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精霊王国物語  作者: 三山とんぼ
13/27

13. クルトが世話役の三人と交流すること①

場面は戻って、レティシャが去った後のクルトと、世話係だという三人の令嬢は――


どうして良いかわからずに、お互いに顔を見合わせていた。

この状態のまま、時間がゆっくり流れていく。居た堪れない空気が部屋に満ちる。

クルトの背中に、嫌な汗が流れる。多分なにかしなければならないのだろう。それはわかる。けれどそれがなにかがさっぱりわからないのだ。

貴族のご令嬢などに、なんて話しかければいいのかなんて、わかるはずがなかった。


「……あ、…………えっと……」


なにか言いかけて、しかしそれ以上言葉が出て来ない。

こんな状況になったのは、ここにいる四人のうち、誰の責任というわけでもない。敢えて誰かの責任だと言うのなら、レティシャの責任だ。


こうならないように、レティシャがもう少し長くここにいて、両者の間の潤滑油の役目をするべきだったのだろうが、それも今更だ。

レティシャはもう、ここにはいない。

今頃ゆったりと、湯の中で舟でも漕いでいるだろう。


今四人がいるこの部屋は、一応クルトのために用意された部屋であり、三人の令嬢たちはそこに訪問してきたゲストという扱いになる。

したがって、ホストであるクルトがゲストに声をかけて、椅子を勧めるなり、飲み物を用意させたりしなければならない。

挨拶の後は通常、そういう流れになるものであって、このまま立ち話を続けたりはしない。


かといって、ゲストがホストに対して、それらを要求するのは、どうしようもないほどに無作法で、礼儀に反する。

なのだが――


アンジェリカが動き出す。勧められてもいないのに椅子に向かって歩き、そのままストンと腰掛けた。


「ちょっと、アンジェリカ……!?」

「……いくらなんでもそれは……」


イゾラとエリーゼの非難にも、アンジェリカはどこ吹く風だ。


「ずっと顔を見合わせて突っ立っていても仕方ないでしょう? この場はいったん、礼儀だの作法だのは忘れるべきだと思いますわ」


そしてクルトに対して魅力的な笑顔を向ける。


「闇精霊使い様も、きっとそのほうが良いのではないですか? いちいち礼儀など考えるのは面倒ですわよね?」

「……それは、確かにそうです」

「ですわよね? まだ教わってもいない貴族の作法を守れというほうが無茶というもの。今だけは一切礼儀など気にしないことにいたしましょう」


そして、「イゾラ様にエリーゼ様も、それでいいですわよね?」と、アンジェリカに念を押されて、二人も「わかりました」と頷いた。


「まぁ、私もそのほうが楽ですから、それで良いと言うのなら、文句はありません」


イゾラは悪戯っぽい笑みを浮かべると、勢いよくアンジェリカの隣に腰を下ろす。ドレスの裾を軽く持ち上げて、足を組んだ。

なかなかイゾラという少女も切り替えが早い性格をしているようだ。


エリーゼという名の銀髪の少女は、そんな二人を困ったものだと言いたそうな顔で見た後、「では私はお茶の用意でもしてきます」と言って、一度部屋から出て行く。

やがて侍女を連れてエリーゼが戻ってくる。


こうなると、クルトも椅子に座らないわけにはいかない。

あまりに高価そうで避けていた椅子だけど、仕方なくクルトもアンジェリカたちと向かい合って椅子に腰を下ろす。

クルト一人が、他の三人と向き合う形だ。


四人が席に着き、ティーカップと茶菓子がテーブルに置かれる。


それらを運んできた侍女は、一礼してから部屋から出て行った。

アンジェリカは、すぐにティーカップを持ち上げて、口をつけた。

多分それも、礼儀に反する行為ではあったのだろう。


そんなアンジェリカを、楽しげに眺めたイゾラが、同じようにティーカップに口をつけ、一息に飲み干した。

そして舌を出して、唇を舐めた。


「あのう、……まだ闇精霊使い様の、お名前を聞かせていただいていません」


躊躇いがちにそう口にしたエリーゼは、上目遣いでクルトを見ている。ティーカップを手に持っているが、口をつけてはいない。

彼女は他の二人とは違い、少し貴族らしくないというか、オドオドとしているように見える。

多分三人の中では一番年少だろう。


「このままでは、どうお呼びすればいいかもわかりません。どうか、お名前をお聞かせください」


エリーゼに言われてからやっと、クルトは自分がまだ名乗っていないことに気付いた。


「僕の名前は、クルトです」


答えて、クルトはペコリと頭を下げる。


「クルト様……」


エリーゼは、その名前を噛みしめるように、何度も小さく呟いた。


「クルト様は、故郷ではなにをされてましたのかしら?」


アンジェリカが、クルトに問いかける。


「えっと、……僕は、狩人ですよ」

「まぁ、では鹿や熊なんかを狩ったり?」

「鹿は狩りましたが、熊は滅多に見ませんでしたね……」


アンジェリカが、クルトに当たり障りのない雑談を振る。

このあたり、アンジェリカの社交は如才ない。世慣れているというか、相手が誰だろうとそれなりに話題を盛り上げることができるようだ。

しばらくの間、クルトの生い立ちや故郷の町のこと、それに孤児院での暮らしのことなどに、話題が移っていく。


「――つまり、その孤児院の部屋の中に、闇精霊が来たんですの?」

「ええ。というか、最初は精霊だとかまったく思わなくて、単純にお化けだと思いましたね」


クルトがイバンと出会ったときのことについて質問に答えると、


「それでは、クルト様は闇精霊とは気づかずに契約したんですか?」


イゾラが、目を丸くしてクルトに尋ねる。


「というより、今でもイバンが本当に精霊なのか、僕にはよくわかっていません。他の精霊なんて、見たこともありませんし」

「では、ご覧になられますか?」


アンジェリカがクルトに、とろけるような笑みを向ける。


「グノウ、出ていらっしゃい」


そう声をかけると、大理石の床から盛り上がるように、なにかが現われる。

それは、膝ぐらいの身長の、土でできた小人に見えた。

小人はジャンプしてテーブルを掴み、身体を持ち上げてテーブルの上に乗る。


「彼が私の契約した、地の精霊のグノウですわ」


そうアンジェリカが紹介すると、グノウと呼ばれた土の小人は、ペコリと一礼してから手を振り、そして消えた。


「私は地の眷属ですから、契約精霊もグノウのような地の精霊になります」

「地の眷属?」

「はい。精霊王国には、八の眷属が住む、八の領地がありますわ」


エリーゼが、少し考えてから「……地図があったほうがきっと、わかりやすいですね。持ってきますから、お待ちください」と言って、立ち上がる。

率先して動こうとするエリーゼに、アンジェリカが「エリーゼ様にだけ何度も動いて貰って、申し訳ありません」と謝る。


エリーゼは、なんでもないと首を横に振った。


「レティシャ王女殿下が言うには、私たちはの役目には侍女の仕事も含まれるそうですから、これも私の仕事です」

「確かにそう仰ってましたわね」


ならば次に侍女の仕事の機会があれば、私が動きますと、アンジェリカは言う。

エリーゼは「では次はアンジェリカ様にお願いします」と微笑んでから、部屋の外へと出て行った。


イゾラは苦笑して、軽く髪を掻き上げた。クルトに視線を向けて、言う。


「私には侍女の役割を期待しないでください。私にはとても無理です」

「あら、イゾラはどこか大貴族の家に、行儀見習いのために侍女として出されたりはしなかったのですか?」


アンジェリカの質問に、イゾラはゆるゆると首を振った。


「私にそんな無謀なことをさせようとは、家族の誰も言いだしませんでしたよ」


イゾラは自分の二の腕をポンポンと叩いた。


「その代わり私は、こちらのほうでお役に立てます。これでも剣や槍には自信がありますから。私のことは侍女ではなく、護衛として考えてください」

「貴族のお姫様が、剣や槍を使うんですか?」


驚いてクルトがそう尋ねると、イゾラは嬉しそうに笑う。


「そう思いますよね。でも、私の領地では、女でも身体を鍛える者はそれほど珍しくもないのです。私はこれでも一応、騎士の資格も持っているのですよ」

「騎士……」


となるとイゾラは、レティシャの護衛だったルチアと同じ、女騎士ということになる。

ルチアと同じくらいに強いなら、確かに護衛として頼りになるだろうけれど。


部屋を出ていたエリーゼが、今度は侍女を連れずに一人で戻ってくる。

手には、巻かれた大きな羊皮紙があった。


テーブルの上にエリーゼが、地図を広げる。

地図上に記される精霊王国は、いびつな長方形の形をしている。

そしてその長方形が、さらに八つに分けられている。


地図上をひとつひとつ指差しながら、アンジェリカがクルトに説明する。


「左上、つまり北西から順に、光、火、水、風、地、雷、氷、闇のそれぞれの領地になりますわ」

「えっと、じゃあ今僕らがいる王都はどこでしょう?」

「ここですわね。丁度水の眷属の領地であるラストニア領と、地の眷属の領地である、ガイエス領との境になります。より正確に言うなら、新市街がラストニア領で、旧市街はガイエス領ですわ」


橋で繋がっている隣りあわせの街が違う領地に属しているというのは、実際面倒も多いのだが、歴史上の理由があってそうなっているので、なかなか解消できないのである。


クルトは次に、自分が暮らしていたテミッタの町を探すが、地図上には見当たらなかった。

仕方ないので、アンジェリカに尋ねてみることにした。


「僕が住んでたテミッタの町はどこかわかりますか?」

「正確にはわかりかねますわ。地図にも載っていないようですし。でも、ネルガー領とは聞いていますから……」


アンジェリカは地図の東端に近い一点を指差す。


「大体このあたりでしょう」

「……ってことは、闇の領地になるんですね? ……あれ? でも、なんか火っぽいマークも書いてある……」

「ああ。ネルガー領は、元々闇の領地だったのですが、その後、火の領地の飛び地となったのです」

「それで、闇の領地の枠の中に火のマークがあるんですね」

「はい」

「なんだか複雑なんですね」

「そうですね。特に闇の領地に関しては本当に色々とありましたので……」


言い難そうに、アンジェリカは言葉を濁した。


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