸ばし、顔を上げて真っ直ぐ前に視線を向けた。

アンジェリカとイゾラから、最低限それだけは守るように言われたからだ。


立ち並ぶ貴族たちの中でも一番前のあたりに、アンジェリカにイゾラ、それにエリーゼの三人もいて、クルトを励ますように笑顔で見守っていた。


壮麗なまでに飾り立てられた謁見の間は、隅々まで装飾で溢れている。床は大理石を組み合わせて幾何学文様が描かれているし、壁にも壁画が描かれている。

その壁の前には、銀の鎧を装備した凛々しい近衛騎士たちが、一列に並んで立っている。

窓には透明度の高い、均一な厚さに揃えられた窓ガラスが嵌まっている。

白大理石の柱には、絡みつく竜の彫刻が施されていた。


通路の正面、一段高いところに据えられた玉座に座る王は、クルトの見たところでは五〇台半ばから後半ほど。

さすがに国王なだけあって、悠然としているが、存在感という意味ではさほどでもない。

堂々とした偉丈夫という感じではない。学者や聖職者などと、イメージが重なるところがある。

武よりも文を重んじる、文官タイプの君主に見える。


ただし、玉座からクルトを見下ろす眼差しは怜悧れいりで、色々と付け焼刃なクルトは、なにもかもを見透かされているような気がした。


やがて玉座の前に着くと、そこでクルトはひざまずく。


「顔を上げよ」


重々しい声で命じられて、クルトは顔を上げる。

このあたりの遣り取りも、あらかじめ教わっていた通りだ。


「ふむ……確かに少しばかり、闇の眷属(マルイート)の血筋がうかがえるか……」


少しばかり目を細めて、ヘリオス王は跪くクルトを見下ろす。


「其方の名は、なんという?」

「はっ、クルトと申します、陛下」

「うむ」


これも実は、最初から決まっていた段取りだ。

直答じきとうするためのたった一言を、はっきり発音するためだけに、何百回となくクルトは練習したものだ。


そしてチラリと横に視線を向ける。

そこに立っていたのは、孤児院までクルトを迎えに来たレティシャ王女だ。


「ええ、間違いありません、国王陛下。彼こそが遥か昔に絶えたはずの一族の生き残り。二〇〇年ぶりに現れた、闇の精霊の契約者です」


オオオォォォォ…………


貴族たちの中から、小さなざわめきが折り重なった喧噪けんそうが巻き起こる。

それを浴びたクルトの背がピクリと小さく跳ねる。


(な、なんだ? どうしてそんなに騒ぐんだ?)


異様な空気に、冷や汗が流れる。

ここまで来てもなお、クルトにはこの後に待っている自分の運命を知らないのだ。

悪いことにはならないと、繰り返しアンジェリカたちには言われてはいるが、それでもやはり不安を完全に拭い去ることはできない。


そんな中、ヘリオス王が立ち上がる。


「では、闇精霊の契約者、クルトよ。その証を示すがいい!」

「はっ!」


クルトはその場で立ち上がり、腕を大きく横に振る。

すると、クルトの影が膨らみ、床から持ち上がる。


「おおっ!」

「なんと……」

「あれが闇の精霊なのか」


影はうごめき、一瞬静止した後、爆発的に膨張した。

影は謁見の間の全ての明かりを飲み込んだ。

暗闇に支配された謁見の間に、黒い光が生まれる。

矛盾する表現だが、他に言いようがないのだ。


まったく光のない謁見の間の、中空の一点に黒い球体が見えるのだ。自分の手すら見えない暗闇の中、なぜかそれだけが、誰の目にも映っている。

その球体はしばし空中にたたずみ、やがて下にゆっくりと落ちる。その下にいたのは、クルトだった。

黒い光を放つ球体がクルトの手の中に収まると、謁見の間に光が戻った。


「おおおおおおっ」

「素晴らしい!」

「再び闇の精霊がこの国にもたらされるとは!」

「これでようやく精霊王国が、在りし日のまったき姿に!」


興奮した貴族たちの拍手と歓声が響き渡る。

なんとか無事デモンストレーションを終えたクルトは、また跪いた姿勢に戻る。


謁見が夜に実施されることになったのは、実はこのデモンストレーションの為だった。

イバンはまだ、明かりを影に飲み込むことはできても、全ての窓を塞ぐことは無理だったからだ。

せっかく明かりを消しても、窓から陽の光が入って来ては興覚めというものだ。

やはりどうせなら、真の闇を見せたほうが盛り上がる。そういう判断だ。


ヘリオス王がゆっくり手を挙げると、喧騒は波が引くようにおさまった。


「闇精霊の契約者、クルトよ。其方そなたは証を示した。ならば、我も二〇〇年前の誓約を果たさねばならん。其方の正統な権利を認め、領地と財産、それに爵位を返却しよう」


(爵位を返却?)


クルトはジッと動かずにいたが、内心では首を傾げていた。


――そんな話は聞いていないんだけど……?


クルトが聞いていた段取りはここまでだ。

あとはただ、なにを言われても同じように返事をすればいいとだけ言われている。


「クルトよ、立つがいい」

「はっ!」


再び立ち上がったクルトに、王は告げる。


「其方を、サヴァロ領の主と認める。今後は、サヴァロ公爵を名乗るがいい」

「はっ!?」


なにを言われても「はっ!」とだけ答えろと言われていたクルトだったが、あまりに意味不明なことを言われて、つい返事に疑問符がついてしまった。

だがそんなクルトの失敗を、国王たるヘリオスは無視する。


「以後其方は、東方を治める諸侯として、闇の眷属を取りまとめるのだ。良いな?」

「……はっ」


わけがわからないうちに、よくわからない約束までさせられてしまった。


――おい、おっさん……いくら王様だからっていい加減にしろよ?


クルトの内心の声は、王には届かない。


今宵こよいは二〇〇年ぶりに全ての精霊が国に集うめでたき日となった! これは、全ての精霊王国の民に与えられた、精霊からの祝福である!」

「おおおおおおっ」

「精霊の恩寵おんちょうがあまねく降りそそがんことを!」


貴族たちの歓呼の声と共に、クルトの謁見は終了した。


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