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精霊王国物語  作者: 三山とんぼ
17/27

17. エリーゼが王国の裏事情を語ること②

長い話を終えて、エリーゼはほうっと息を吐き出し、ソファに背を預けた。


聞いていたクルトも少し疲労を感じたくらいだ。

喋り続けたエリーゼは、クルトなどよりもよほど疲れただろう。


クルトも、聞いたはいいが話をちゃんと自分の頭で噛み砕いて理解するには、もう少し時間がかかりそうだ。


(それにしても、闇の眷属が一度内乱で滅ぼされかけていたなんて……)


しかも領主である公爵家の人間は、一人残らず殺されたというのだから、徹底している。

例え元が蛮族と呼ばれる異民族だとしても、皆殺しにするほどの怒りを向けられるものなのだろうか?


クルトにとっては、想像の域を超えた話だ。

やっぱり貴族というのは怖いと、改めて思う。


やっと一息つけたらしいエリーゼに、「ここまでの話でなにか気になったことはありますか?」と笑顔で訊かれて、クルトは疑問に感じた点をぶつけてみることにした。


「……今の話では、闇の精霊使いがみんな死んでしまったのは二〇〇年前なんですよね?」

「はい」

「ってことは、それから二〇〇年間、闇精霊とは誰も契約しなかったんですか?」

「しなかったというより、できなかったのです。闇精霊というのは、他の精霊よりもずっと契約者を選ぶようで、そう簡単に人間を気に入って契約したりはしないようなんです」


それだけ聞くと、随分と気難しい精霊に聞こえる。けれどクルトの相棒であるイバンは、気難しいどころかいつだってクルトに協力的なのだけど。


二〇〇年前に闇の精霊と契約した者はみな、初代サヴァロ公爵の血縁だったそうだ。

元々精霊は血筋を選ぶものだけれど、闇の精霊はそれが他の精霊よりも極端らしい。

決まった家系の者としか契約しない、融通の利かない性質を持っている。


「そんな闇精霊に、たまたま僕が気に入られたってことですか……」


二〇〇年誰一人としてできなかったことが、どういうわけかクルトにはできた。それが本当なら、どれだけクルトは低い可能性を引き当てたことになるのだろう?

クルトはそう思ったのだが、エリーゼには別の考えがあるようだった。


エリーゼは揺れるランプの炎から顔を背けるように、首を傾げた。


「そうですね……もちろん、クルト様が二〇〇年前のサヴァロ公爵とはなんの関係もなく、たまたま闇精霊に好まれる性質を持っていた、そういう可能性もあります。ですが、そうではない可能性のほうが高いのではないでしょうか?」

「というと?」

「つまり、二〇〇年前のサヴァロ公爵の血筋が、実は密かに生き延びていたという可能性です。精霊には好む血筋というものがありますから。クルト様がサヴァロ公爵の血筋なら、闇精霊に気に入られても不思議ではありません」


どうやらエリーゼは、その可能性のほうがずっと高いと判断しているようだった。


「でも、そのサヴァロ公爵の血筋っていうのは、絶えているはずなんですよね? それが隠れて生き残っている確率も、やっぱり低いんじゃないですか?」

「はい。その通りですが、どちらのほうがまだあり得そうか、と考えると、やはり……なにしろ王国成立前も含めれば千年の間、初代サヴァロ公爵以外の血筋で、闇精霊と契約できた者は一人もいないのですから」


そしてエリーゼは、もちろん、今となっては証明しようもないことですが、と、付け足した。


「ですが、精霊宮でもそのような考えの者が多いようです」


クルトの存在を知っている王国の上層部は大体みな、似たような意見らしい。


「今となっては、サヴァロ公爵血筋の者で逃れた者が一人もいないとは言えない。例えばサヴァロ公爵が、もし外に内密で妾でも作っていたなら、それこそ誰にもわかるまい」


そんな認識を、王国上層部では共有しているようだ。



          ◇◆◇◆◇◆◇



(僕が、そのサヴァロ公爵って人の子孫と、思われているってことか……)


とても自分がそんな偉そうな血筋を引いているとは思えないクルトだ。


(……僕の両親は物心がつく前に死んじゃったらしいけど、普通の農家だったらしいしなぁ)


それも、あまり大きな畑を持っていたわけでもなかったようだ。

財産もなく、親類もなかったため、両親が流行り病で死ぬと、自然にクルトは孤児院に引き取られることになった。

今更大昔の貴族の血筋だなんて言われても……というのがクルトの正直な感想だ。


「内乱の後、闇の眷属の人たちはどうなったんですか? 今でもまだ、他の眷属からは嫌われているんですか?」

「いいえ、そんなことはありません」


エリーゼは語調を強めて断言した。


「精霊王国の人間にとって、精霊の意思というのは非常に大きいのです。そしてこのときの精霊の意思は、誰の目から見ても明確でした」

「それは、精霊が怒って、契約していた精霊使いから離れたりしたからですか?」

「そうです。普通一度契約を結んだ精霊は、契約相手が死ぬまでずっと、付き添い続けるものなのです」


それなのに、契約者を見放して、精霊は去った。

これは、加護を失った氷、風、地の三領地が、精霊から完全に『悪』だと見做されたことを意味する。


驚き慌てた王国は、方針を百八十度転換し、今度は逆に闇の眷属を保護する方向に動いた。


「精霊使いを一人残らず失っても、未だ闇の領地は残されていますし、闇の眷属の地位を維持するために、他の眷属は便宜を図ることになりました」


普通は精霊使いの貴族を中心として統治体制が作られるのが精霊王国なのだが、闇の領地は様々な特権を与えられ、立場を維持することになった。

サヴァロ公爵の爵位を引き継ぐ者はいなくなってしまったが、王からは代官が派遣された。代官は闇の眷属の有力者と折衝せっしょうしながら、公爵の代理として政務に当たることとなった。


「氷、風、地の三領地は特に、贖罪しょくざいの意味もあって積極的に闇の領地の復興のために協力しました。もちろん、闇の眷属から見れば『なにを今更』といったところだったでしょうが……」


ただでさえ少なくなってしまった精霊使いの血筋の者を、闇の眷属に差し出すようなこともしたらしい。

これによって、今でも闇の領地の貴族の中には、風や地などの精霊使いが複数いるのだそうだ。


エリーゼは、胸元からペンダントをだして、「これを見てください」とクルトに差し出した。

ペンダントには青い石がトップに飾られていて、その石には狼のような模様が描かれている。


「描かれているのは氷狼ひょうろう。これは氷の眷属の紋章なのです」

「ということは、エリーゼ様は氷の眷属なんですね?」

「はい。……子供の頃から私は、自分の祖先が犯した過ちを教わって育ちました。我々は昔に、このような間違いを犯したのだ。我々はみな、罪人の子なのだと」

「……」


口に出すほど無神経ではないが、正直クルトは、随分コロッと変わるものだなぁと、思っていた。

蛮族出身の闇の眷属を憎み、殺し尽くそうとまでしておいて、精霊に怒られたからって今度は急にすべて自分たちが悪いと反省する。

極端過ぎないかと思ってしまうのだ。


(まぁ、この場合は、異民族を狙って虐殺したんだから、それを反省することは間違えちゃいないんだろうけどね)


しかしすぐさま反省できるのなら、最初からやるなと、どうしても思ってしまう。


ただ、もちろんそれはエリーゼには関係ない。

彼女などは、自分が生まれる前の先祖の罪なんか教え込まれて罪悪感を抱いている様子なのが、気の毒だった。


「……ですが、どれほど闇の領地に協力しても、精霊の怒りが解けることはありませんでした」


エリーゼは、ペンダントを握り締めていた。


「じゃあ、もしかして今でも?」

「そうです。精霊の怒りは二〇〇年経った今でも解けていません。今でも地、風、氷の三領地は精霊使いが生まれ難い土地です」

「……でも、もう当時にいた人なんかとっくに死んでいますよね?」


言ってしまってから、クルトは訊くまでもなかったと、口にしたことを後悔した。

二〇〇年生き延びる人間なんかいるはずがない。


しかしエリーゼは、愚問だと笑ったりはしなかった。


「はい。恐らくは人間と精霊では時間感覚がまったく違うのでしょう」


平板な口調で、エリーゼは予想する。


だが精霊の感覚がどうであろうと、人にとっては十分過ぎるほどの長期間だ。

それだけの間、領地に精霊使いがほとんど生まれなくなったせいで、三つの領地は酷いことになってるのだという。

単純に精霊使いが生まれないだけではない。精霊の加護はもっと広範に影響を及ぼす。

例えば、領地に魔物が現れないのも、精霊の加護のおかげだと言われている。


「ですが、その三つの領地の中でも格差はあります。王が侵攻を黙認しただけの『地』が一番マシで、『風』がその次、首謀者だった『氷』がもっとも精霊の怒りを買いました」


それはある意味、公平ではあった。

人間の判断基準に照らしても、その順番は変わらないだろう。

そしてどちらの基準でももっとも罪深いとされた氷の領地は、掛け値なしに滅亡の危機にあるという。


「氷の領地が今どうなっているか、クルト様も見て来たのですよね?」

「はい。馬車に乗ったまま、通り過ぎただけですが」


確かにあれは酷かった。耕す者もいない荒地の中を、我が物顔で魔物が跳梁していた。

通り過ぎるだけの短期間に、魔物に襲われることも三度あった。あれではとても、領地の住人も普通に生活などできないだろう。


「今では氷の領地は、ほぼ精霊使いが生まれません。そのせいで領地貴族の数は減り、土地からは精霊の加護が消えて痩せ細り、領民は逃げ出しました」


淡々と、エリーゼは氷の領地の状況を語る。


「もはや氷の領地はたいです。実のところ、クルト様がみつかる前には、精霊宮では闇と氷の二領地をいっそ放棄しようという意見も出ていたのです」

「……領地を放棄するんですか?」


しかも八の領地の内二つとなれば、全体の四分の一を切り捨てる計算になる。


「足手纏いの二領地を切り離したほうが、王国全体から見れば利があるという判断です。確かにそれも、完全に間違いとは言えないのです」


もちろん、切り捨てられる領地の民から見れば、そんな計算には意味はないのだが。


いつまで経っても次の闇精霊使いが生まれない闇の領地は、――経緯を考えれば気の毒ではあるが――もうこれ以上は待ってはいられない。

そして氷の領地に至っては、それこそ自業自得だろう。


そんな主張が、次第に堂々と語られるようになっているのだ。


「それが、二〇〇年振りに闇の精霊使いが誕生したことで、一時棚上げになったのです。だからクルト様は、救世主なのですよ? 期待の星です」


冗談めかして言うが、エリーゼの氷蒼色の瞳は、真剣だった。


「私は氷の眷属。故郷は氷の領地。今にも潰されてなくなりそうな、『罪の領地』であり、『精霊に見放された土地』です」


だからクルトの世話係に選ばれたときは嬉しかったと、エリーゼは言う。


「ちなみに、アンジェリカ様は地の眷属で、イゾラ様は風です」

「……つまり、三人が三人とも、闇をおとしいれて精霊の怒りを買ったっていう領地の出身だってことですか?」

「そうです」


そういうことならば、丁度その三つの領地に関わる令嬢たちが、クルトの元にやって来たのは、まさか偶然ではないだろう。


「私たちはクルト様に仕えるために、自らの眷属の中から選ばれて派遣されているのです」


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