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精霊王国物語  作者: 三山とんぼ
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18. エリーゼが忠誠を押し売りすること

クルトに仕えるために来たのだと、エリーゼはクルトに明かした。

だからこそ、自分はあらゆるものに優先して、クルトの要望に従うつもりなのだと。

どうやらそうすることこそが、与えられた自分の役目だと、エリーゼは考えているようだ。


(エリーゼ様って、別にアホの子じゃなかったんだ……)


エリーゼが国王の命令よりもクルトが優先だと当然のように言うから、てっきりクルトはエリーゼを残念な子だと、思い込んでいた。

しかし話を聞くと、氷の眷属の領地を大事に思っている、真面目な子だということがわかった。

それでもやはり、少し暴走気味なところはあるのかもしれないが。


平民のクルトに対してやたらと丁重な態度なのも、今ならば理解できる。

元々、エリーゼはクルトを、平民として見ていないのだ。

公爵という、最上級の貴族の子孫としてクルトを見ている。


そこはきっと、アンジェリカやイゾラも同じだろう。

その二人とエリーゼの違いは、言ってみれば必死さの違いだ。一番困窮している氷の眷属だから、三人の中でもエリーゼが一番必死なのだ。

だからこそ、こうして夜中に押しかけるような真似まで、エリーゼはしたのである。


ただ、クルトにしてみれば、情報提供には感謝しても、そんなに期待されても困るというのが正直なところだ。

クルトにはそんな国全体に関わる問題をどうにかできるような能力などないし、どうにかしようとする意思もない。


クルトの望みは、なんだか怖いから関わりたくない貴族だの王族だのから離れて、故郷のテミッタの町に帰ることだ。

そして元の通りに、獣を狩って暮らしたい。

だが、それをエリーゼに言ったところで意味はないだろう。


「そうですか。わかりました。ならば今すぐお帰りください。私もお手伝いいたします」


……なんてことには、なるはずがない。

むしろ、引き留められるだけだろう。妙に、エリーゼはクルトに期待しているようだから。

あまり買い被られても、クルトとしては困るのである。


「僕に仕えるって言われても……それって、僕がこの王宮にいる間の世話係としてってことですよね?」


そうあって欲しいというクルトの期待は、エリーゼが首を横に振ったことで裏切られた。


「いいえ!……いいえ、違います。これからずっとです。クルト様、是非私の忠誠を受け取っていただきたいのです」

「ちゅ、忠誠!? いやいや。忠誠って! あの、忘れていますよね? 僕はただの平民ですってば!」


だから部下なんか要らないし、忠誠も間に合っていると、クルトは悲鳴に似た声を出す。


「今はそうでも、それはいずれ変わります。クルト様は必ず、たくさんの部下を必要とする立場になられます」

「怖いことを断言しないでください!」


今度こそ、クルトは本気で悲鳴を上げた。


「大体、僕の部下になったって良いことなんかなにもないですよ……」


二〇〇年前に陥れられた闇の眷属とクルトは、違う人間だ。

多分、エリーゼは精霊の怒りをどうにかしたいのだろう。それはわかる。

けれど、クルトに対して忠誠を尽くしたところで、それはただの自己満足だ。償いにはならない。


「そうかもしれません。でも、可能性に賭けたいのです」

「なんの可能性ですか?」

「精霊の怒りを解くことができる、その可能性です」


エリーゼは表情を引き締めて、きっぱりと言い切る。

クルトに忠誠を尽くせば、贖罪が成ったとして精霊が怒りを収めてくれる可能性があるのだと、エリーゼはクルトに説明する。


(ええ? そんなことあるかな?)


ありそうもない話だとクルトは思うのだが、エリーゼはどうやら、大真面目のようだった。


「可能性は僅かかもしれません。でも今のところ、他にはなにも希望がみつからないのです。もし賭けに負けても、決して恨んだりは致しません。ただ、機会を与えて欲しいだけなのです」

「機会、ですか……?」


そんなことを言われても、クルトにはなんの関係もないことだ。

そのクルトに一体、どんな機会を与えられると言うのだろう?


そもそも、クルトだけではなく、エリーゼにだって関係ないことではないか。

氷の眷属が罪を犯したのは間違いないとしても、二〇〇年も前の話だ。エリーゼが罪を償う筋合いなどどこにもない。


「エリーゼ様はなにもしていないのに、贖罪するなんておかしな話ではないですか。精霊ってのはそんなこともわからな……」


言いかけたクルトの口を、慌ててエリーゼが塞ぐ。手の平で。物理的に。


「んぐむっ……」


その先は口にするなと言うように、エリーゼは小さく首を振った。

それからクルトに抱き着くようにして、その耳元に唇を寄せた。

まるで、小声で話さなければ、精霊に聞かれてしまうと恐れているようだった。


「……滅多な事を言うべきではありません。ここは精霊王国。精霊を疑うような言葉は禁句タブーです」


エリーゼの囁く声が、クルトの耳をくすぐる。


「……もちろん、人の理屈で考えるならば、クルト様の仰る通りです。本当は私たち氷の眷属もみんな、そう思っています。私たち自身はなにもしていないのに、と。……でも、恐らくですが、精霊は血筋で判断しているのです」

「それは、どういう意味でしょう……?」


エリーゼに釣られて、クルトもまた、囁くような小声で尋ねる。


「そもそも、精霊は私たちのことを、個人よりも血筋で見ているふしがあります」

「血筋で、見ている……?」

「はい。つまり、精霊の目には、個人の罪ではなく、血筋の罪というように見えているのではないか、ということです」


当時の氷の眷属の誰かが、闇の眷属に対して罪を犯した。だからその者を見放し、加護を止めた、()()()()

氷の眷属の血筋が、闇の眷属の血筋に対して罪を犯した。だからその血筋を見放し、加護を止めた。


そう考えることもできると、エリーゼは主張する。

だから、それらの血筋の者たちが、闇の血筋の者につぐないをするまで、精霊の怒りは解けないと、そういうことではないかと、エリーゼは持論を述べる。


「いいえ。……本心を言えば、予想しているのではなく、願っているだけかもしれませんね。そうであって欲しいと」


それならばまだ、精霊に許される可能性があるからと、エリーゼは自嘲する。


「今までは闇の血筋の者は誰もいませんでした。闇の精霊が気に入った、サヴァロ公爵の血筋は絶えたと思われていましたから。ですから償う機会はなかったのです。でも、今はクルト様がいる。贖罪の機会が与えられたのです」


加害者が被害者に償いをするのならわかるが、加害者の子孫が、被害者の子孫に償いをするというのなら、それは随分とゆがんだ贖罪ではないか。

少なくとも、クルトはそう思う。


「……エリーゼ様はそれでいいのですか?」


もしその予測が正しかったとしても、やはり理不尽な話ではないかと、クルトは思う。

クルト自身がエリーゼの立場ならば、自分が犯したわけでもない罪を償うなど、絶対に御免被る。そう断言できる。

誰かにそれを強制されたなら、全力で抵抗するだろう。


だが、エリーゼはコクリと頷くのである。


「はい、構いません」

「精霊を理不尽だと恨んだりはしないのですか?」


エリーゼは、その質問にキッパリ「いいえ」と答える。


「精霊は悪くありません。精霊はなにも強制していませんから。もし理不尽だと思うなら、精霊の加護など欲しがらなければいいのです。でも、それはできません。どれほど精霊の加護が偉大で、多くの物をもたらしてくれるのかを知っているからです」


エリーゼは、眉尻を下げて微笑む。


「どうしても、精霊の加護が必要なのです。加護を取り戻すためならば、私はなんでもします。そう覚悟を決めているのです」

「そうですか……」


クルトには納得できないが、これ以上口を挟むこともできない。

エリーゼはそれが理不尽だと理解した上で、それでも受け入れると決めているのだ。これ以上なにが言えるだろう。


「……しかし、アンジェリカ様やイゾラ様もエリーゼ様と同じ考えなんでしょうか?」


少し時間を空けてから、クルトは別の方向から疑問をエリーゼにぶつけてみた。


「本人に直接確かめたわけではありませんが、似たような考えだとは思います。ただ、それぞれ切迫度というか、本気度に違いはあるでしょうが」

「……エリーゼ様が、中でも一番本気度は高いのですね?」

「はい、その自信はあります」


エリーゼは氷蒼色の瞳を細めて、胸を張る。

そんなところで自信満々になるのも、少しズレている気もするが。


「それで、クルト様。私の事情はご理解いただけたと思いますが、忠誠を受け取る気になって貰えましたか?」

「……まだ諦めてないんですね?」


ため息をつきたい気分でクルトがそう訊くと、エリーゼは目を丸くする。

クルトの膝の上に手をついて、ただでさえ近い距離をさらに詰めて、クルトの顔を覗き込む。


「諦めるなんて、あり得ません! なんとしてでも私は、クルト様の配下となって、お役に立ってみせます」


どうあろうとそうするつもりだと、エリーゼは当然のように言い切る。


「ですから、クルト様のほうこそ早く諦めて、私の忠誠を受け取ってしまったほうが良いと思います」


エリーゼの美しい顔に、至近距離から覗きこまれて、クルトは焦る。


実際、エリーゼは美しい少女だ。

クルトが今までに会った貴族の少女はみな、美しかった。

しかし、その中でもエリーゼは容姿という点では一番かもしれない。

まだ今のところは、成熟した美しさではないとしても。


クルトも健康な男の一人だし、十六歳の少年だ。

美しい少女に迫られれば、コロッと転がってしまいそうにもなる。


――男としては、美少女に惑わされて道を誤るのはむしろ本望じゃないだろうか?


そんな世迷言よまいごとが頭に浮かんでくる。


しかしこの場合、その結果を考えないわけにもいかなかった。

あまり呑気に鼻の下を伸ばしてばかりもいられないのである。


(ダメだダメだ! ここで誘惑に負けたら、絶対逃げられなくなる! 後で間違いなく後悔するぞ!)


どうにかこうにか、クルトはエリーゼの清潔な色香を振りきった。

半分以上は惑わされていたかもしれないが、ギリギリのところで引き返した。


(それに、そんな昔にご先祖様がやったことの償いのためってのもなぁ……)


なんとなく、引っかかるものがある。

そんなのものに縛られるのは、おかしいと思う。

そして、そう思うのに手は出すというのは、なんとなく格好悪い気がするのである。


クルトはエリーゼの両肩を押して、距離を取る。

少し不満そうなエリーゼを見て、クルトは内心苦笑する。


「えっと、僕は、テミッタの町に帰ってまた猟をして暮らしたいんですよ」


イバンと一緒に森に入り、鹿を追う暮らしは、決して楽なものではないが、クルトは気に入っていた。

森の中で新鮮な空気を吸いながら歩き、獲物をみつけて矢を放つ。

あの狩人としての生活に、戻れるものなら戻りたい。


そんなクルトの説明に、エリーゼは少しばかり複雑そうな表情をしてから、小さくため息をついた。


どうやら、取りあえずは引き下がることにしたようだ。


「では今日のところは、私の忠誠を受け取っていただくのは諦めます。ですが、あくまで今日のところは、ですよ?」


しつこいくらいに、エリーゼはクルトに念を押す。

クルトは、「わかりました、わかりましたから……」と必死にエリーゼをなだめた。


「でも、王の命令に背いてまで、クルト様のために裏事情をお話ししたのです。少しだけご褒美をいただけませんか?」

「ご、ご褒美? 僕はお金なんかほとんど持っていないですよ?」

「いいえ。お金なんか要りません。そうではなく……」


エリーゼは別段たいしたことではないが、心情的に受け入れにくい褒美をねだり、少しの抵抗の後、クルトはやむなくそれを受け入れた。


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