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精霊王国物語  作者: 三山とんぼ
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閑話01 アンジェリカが任務を与えられること

クルトが馬車に揺られながら王都を目指していたその頃、王都にあるガイエス公爵邸の執務室では、ガイエス公爵オトマール当人が、一人で書類の山と格闘していた。

自領にまつわる様々な雑務は、こうして王都の邸宅に滞在している間でも公爵たる彼を自由にしてはくれない。


もちろん彼は、領地に優秀な文官を幾人も抱えてはいるのだが、それでもトップが判断しなければならないことはどうしても起こる。

その都度、自領から送られてくる書類に目を通し、問題なければ署名し、送り返す。

気になる点があればこちらから質問状を送ることもあるし、場合によっては担当者を王都まで呼び付けることもある。


今も今年の税収について、納得のいかない齟齬そごをみつけたところだ。

というよりも、彼の主観的にはみつけてしまったと言ったほうが正確だ。


みつけてしまった以上、面倒でも最低限、確認はしなければならない……面倒ではあるが。


盛大にため息をつきつつ、ペンを机の上に放り出したところで、扉がノックされる。


「入れ」

「……失礼いたします」


丁寧に一礼して入室したのは、年若い少女だった。

明るい茶の髪と深い蒼の瞳を持っている、美しい少女だ。

そしてその容姿以上に印象的なのが、自信に溢れたその表情だろう。

ひとつの場所を見つめて決して揺れない眼差しが、強固な精神を表しているようだった。


――確か、今十五歳だったか……


目の前の少女のプロフィールを思い出しながら、公爵は声をかける。


「久し振りだな、アンジェリカよ。よく来た」

「はい、前にお会いしたのが姉が嫁いだ折でしたから、半年前になります。公爵様もお変わりなく」


一族でも抜きんでた才媛さいえん如才じょさいない返答に、オトマールは「うむ」と小さく頷いた。

今目の前にいるこの少女は、美しいだけではない。

彼女の価値は、顔の皮膚の外側よりもむしろ内側にこそあった。


彼女はセリーテ城主の次女に生まれたが、そのセリーテの領地は問題を抱えていた。

よくある水利と土地の境界に関するいざこざだったが、それを当時まだ十二歳だった彼女の知恵によって解決したらしい。

詳しくはオトマールも知らないが、そんな歳の少女とは思えないほど、鮮やかな手腕だったようだ。

それからというもの、セリーテ城主である彼女の父は、なにか悩みができると彼女に相談するようになったとか。


昨年に王都に来て社交界に顔を出すようになってからは、その機知と教養で随分話題になったものだ。

求婚者の数も、両手の指では足りない程いるはずだ。

そんな彼女に、オトマールはこれから重要な任務を与えねばならない。


「アンジェリカ、お前はここに呼ばれたわけはわかっていると思うが」

「はい。もちろん、理解しておりますわ。例の、闇の眷属(マルイート)についての噂の件ですね?」

「そうだ」


オトマールは重々しく頷いて、椅子から立ち上がる。

庭に面した大きな窓の前に立ち、外を眺める。

強烈な日差しの中、伸びすぎた庭木の枝葉を、庭師が鋏で落としていた。


「つい先日、精霊宮に報せが届いた。どうやら、レティシャ殿下が、サヴァロ公爵の血筋に連なる若者の確保に成功したらしい」

「……つまり、噂は事実であったと?」

「確定ではないがな。だがその可能性がぐっと高まったのだ。事実と考えて動くべきだろう」

「そうですわね」


窓の前で、オトマールは振り返る。

アンジェリカに鋭い視線を向けた。


「アンジェリカ、私はお前に、我ら地の眷属(ファーメア)を代表して行って貰おうと思っておる」

「そうなるだろうと思ってましたわ」

「やはり気乗りはしないか?」


当然肯定の返事が返ってくるものと思ったオトマールの問いかけだったが、予想に反してアンジェリカは、静かに首を横に振った。


「いいえ。そうでもありません」

「……そうなのか?」

「ええ。むしろ、私以外の者が選ばれたほうが不満に感じていたと思いますわ。だって公爵様は、一族の女子の中から、もっとも優秀で美しい者を選んだのでしょう?」


アンジェリカはそう言って嫣然えんぜんと微笑む。


「ふふふ。そう来たか。確かにそうだ。ここで出し惜しみなどできんからな。掛け値なく、もっとも優秀な者をと吟味した結果、お前が選ばれたのだ」

「光栄ですわ」


過酷な任務を任されようとしているのに、ここまで不敵に微笑んでいられるこの少女は、やはり傑物なのだろう。

そして、やはりあの件に相応しいのはこの目の前の少女以外にはいないと、オトマールは確信した。


「頼もしいぞ。今このときに、お前のような者が一族に生まれたことを、精霊に感謝したい気分だ」

「ええ、そうしてくださいな。必ず私は任務を遂行して見せますから。どんなことがあろうとも」


地の眷属二〇〇年の悲願。その成否が自分にかかっているのだ。

そう思うと、アンジェリカは腹の底から活力が湧いてくるのを感じた。


「ではアンジェリカ、改めてお前に命じる。闇の眷属の盟主たる少年の元へと赴き、彼の者に仕えよ」

「確かに、ご命令、承りましたわ」

「うむ。お前は今後、その名も知らぬ少年に忠誠を誓うのだ。決して裏切ることなく、衷心ちゅうしんを持って尽くせ。言うまでもないことだが、同朋たる我ら地の眷属よりも、その少年を優先するのだぞ」

「わかっております。……そしてそれこそが、結果的には我が地の眷属のためとなるのですから」


決意を込めて、アンジェリカは真っ直ぐ前を見つめる。


(待っていてくださいませ、ね。名も知らぬ、我が主様。サヴァロ公爵となられるお方。今アンジェリカがお側に参りますわ。私の全てを持ってお仕えするために)

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