11. 精霊宮に到着したこと
馬車の前方に、王都を囲む、長大な城壁が現れた。
王都ラムナは、セディム川の沿岸にある。
王都付近では、川は南西から北東へと流れている。
王宮である精霊宮があるのは、川の北側の新市街にある、小高い丘の上だ。
東西交易路の旧道を通って来たレティシャたちは、まず南側の旧市街に着く。
王都に入ろうと順番待ちをする行列を余所に、クルトの乗る馬車はそのまま門を素通りした。
これも貴族の特権なのだろう。
少しも待たされることなく、全てがスムーズに進む。
ちなみに、魔物の襲撃によってダメージを受けた馬車は、途中の街で見苦しくない程度には修復されていた。
「あの、レティシャ様、このまますぐに王宮へと行くんですか?」
この旧市街の時点であまりの人の多さに、既に気後れしているクルトが、恐る恐る尋ねる。
「そうだが、なにか問題でもあるか?」
「いえ、別に……」
キッパリと言われて、クルトは口籠る。
王都に入ってからも、こちらがなにもしなくても、周囲の馬車や歩行者が勝手に道を開けていく。
周囲を一〇騎ほどの騎士に、物々しく囲まれている馬車だ。このような馬車に敢えて近づこうという勇者がいないのは、当然だろう。
そんな馬車の中に、まるで貴族のような衣装を着せられて座っているクルトは、あまりに場違いで居たたまれたない気分になる。
ましてこのまま馬車に乗っていると、自動的に王宮へと連れていかれてしまうのである。
こんな馬車は降りて、街の中で生活している普通の平民の中に混ざりたかった。
そうすればきっと、ホッと安心できるだろうに。
やがて馬車はセディム川を渡り、新市街に入る。
こちらでも、馬車の周りを人が避けていくのは変わらない。
違いといえば、建物は旧市街よりも大きくなり、通りを行く人も、裕福そうに見えることだ。
やがて馬車は丘を登り、なにに遮られることもなく精霊宮の門に着いた。
馬車はクルトとレティシャを乗せたまま門を抜ける。門番の兵士たちは、馬車を深く一礼して見送った。
門を通ったところでいったん馬車が停止し、ここで護衛の騎士たちが解散となる。
「ご苦労であった。其方らの働きには満足しておる」
と、レティシャが騎士たちを労う。
「ありがたき幸せ」
隊長が代表して答え、騎士たちは彼らの宿舎へと帰って行く。
彼らは彼らで、これから騎士団に帰還の報告があるのだろう。
騎士たちを見送ってから、また馬車が動き出す。
門の中にあるのは、庭園だ。
広大な庭園には木々や草花の他にも、細い運河や大小さまざまな噴水が設置されている。
かと思えば、鉄でできた大皿が飾られていて、その大皿の上で油が、真っ赤な炎を上げて燃えていたりもする。
馬車の中からそんな庭園を眺めているうちに、精霊宮に着く。
入り口の前に出てきた執事らしい老人が、レティシャに挨拶した。
「おかえりなさいませ、レティシャ王女殿下」
「王女殿下!?」
あんぐりとクルトの顎が開く。
きっと身分が高い人なのだろうとは思っていたけど、それにしても、王女様!?
「ふっふっふ、驚いたか?」
唖然とするクルトに、いかにも楽しそうにレティシャが笑う。成功した悪戯を自慢する子供のように。
「私の正式な名は、レティシャ・ラストニア・アキュレイア。精霊王国国王、ヘリオス陛下の四番目の娘だ。其方はずっと王女殿下の馬車に同乗していたのだぞ?」
ほれ、なにか言うことはないのかと、レティシャは意地悪そうな顔でクルトに問いかける。
「な、なにかって言われても……」
こんなお転婆が王女で、この国は大丈夫か、とか、正直な感想を言うわけにはいかない。
そんなことを言えば、クルトの首が胴を離れてしまう。
「ふん、つまらんの」
興が削がれたのか、レティシャはクルトを残して執事が開けたドアから王宮へと入っていく。護衛であるルチアもレティシャの後に続く。
小さくため息をついてから、クルトも二人の後ろから王宮内に入る。するとそこはホールになっていて、巨大なシャンデリアが吹き抜けの天井から吊り下げられている。
ホールに並んでいた侍女の一人に、レティシャが告げた。
「此の者はクルトという。平民だが、扱いとしては一応、ヘリオス陛下の客人となる」
「かしこまりました」
恐らく侍女の中でも上の立場だと思われるその年配の女性は、特になにかレティシャに訊き返すこともなく、従順に頷く。
「部屋は用意できておるか?」
「大貴族用の客室を、既に準備しております」
「そうか。ならば案内してやるがよい」
「かしこまりました」
次にレティシャは、クルトに向かって言う。
「後で其方の世話係を紹介する予定だ。私が其方の部屋まで行くから、待っているがよい」
「わかりました……」
レティシャは軽く頷いてその場を立ち去って行く。
そして、先ほどレティシャから案内するように言われた年配の侍女が、クルトの前に進み出る。
「ではご案内します」
「……はい。その、……どうも…………」
当然なのだろうけれど、精霊宮は広大だった。
階段を上り、廊下を歩き、何度か右折や左折を繰り返して、やっとクルトは、自分に宛がわれた部屋に着いた。
案内された部屋は、クルトの貧しい語彙力では、すごく豪華としか言いようがなかった。
壁はもちろん、床や天井まで、煌びやかな装飾でいっぱいだ。
この部屋に飾られている絵画の数を数えようとしても、両手どころか両足の指まで使っても足りないほどだ。
もしかしてこの部屋を作った人は、ただのなにもない白い壁が、憎くて憎くて仕方なかったのかなと、クルトは思う。
執拗なまでに、部屋の全てが装飾で覆われている。覆い尽くされている。
レティシャにここで待っているように言われたのだが、どうにも落ち着かない。
家具は椅子やテーブル、机など。それらも当然のように、豪華な装飾でいっぱいだ。
続き部屋があって、そちらにはベッドが置かれている。寝室だろう。
ずっと立っているのも疲れるが、座ろうにもあまりに豪華な椅子で、とても座る気になれない。汚して弁償するようなことになったらと思うとゾッとする。
ある意味これって拷問じゃないかなと、クルトは思った。
(平民をあまりに場違いな豪華な部屋に放置するとか、なかなか手の込んだ責めだと感心すべきところかも)
これまでも、王都に来るまでの旅程の中で、貴族城館の客室に泊まる機会は数多くあった。
少しは豪華な部屋にも慣れてきているはずなのだが、王宮のそれはまた一段上の豪華さだ。
ところで、今この部屋にはクルト以外にも、メイドが二人いる。
彼女たちはどちらも、壁際に控えたまま、ジッと動かない。
いつまでここで待っていればいいのか、クルトはメイドに尋ねようと近寄った。
「あのう……」
そう声をかけると、メイドの身体が、ビクリと跳ねる。
そしてただ声をかけただけでメイドが驚いたことに、クルトも驚いた。
「な、なにか御用でしょうか?」
「え、えっと……ここでどのくらい待てばいいのかなって思って……」
「申し訳ありません。私にはわかりかねます」
「そ、そうですか……」
どうも、あまりやるべきでないことをやってしまったような気がする。
もしかしたら貴族というのは、メイドに話しかけたりはしないのかも。
(でも仕方ないよね? 僕は貴族の作法なんか知らないし……)
そんな自分をこんな場所に放置するほうが悪いと、クルトは自分を慰めた。
結局、クルトがそこで待機していたのは半刻ほどだった。
椅子に座れず、ずっと突っ立たまま過ごしていると、メイドの一人がドアを開ける。
クルトの耳にはノックの音は聞こえなかったが、多分なにか合図があったのだろうと思う。
部屋に入って来たのは、レティシャを先頭にした、四人の少女だった。しかも四人ともが、美しい少女だ。
レティシャの容姿も整っているけれど、後ろに続く三人の令嬢たちも、当然のようにみな、美しい少女たちだった。
「此の者たちが、今後其方の世話をすることになる者たちだ」
レティシャがそう言うと、三人の令嬢たちが、優雅に腰を折って一礼する。
「此の者たちは、正式には侍女ではないが、其方が精霊宮にいる間は世話役として、侍女の仕事も含めてやって貰う。其方もそのつもりで、なんでも頼って構わぬぞ」
困ったこと、相談したいこと、なにかやりたいこと、どんなことでも彼女たちに相談するようにと、レティシャは言う。
「では一人ずつ、挨拶でもして貰おうかの?」
レティシャが促すと、三人はクルトの前に並び、一人ずつ挨拶を始める。
「お初にお目にかかります。私はセリーテ城主の次女、アンジェリカですわ」
「初めまして。私はクレネス城主の三女のイゾラといいます」
「…………ジャキム城主の長女、エリーゼです」
アンジェリカはオレンジ色のドレスを着ている、明るい茶色の髪をした少女だ。
次に挨拶したイゾラは、緑色のドレスを身に着け、金髪で緑眼の少女。
最後のエリーゼは、水色のドレスに、銀髪だった。
三人があまりに丁寧に挨拶するので、クルトは呆気に取られて、返事することすら忘れてしまった。
なにしろ三人ともが、れっきとした領地貴族の公女だというのだ。
クルトから見れば雲の上の人間だ。本来なら話しかけられるどころか、一瞥もくれずに無視されるのが当然の相手、――そのはずだ。
それなのに……
「…………??」
頭の中がハテナで一杯になり、処理能力が落ちてフリーズしたクルトを、面白そうにレティシャが眺める。
「此の者は色々慣れないことばかりであろうから、しっかり其方らが世話してやるように」
そう三人に言い残して、レティシャは部屋から出て行った。
あとにフリーズしたままのクルトと、三人の令嬢たちを残して。




