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精霊王国物語  作者: 三山とんぼ
16/27

16. エリーゼが王国の裏事情を語ること①

クルトに与えられた客室は、大貴族用として整えられている部屋だ。

壁も天井も、豪華な装飾で溢れている。

いくつも飾られている絵画の題材は、歴代の王族であることが多いのは、王宮という場所柄、自然なことだろう。


精霊との契約のシーン、強力な魔法を使用する精霊使い、騎馬民族との戦争で使役される精霊。

様々な絵があるが、共通しているのは精霊と、契約者である精霊使いの組み合わせだ。


しかし、それらの絵画をよく見れば、描かれた精霊の種類が偏っていることに気付くかもしれない。

水が一番多く、続いて炎、雷、光。地や風は少なく、氷や闇に至ってはほぼゼロだ。

つまり、過去に活躍した精霊使いには、水精霊を使役した者が多いということなのだろう。

さもなければ、見る者にそう思わせたいのか……


過去の英雄たちの絵画に囲まれて、クルトとエリーゼの会話は続いている。


エリーゼの話では、珍しいが精霊と契約する平民はいないわけではないという話だった。

だがそれでも、クルトのようにこうして王宮に連れて来られるようなことはなかった。

クルトだけが、理由はわからないが、他とは違う扱いをされている。

結局のところ、話はそこに戻るのだ。


――どうしてクルトだけが特別視されるのか。


そこを確かめないと、どうにもならない。


「僕が特別だというのは、平民が精霊と契約しただけじゃなく、その契約した精霊が、闇精霊だからですか?」


クルトは改めてエリーゼに尋ねる。


「おっしゃる通りです」

「しかし、昼に見た地図には、闇の領地があったじゃないですか。そこにはたくさんの闇精霊使いがいるんでしょう?」


それなのに、なぜクルトだけが特別なのか。

訝しむクルトに、エリーゼは「そうではないのです」と、短い言葉で否定する。


「今現在、闇の領地に、……いえ、この精霊王国全体でも同じです。闇精霊使いは、クルト様以外には一人もいないのです」

「一人も、いない? 僕以外に? え、だって……じゃあ、闇の領地はどうなっているんですか? 闇の領地には闇の眷属と呼ばれる人たちが住んでいて、闇の精霊と契約する。そういうものではないんですか?」

「普通はそうです」


と、一応はエリーゼは認めたが、保留付きだった。


「でも闇の領地は例外なんです。――氷の領地も今や似た状況になりつつありますが、……でもややこしくなるので、今は闇の領地に絞ってお話ししますね」

「えっと、……はい」

「なるべく簡潔に説明しますが、それでもどうしても話が長くなります。そこはすみませんが、ご容赦ください」

「わかりました」


エリーゼはそうあらかじめ前置きしておいてから、クルトに「クルト様はこの国の歴史を知っていますか?」と尋ねる。

尋ねられたクルトは、首を捻って考えるが、ほとんどなにも思い出せない。


「……歴史、ですか。いえ、ほとんど知りません。せいぜい、この精霊王国は歴史の長い国で、もう千年くらい続いているってことくらいですか」


実のところ、孤児院の院長先生からこの国の歴史をもう少し詳しく教わったことはあったのだが、クルトはよく覚えていなかった。


「それは正確ではありません。確かにこの地に私たちの先祖が居を定めたのはその頃だと言われています。以後精霊と契約を結ぶことで栄えましたが、それは王国という形ではありませんでした」


今の精霊王国の住人たちの先祖は、はるか昔、有力な精霊使いを中心として部族ごとに固まって住んでいたらしい。

部族は徐々に精霊使いの属性ごと、つまり、地水火風光氷雷の七つに分かれて集団を作り、徐々に勢力を増していった。


「それが今の精霊王国の七つの公爵家の元になっています。最初は争っていた七家が、ひとつの王国となったのは、それほど昔のことではありません。正確には三二七年前のことです」

「……」


いちいち口は挟まなかったが、クルトは十分昔のことだと思った。まぁ確かに千年前ほどではないけれど。


「気付かれたと思いますが、この時点では公爵家は七つのみ。今よりひとつ少なかったのです。そしてその足りないひとつとは、闇の領地でした。そして闇の領地がないならば、当然ながらその領地を治める公爵もおりませんでした」

「それは、どうしてなのですか?」

「単純なことです。闇の精霊と契約できた者が誰もいなかったのです」


そこまで話してから、エリーゼは少し息をつく。

もしここでお茶の用意がしてあったなら、エリーゼは喉を湿らせることができたのだが、残念ながら今はこの部屋に、主人のためにすぐに茶を差し出してくれる気の利く侍女はいない。


少ししてから、またエリーゼは話を続けた。


「私たちは精霊に気に入られ、契約を結んでいることを誇りに思っております。他にはそのような国はありません。私たちこそが、精霊に選ばれた民なのだと」

「……まぁ、それはわかります」


いかにもありそうな話だと、クルトも思った。

精霊王国の民だけが精霊との契約を許される。そのことから、自分たちを特別な存在だと思い込んでしまうのだ。

個人だろうと集団だろうと、そんな例は精霊使いに限らず、古今東西いくらでもある。


「けれど、その私たちにも足りないものがありました。それが闇の精霊との契約者です。他の精霊とは契約を結べる人間は何人も生まれたのに、闇の精霊に気に入られる者だけはどうしても生まれなかったのです」


そこまで聞けば、クルトにも話の続きは予想がついた。


「つまり、僕がそのやっと生まれた闇の精霊の契約者だったんですね?」

「いいえ、そうではありません」


エリーゼが首を横に振る。


「……え、違うんですか?」


自信満々で口を挟んだクルトは、余計なことを言わなければ良かったと後悔した。

きっともっとこの部屋が明るければ、クルトの頬が羞恥しゅうちで赤くなっていることに気付かれてしまっていただろう。

クルトは部屋の暗さに感謝した。


「はい。そこまで単純な話でもないのです……残念なことに」


苦笑いに近い表情で、エリーゼは言う。


「過去のあるとき、突然闇精霊使いは現れました。ただそれは、王国の民ではなく、異民族の者だったのです」


それは今から二三五年前のことだったらしい。

この国の東には、牧畜を主産業とする蛮族の国があった(そして今でもある)のだが、そこで権力争いに敗れて逃げてきた氏族があったらしい。

彼らはこの国にやって来て、「もう自分たちに帰れる故郷はない。だから精霊王国の民として受け入れて欲しい」と、願い出た。


「しかし当時の王国は今よりもずっと閉鎖的で、彼らの申し出をけんもほろろに切り捨てたそうです」


蛮族の国は、――名をガリーズ首長国というのだが――昔から度々精霊王国に侵入し、荒らし回る厄介な敵でもあった。したがってそういう判断になるのも無理のないところはあったようだ。


「なにを今更! 散々これまでいくさを仕掛けて来ておいて、いざ困ったときには助けてくれなどと、図々しいにも程がある!」


そんな声が大勢だったのである。


だが、追い返したはいいが、話はそれで終わらなかった。

なんと逃げてきた彼らの中に、精霊使いの能力が発現した者が現れたのだ。

しかもよりにもよって、今まで決して生まれなかった闇精霊の契約者が、だ。


「……この件では精霊宮も混乱したようです。彼らを受け入れさえすれば、悲願だった闇の精霊使いがこの国に生まれる。しかし、それには蛮族たちを王国の民だと認めねばならないのです」


自分たちこそが精霊に愛された民族だと誇っていた彼らに、それは非常に難しかった。

蛮族を『闇の眷属』として受け入れるということは、つまり蛮族たちを自分たちと同列だと認めることだからだ。


精霊宮は、受け入れるべきという者たちと、受け入れるべきではないと主張する者たちの二派に分かれて紛糾した。


「……そして結論は、受け入れるべし、でした」


結局のところ、精霊を神聖なものとしてきた精霊王国の民が、精霊が認めた者を追放するわけにはいかなかったのだ。


蛮族だった彼らには、その彼らの故郷にもっとも近い、王国の東の端に領地が与えられた。

そして闇精霊と契約した若者がサヴァロ公爵と称し、領地を治めることとなる。

やがて公爵の血筋の中から他にも、闇精霊と契約する者が現れた。元は牧畜を生業なりわいとしていた彼らも、定住する暮らしに慣れていった。


だが、蛮族を受け入れることに最後まで反対した者たちは、考えを改めたわけではなかった。

あれは間違いだった。蛮族など受け入れる必要はなかった。そういった主張は決して消えることはなかったのである。


「その急先鋒は、氷の眷属でした。このことは、闇の領地が生まれることによって、もっとも自領が削られたのが氷だったことも、大きく作用していたでしょう」


しかし、他の領地にも氷の眷属と似たような考えの者は多くいた。


そして闇の眷属が王国に誕生してから四〇年。今から約二〇〇年前のことだった。

不満分子が、遂に暴発した。


「陰謀の首謀者は、氷の眷属(コーズ)の領主と、その幕下ばくかの貴族たちでした」

「陰謀、ですか?」

「そうです。彼らは闇の眷属が今でもガリーズ首長国と繋がっていて、精霊王国を征服しようとしていると告発しました。つまり、最初に精霊王国に保護を求めて来たこと自体が策略だったというのです。王国を内側からむしばむための」


闇の眷属の領地では、ガリーズ首長国の商人が頻繁ひんぱんに訪れているのがその証拠だと彼らは主張した。

これを耳にして、二代目に代替わりしていた当時のサヴァロ公爵は呆れかえった。「隣国と貿易していることが、謀反むほんの証拠になるわけがあるまい」と。


しかも、闇の眷属の領地が誕生する前でも、精霊王国は普通にガリーズ首長国との貿易はしていたのだ。

特別サヴァロ領が生まれてから貿易量が増えたわけでもない。


「こんな理も非もない讒言ざんげんなど、聞く価値もない。耳が汚れるだけだ」


と切り捨てて、完全に無視していた。

だが、その判断は甘過ぎた。


確かにそれは根拠のない、悪意のみで作られた讒言だっただろう。

だがそれだけに厄介でもあったのだ。


人が信じるときに、別に根拠など必要なかった。

ただ人は、信じたいものを信じるのだ。


そして突然やって来て精霊王国の中に広大な領地を手に入れた彼ら闇の眷属を妬む者、蛮族出身だとさげすむ者は、若い経験不足の公爵が考えるよりもよほど多かった。

噂は瞬く間に広まり、裏切り者の闇の眷属(マルイート)を討つべしという声は日に日に高まっていった。


「氷の眷属に、風の眷属が同調し、闇の眷属討伐令を、王に願い出ました」

「王はそれを受け入れたんですか?」

「どちらとも言えません。討伐令は出しませんでしたが、氷と風の二領地が兵を出すのを止めることもまた、しませんでした。事実上、黙認と言って良いでしょう」


氷と風の二領地の合同軍は、サヴァロ領征伐軍(せいばつぐん)と称し、兵を率いて闇の眷属に襲い掛かる。都市を攻略しながら領地の奥へと攻め入り、遂に領都、レグリズに迫る。

だがさすがに領都を囲む城壁は堅牢で、二領地の連合軍は攻めあぐんだ。


そこで征伐軍の首脳部は、ひとつの策を案じた。

講和を申し出て、闇の眷属の領主である、サヴァロ公爵を都市の外に呼び出したのだ。


そしてまんまと誘き出された公爵を、一斉に囲んで殺してしまった。

悪辣あくらつというのなら、これほど悪辣なやり方もない。


主を失った都市は半月後に陥落。そして凄惨な略奪が起こる。

特に領主であるサヴァロ公爵の一族は、一人残らず斬首にされた。


「領都レグリズは東西交易によって繁栄していましたが、その繁栄は一夜にして炎に巻かれ、焼け落ちたのです」


それでも二領地の連合軍は止まろうとせず、全ての蛮族を王国から駆逐せんと進軍を続けた。

まだ数少なかった闇の精霊との契約者は、その全員が征伐軍の手にかかって倒れた。


「これによって、サヴァロ公爵の血筋は絶えた、……はずでした」


結局闇の眷属は、二領地連合軍には抗しえず、武力で侵攻を止めることはできなかったのだ。

もうあとほんの僅かで、闇の領地は全て征伐軍の手によって陥落するというところまできていた。


――だがそこで、異変が起きた。


「異変?」

「そうです」


クルトの疑問に、エリーゼは表情を消して首肯する。


「異変は、三つの領地で同時に起こりました。闇に攻め込んだ氷と風、そしてそれを黙認した当時の王の領地、地です」


その三つの領地では、精霊の契約者が、突然精霊を呼び出せなくなるという報告が、数多くもたらされた。

昨日まで肉親よりも近しい関係だったはずの精霊が、突然契約者を捨てて去って行く。

精霊から見放されること。それは精霊王国においては、これ以上ない程の不名誉となる。


闇の領地に攻め入っていた軍の中にも、精霊に見放される者が多数現れた。

たちまち三領地の住人はパニックに陥る。

戦争でのあまりに悪辣な行いに、精霊の怒りを招いたのだ、と。


ここに至っては、闇の征伐どころではなかった。

征伐軍はすぐに自領へと軍を返した。


内戦は終結した。人の持つ武力――あるいは理性――ではなく、精霊の怒りによって。


「……というわけです。私たちは闇の眷属となった彼らを受け入れたはずでした。だがそれは形だけで、心の中ではまったく受け入れてはいませんでした。そしてそれが、後の内戦へと繋がってしまったのです」

「……」

「征伐軍が途中で引き返したため、完全に闇の眷属が死に絶えることは避けられました。今でもサヴァロ領では、彼らの生き残りが暮らしています。ですが、闇の精霊と契約した者はそれから一人も現れませんでした」


そしてエリーゼはクルトを正面から見つめ、小さく微笑んだ。


「――クルト様が現れる前までは」


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