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精霊王国物語  作者: 三山とんぼ
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19. 精霊宮の二日目が始まること

精霊宮でのクルトの二日目の朝は、朝日とともに始まる。


昨日、クルトは初めて王都に到着し、そのまま精霊宮まで連れて来られた。

着いた後も、ゆっくりしている暇はない。

世話役だという、アンジェリカたち三人の令嬢を紹介され、夜中になっても、世話役の一人であるエリーゼから、クルトがここに連れて来られた裏事情を色々と聞かされたのだ。


ようやくクルトがベッドに倒れ込んだときには、へとへとに疲れ切っていた。そのはずなのに、やはり緊張していたのだろう、眠りは浅かった。

何度か目を覚ましては、またうたた寝をする。そんなことを繰り返すうちに、いつの間にか朝日が昇っていたのである。


小鳥の高い鳴き声が窓の外から聞こえてきて、クルトはカーテンを開けた。

それに驚いた小鳥が、飛び立って行く。


クルトに宛がわれた部屋の窓から見えるのは中庭だ。

昨日クルトは、案内されるままについて来ただけで、今居る部屋が王宮のどのあたりに位置するのかはわからない。

しかしもしかしたら、王宮の中でも結構奥のほうになるのかもしれない。なんとなくそんな気がした。


窓から外を眺めても、視界の中に占める空の割合は小さい。残念ながら、中天近くまで昇らなければ、太陽は見えそうもなかった。

日光が遮られるせいで少し暗いのは仕方ないが、それでも朝の清浄な空気を吸いこんで、クルトは少しだけ気分が明るくなった。


今日これから自分がなにをすることになるかも、クルトは知らない。

そのあたりのことは、きっと世話係の三人が教えてくれるのだろう。

つまり、アンジェリカたちが部屋に来るまでは、クルトにできることはなにもないということだ。


クルトはバルコニーに続く扉を開けて、外に出る。

この扉があるのは窓の隣で、バルコニーは中庭に向かって突き出している。

バルコニーに置かれている椅子に座って、中庭を見下ろした。

中庭の一角には井戸が掘られていて、王宮侍女たちがそこから水を汲んでいる。


長方形の中庭の中央にはやはり長方形の池があり、その池の周囲にはぐるりと白い石が並べてある。

石は丁度腰を下ろすのに良さそうな高さで、そこで涼みながら休憩できるようになっているのだろう。


この王都から馬車で一ヶ月もかかる田舎町で暮らしていたクルトにとっては、全てが見慣れない景色だ。

まるで別世界の光景だとまで言ってしまうと、さすがに少し大袈裟かもしれないが。

しかしそう言いたくなるほど、故郷の町とはまったく違う景色だ。どこもかしこも人工物だらけで、自然のものが少ない。


クルトは肩をゆっくりと回した。

この景色を見ているだけで、肩が凝ったような気がしたのだ。


椅子の背もたれに寄りかかり、瞼を閉じると、自然と昨夜のことを思い出される。

真っ先に思い出すのは、至近距離で見た、エリーゼの整った顔だ。


あのまま押し倒しても、エリーゼは抵抗しなかった気がする。

あんな綺麗な女の子を、好きにできてしまう機会など、もう二度と来ないかもしれない。


(……なんか、すごい惜しいことをした気が、してきたな……)


格好良いとか悪いとかなど気にせずに、欲望に従うのが正解だったかもしれない。


平民の男が嫁を貰えるようになるのには、時間がかかるのだ。

妻を養うには、金が要る。そして金は、仕事ができなくては手に入らないからだ。

仕事を少しずつ覚え、一人前と認められるようになって初めて、結婚ができる。そういうものである。

三十代まで結婚できないことなど、まったく珍しくない。二十代で結婚できる男のほうが、よほど少ないくらいだ。


それまでの間にどうしても性欲を発散したくなれば、娼館にでも行くしかない。

それが平民男性の常識というものだった。


(せめてキスぐらいなら、しても大丈夫だったんじゃ……)


未練がましく、そんなことを考えてしまう。

キスだけして、そこで止まれるとは、クルト自身もまったく信じられないのだけれど。


やがて、クルトが見下ろしている中庭に、数人の騎士と思しき、剣を手にした戦士たちが現われる。

騎士たちはそれぞれがばらばらに、鍛錬を始める。

延々と素振りを繰り返す者もいれば、同僚と模擬戦を始める者もいる。


その騎士たちの中に一人、女性が混じっていることにクルトは気付いた。


(あれってイゾラ様じゃないか?)


肩の下までの長さの金髪に緑の瞳。確かにその騎士は、クルトの世話役だと紹介された貴族令嬢の、イゾラだった。

イゾラは槍を握っていて、それを振るって訓練していた。


相手は同じ騎士のようで、得物もイゾラと同じ、槍だ。


イゾラと相手の騎士は、槍で突き合い、ときに互いの槍を打ち合わせて戦っている。

クルトの目にはどちらが有利というわけでもなく、互角の戦いに見えた。だがしばらくすると、均衡は崩れた。イゾラの攻撃を、相手の騎士は受ける一方になる。


そして最後は、イゾラの突きを相手が受け切れずに身体に受けて、うずくまる。

少しするとなんとか立ち上がるが、これ以上訓練は続けられずに、槍を受けた脇腹を押えて、イゾラと二言、三言話してから中庭を去って行った。


「へえ、イゾラ様って強いんだ……」


クルトにはイゾラの強さがどの程度か、まではわからない。

でも、騎士として相応しいだけの力は少なくとも持っているように、クルトには思われた。


「あ、クルト様。ここにおられましたか。お疲れかと思いましたが、もう起きられていたのですね」


そう言いながら、アンジェリカがバルコニーへと出てくる。

アンジェリカに気付くと、慌ててクルトは、立ち上がってアンジェリカを迎えた。


「おはようございます、アンジェリカ様」

「おはようございます。朝食はどうしますか? 今すぐ召し上がりますか? それとも、もう半刻ほど後のほうがよろしいでしょうか?」

「えっと、……差し支えなければ、もう少し後でお願いします」

「わかりました。もちろん問題ありませんわ」


アンジェリカは、しずしずとバルコニーを歩き、クルトの側まで歩み寄る。


「ああ、イゾラ様の訓練を見ていたのですね?」


アンジェリカは、さっきまでクルトが中庭を見下ろしていたのに気付いていたようだ。中庭で訓練する騎士の中に、イゾラをみつけて納得した様子で頷く。


「イゾラ様もクルト様の世話係になった以上、訓練などより朝の挨拶に来るべきだと思うのですが、何分、訓練は一日休むとその分だけ覿面てきめんに身体の動きが鈍るとのことですので……」


ご容赦いただきたいと、アンジェリカは軽く頭を下げた。


「ええ。もちろん僕は構いません」


むしろ、僕に構わずに放っておいてくれたほうが助かる。

そんな心の声は、さすがに外には出さずに胸の内に収める。


アンジェリカに、どうぞ椅子にお座りくださいと言われて、「それでは失礼します」と、クルトは椅子に腰を下ろした。


「イゾラ様は騎士の中でも強いほうなのですか?」


尋ねたクルトに、アンジェリカは「槍の腕は相当なものだそうですわ」と首肯する。


「強さというのは状況によって変わるものですが、少なくとも槍を持たせれば、女騎士の中では一、二を争うほどだとか」

「それはすごいですね」


さすがにそれほどだとは思わなかったクルトは驚く。

ということは、ルチアと少なくとも互角か、それ以上だということだ。

ルチアだって、あのときレティシャの護衛についていた騎士たちの中で、特に戦闘力が劣っていた印象はない。

そのルチア以上ならば、もはや性別云々は問題にならない実力者だといえる。


「はい。イゾラ様は幼少の頃より社交や女子教育よりも、もっぱら武技を鍛え、馬を駆ることをお好みだったとお聞きします」


要するに、生粋のお転婆娘だと、そういうことなのだろう。

そんなイゾラとはまったくタイプの異なる、いかにも貴族の子女といった雰囲気をまとうアンジェリカは、優雅にクルトの対面の椅子に腰を落ち着かせる。

そして、少しばかり改まった口調で、クルトに「それで今日の予定についてですが……」と話し出す。


「まず、すぐにでも、謁見のための準備を始めなければなりません」


そのために必要なことは、様々にあるのだそうだ。


「最初にやるべきことは、衣装を用意することでしょうか。何分なにぶん、時間がかかりますので」


採寸などの作業を、今日中には終わらせたいと、アンジェリカは言う。


「……わかりました」


国王に謁見すること自体は、もう仕方ないと諦めているクルトだったが、積極的にそのために行動する気にはあまりなれない。

せいぜい、やれと言われたことには、渋々でも従います、という程度のスタンスだ。


そのとき、もう一度バルコニーの扉が開き、エリーゼが姿を見せる。

クルトの姿を見て、ニッコリと笑みを浮かべる。


「おはようございます、クルト様」

「……えっと、おはようござぃ…………」


昨日の件があるので、クルトはなんとなくゴニョゴニョと、語尾の音量を下げて誤魔化してしまう。

そんなクルトにエリーゼが、「クルト様、よろしければ中に入りませんか?」と声をかける。


エリーゼが部屋のテーブルに、お茶の用意を整えたと言うので、三人は場所を移すことにした。



          ◇◆◇◆◇◆◇



テーブルの上には確かに、エリーゼの言うようにお茶の支度が整っている。

クルトとアンジェリカはテーブルを挟んで向かい合って座る。

だがエリーゼは、昨日とは違い、当然のような顔でクルトの隣に腰掛けた。


その瞬間、場の空気がピシリとひび割れる。


アンジェリカの視線が、クルトとエリーゼの間を何度か往復する。


「あの、エリーゼ様、それはその、どういう……?」

「問題ありません。お気になさらないでください、アンジェリカ様」

「昨日私は確かに、礼儀作法は忘れましょうと言いましたが、でも、その、さすがに……」


言いづらそうにしながらも、アンジェリカがエリーゼに注意しようとする。

そんなアンジェリカを余所よそに、エリーゼは澄ました顔でカップを傾け、それからクルトに意味ありげな視線を送る。


「構いませんよね、クルト様。昨夜も長い間このようにしてお話していましたもの」

「……んぐっ」


クルトはお茶を噴き出すのをなんとか耐えた。

ここでいきなりそれを持ち出すかと、クルトはこめかみを引き攣らせる。


「エ、エリーゼ様、それは……」

「あら、お間違えですよ、クルト様。昨日お約束したではありませんか、私のことはエリーゼと呼び捨ててくださいませ」


確かにそれは事実だ。

昨夜、エリーゼはクルトに、「今後、私のことはエリーゼ、とだけ読んでください。そして、敬語も一切不要です」と言ったのだ。

最初は断ったクルトも、エリーゼの強引さに負けて、「……わかりました」と、不本意ながら受け入れてしまったのである。


「そ、それはどういう……」


アンジェリカが驚いて目を見張る。


そこに、ドアが乱暴に開かれた。

入って来たのは、さっきまで中庭で槍の訓練をしていたはずのイゾラだった。

いつの間にか訓練は終わっていたらしく、既にドレスに着替えている。


イゾラは、淑女として許されるギリギリの速足で三人の元へと歩み寄り、そして笑顔でさらなる爆弾を落とした。


「さっきそこで噂を聞いたのですけど、昨夜遅くに、クルト様に呼ばれてエリーゼ様がこの部屋に入ったというのは本当ですか? しかも、かなり長時間二人きりだったそうですが?」


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