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精霊王国物語  作者: 三山とんぼ
12/27

12. レティシャが王に報告すること

少し時間は巻き戻る。

レティシャとクルトが、精霊宮に着いたその直後。


レティシャはクルトを待たせて、先に父であるヘリオス王の下へと報告のために赴いていた。

万が一にも間諜が入り込めないように、精霊宮の奥まった場所に作られた一室。

このたいして広くもない無機質な部屋が、精霊王国国王、ヘリオスの執務室である。

大国たる精霊王国、その国王の執務室としてはいっそ質素にすら見える。


ひとつだけある窓は、どこからも入れない、狭い中庭に続いている。

この窓から地面を見下ろすと、滑らかの石積みの壁に四方を囲まれて、遥か下に正方形の地面が見える。


部屋の壁もほとんど装飾のない、灰色の石壁で、これが冬ならば、さぞ寒々しく見えただろう。

ただ、奇妙な点がひとつだけ。

部屋の中を、水が流れているのである。


天井と壁の間に溝があり、そこから水が流れているのだ。石壁を伝って水は床に流れ落ち、そこにある排水溝から部屋を出て行く。

常に流れる水がたてる、静かな水音が、室内に小さく響いていた。


今、この執務室にはこの部屋の主であるヘリオス王と、その娘であるレティシャの二人しかいない。

普段ヘリオスがこの執務室にいるときは、一番奥に設置されている机に向かって書類の決裁などをしている。

しかし今は、ヘリオスも机に向かうのではなく、窓の近くに置かれた木製の椅子に、レティシャと向かい合って座っている。


「さて、レティシャよ。まずは無事に目的を果たして戻ったこと、祝着に思うぞ。ご苦労であったな」

「もったいないお言葉です」


レティシャは神妙にそう言葉を返す。

やはり自分の父とはいっても、相手はこの国の王だ。二人だけの場とはいえ、あまり言葉や態度を崩すことはできない。


「それで、闇精霊との契約者はどうであった?」

「そうですね……私の印象でいうなら、ごく普通の平民の少年、でしょうか。貴族とかかわると碌なことにはならないと信じていて、私も最初目が合った途端逃げられました」

「ハハハ、そうか、逃げられたか」

「ええ、フフフ」


楽しそうに笑う王に、レティシャも釣られて笑う。


「まぁ、平民としては無理もない反応であろうが、……しかしそれでは困るな」

「はい。帰還の途中では魔物の襲撃に遭いましたが、特に魔物を恐れている様子はないのです。なのに、私やルチアのことは、できるだけ近づきたくないようでしたね。別になにも危害など加えないと言っているのに」

「魔物よりも貴族が怖い、か……まぁ完全に間違えているとも言い切れぬが」


王は、首を傾げ、瞼のあたりを撫でる。

それは、疲労を感じているときの、彼の癖だった。

例の予言がもたらされ、実際にレティシャから闇精霊の契約者発見の報が入った。

その度にいちいち宮廷は騒がしくなり、王も各方面と対応を検討せねばならなくなった。

ここのところ通常の執務に加えてそれらの対処に追われ、疲労が溜まっているのだ。


今日もその話題の中心である少年が精霊宮に到着するとあって、騒ぎにならないようにあらかじめ適当な理由をつけて、宮殿から人払いしておいたのだ。

そうでなければ、目敏い貴族たちが勝手にその少年に接触しようとして、宮廷が混乱しただろう。

いや、それは今日だけの話ではない。これからもだ。

一応その少年が滞在する場所は宮殿の中でも奥まった場所にしたが、そこには人を近づけぬように、手配しておく必要があるだろう。


いつまでも闇精霊使いの少年を隠しておくことはできないが、少なくともしばらくの間は、そっとしておきたい。

この宮殿や、貴族社会に少し慣れる時間を与えねばなるまい。

平民を無理やり宮殿に連れて来て、いきなり相応しく振る舞えと言っても無理に決まっている。


落ち着かせ、なだめて、警戒心を解く必要がある。礼儀作法について教えるのはその後だ。


「そういえば、闇精霊はどうであった? お前の目で見たのであろう?」

「はい。そうですね……精霊としての格で言えば、さほどでもありません。中の下といったところでしょうか。ただ、闇精霊の特色なのでしょうが、やはり能力はなかなか面白そうですね。空間操作などは、他の精霊にはない系統の力ですから」

「ふむ、空間操作な」

「ああ、それと、契約者と精霊との繋がりは強かったですね。言葉がなくても、ほぼ完全に意思疎通ができるほど、強い絆があるようです」

「それは良い情報だな。それなら多少格が落ちても、貴族どもを納得させることもできる、か」

「はい。私の目にもあの少年――名をクルトと言うのですが――は、精霊使いとしてかなり優秀に見えました」

「なるほど」


例えよほど格の低い闇精霊を、なんとか少しだけ使役できる程度だったとしても、この場合それで扱いが変わることはないが、優秀であるならそれに越したことはない。


「では精霊使いとしてはさほど心配することもないか。ならば教育は貴族としてのものに集中できるな」


これで教育期間が短縮できると、ヘリオスは頬を緩めた。


「まぁ平民を貴族に教育し直すだけでもかなり大変だがな」

「しかも、貴族の中でも諸侯となると、それらしくするだけでも相当時間がかかりましょう」

「頭が痛いな」


そう言ってヘリオスは、疲れた顔で首の後ろのあたりを手刀でトントンと叩くのだった。



          ◇◆◇◆◇◆◇



執務室で父王への報告を終えたレティシャは、部屋の外で護衛のルチア、それに数人のお付きの侍女たちと合流した。

長旅から帰るなり精力的に動き回る主に、ルチアが声をかける。


「次は、あの平民の世話係との面会ですね。ついさっき精霊宮に戻ったばかりだというのに、忙しいことですね」

「まったくだ。長旅の後だというのに、軽く身体を拭いて着替えただけで、まだ湯浴みすらできていないのだぞ?」


この国は王女である自分を酷使し過ぎだと、レティシャは頬を膨らませる。


「ずっと馬車の中であったから、身体が固まってしまっているわ」


レティシャは、自分の肩に手を当てて、指で押す。強張った筋肉がほぐれる感覚が、痛気持ち良い。

このあたり、レティシャの仕草には父王の影響が感じられる。


「ん、んんぅー」

「なんですか、若いくせにおっさんみたいな声出して」

「せめておばさんで負からんか……?」


ルチアはそれには直接答えず、肩を竦めることで返答に代えた。



          ◇◆◇◆◇◆◇



精霊宮の一室。

カズラの間と呼ばれるその部屋は、あまり特徴のない、多目的に使われる小部屋だ。

夜会や会議などの控室として使われることが比較的多い。

部屋の装飾が、ツル植物の図柄で統一されていることが、唯一の特徴だろうか。


今この部屋では、レティシャがみつけてきた闇精霊使いの少年のお世話係として選ばれた者たちが、待機しているはずだ。

レティシャの侍女が、部屋の中の者に来意を告げ、少し待つと、ドアが開けられる。


レティシャが中に入ると、そこには三人の少女が待っていた。


「お久しぶりです、レティシャ殿下」

「お元気そうで、なによりです」

「……お役目、見事果たされたこと、お喜び申し上げます」


全員、一応面識のある相手だ。

彼女たちに、レティシャも鷹揚に答える。


「ああ、其方らも元気そうだな。アンジェリカに、イゾラ、それにエリーゼも。其方らが選ばれたのだな」

「はい」


三人が異口同音に、答える。

予想通りの者もいれば、少し意外な者もいる。

だが、選ぶのはレティシャではない。彼女たちが、それぞれの領地で選ばれてここに来たのなら、レティシャは受け入れるだけだ。


「では、これから闇精霊使いの少年と引き合わせる。あの者はこれまでずっと平民として暮らしていたのだ。いきなり連れてこられて戸惑っておる。早くここでの生活に慣れるように手伝うことが、最初の其方らの役目になる」

「わかりました」


再び異口同音に答える三人に、レティシャはひとつ頷いてから、先に立って歩き出す。

彼女らをクルトに紹介してしまえば、それでレティシャの役目はひとまず終わる。


(早く湯浴みして、それからベッドに寝転びたいのう)


既にレティシャの意識は、暖かい寝床へと飛んでいた。


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