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精霊王国物語  作者: 三山とんぼ
10/27

10. 魔物に襲われること②

魔物の攻勢は続いていた。

騎士たちは馬車を囲んで並走し、襲ってくる飛蝗バッタの魔物を近づけまいと奮闘している。

片手で手綱を握り、もう片方に持った剣で、飛来する魔物を斬り払う。

だが魔物は数が多い。しかも空を飛んでいるのが厄介だった。

剣が届かないときでも、炎や雷の魔法を使えば撃ち落とすことはできるのだが、いかんせん、剣と違って魔法を使うにはどうしても()()が必要になる。


結果として、討ち漏らしは出てしまう。


「危ないから退()いていてくれ」

「は、はいっ」


ルチアがレティシャの侍女に声をかけて場所を空けさせ、扉を開いて身を乗り出した。


「はぁっ!」


馬車に体当たりする勢いで突っ込んできた飛蝗を、ルチアが剣を抜いて叩き斬る。

飛蝗は腹を斬られて地面に落ちる。即死とはいかなかったようで、地面の上で脚をバタつかせていたが、すぐに猛スピードで走る馬車からは取り残される。


そのとき、雑木林から巨大な虫が身をくねらせて現れる。


「な、なんだ!?」

百足むかでだと!?」


騎士の一人が叫んだように、それは確かに百足だった。

ただし、馬車よりもずっと大きな百足だ。

体長だけならば、馬も含めた馬車三台分もある。


百足は大量の脚を動かし、地面を滑るようにして迫ってくる。


「くそっ、なんで交易路にあんなモノがいる!? ギドー領のやつらは警備の代わりに昼寝でもしているのか!?」

「文句を言うのは後だ! 三人付いて来い! あの化け物を止めるぞ!」


騎士隊長が叫び、百足を抑えるために隊列を離れる。

その判断自体はやむを得なかったとしても、馬車の護衛が減ったのは間違いない。

飛蝗の攻撃は止む気配を見せず、馬車も危険に晒される。


ルチアも必死に抗戦してはいるが、一人がカバーできるのは馬車の片側だけだ。

ルチアのいない馬車の左側は、事実上無防備な状態だ。

そして一匹の飛蝗の魔物が、その無防備な左側から馬車に取り付いた。


車体が魔物の脚に引っ掻かれてけたたましい音を上げた。

レティシャが敢然と立ち上がり、クルトに人差し指を突きつけた。


「クルト、其方に命じるっ! あの魔物をどうにかせい!」

「どうにかって言われてもっ!」


レティシャの無茶振りに、クルトが悲鳴をあげる。

そもそも、クルトはいつからレティシャの配下になったのか。


「ええいっ! 泣き言をぬかすな! 其方は弓が使えて、闇魔法だって使えるのであろう!? ならばなにかやりようはあるはずだ! とっとと働け!」

「いてっ、痛い! 蹴らないでください! わかりましたからっ」


(くそっ、これだから貴族なんか嫌いなんだっ! いっそこのどさくさに紛れて逃げてやろうか?)


心の中で毒づきながらも、クルトは覚悟を決める。

実際、今ならば逃げることはできそうだ。しかし、逃げたところで周りに居るのは魔物ばかり、というのでは困る。こんな魔境で一人になるのは、いかにも心細い。

魔物に囲まれるくらいなら、まだ騎士に囲まれるほうが、幾分マシだ。


それに、確かにレティシャの言う通り、馬車に取り付いた魔物くらいならなんとかできそうではある。


――なんで無理矢理連れて来られた自分が、魔物退治までやらされなければならないのだろう? 僕は、ただテミッタの町で狩人をしていたかっただけなのにっ!


そういう気持ちは、もちろんある。

だがそうは言っても、この場を乗り切る必要があるのもまた、間違いない。


「イバン、弓を!」


クルトが相棒に呼びかけると、平面のはずの影が、ムクリと体積を持って持ち上がり、その中から弓が現れる。

クルトはイバンから弓を受け取って黒羽の矢をつがえる。

いくら小型の弓といっても、さすがに馬車の中は狭い。弓を引き絞ろうとすると、レティシャや侍女の身体のあちこちに、脚やら肘やらが触れてしまう。


「今だけは無礼を許してやるが、後で覚えておけよ……!」

「いくらなんでも理不尽過ぎませんか!?」


憎々し気に睨んでくるレティシャに、クルトは顔をしかめながらも、馬車の外に張り付いている飛蝗の魔物に狙いをつけた。

ただ、やじりと魔物の間には馬車の車体があるのだが、クルトは気にしない。

イバンが影から腕を伸ばし、クルトの脚を掴んで揺れる馬車に固定した。


(いくら馬車が揺れていても、標的が馬車にしがみついているのなら……!)


クルトが馬車に揺さぶられるとき、標的である魔物も、同じように揺さぶられる。

相対的にはお互いに止まっているようなものだ。


クルトは弓を引き絞り、静止し、射放つその瞬間、イバンが影を伸ばして、車体の一部に黒い水溜りのように広がる。

矢はその黒い水溜りに吸い込まれ、消えたかと思ったときには既に魔物に突き刺さっていた。

イバンの壁抜けの能力を使って、馬車の車体越しに、魔物を撃ったのである。


ジ、ジジジィィ…………!


羽を震わせて悲鳴のような音を立てながら、魔物は地面に転がった。


「ふう……」


なんとか役目を果たしてホッと息を吐き出したクルトの脚を、レティシャが蹴った。


「ふん、やればできるのなら、グダグダと言わずにさっさとやればいいのだ」


不機嫌そうにそう言うと、ツンと顎を逸らす。


「……」


なんで命令に従ったのに蹴られねばならないのか。

まったく貴族なんてものは理不尽な生き物だ。

憮然としながらも、クルトは窓から顔を出して外の様子を探る。


すると後ろから、飛蝗の魔物が二匹、飛来して馬車の屋根に着地する。

馬車が大きく揺れる。

しかしなんとか、転倒するのは免れた。


クルトは窓から出していた頭を引っ込めて、馬車の天井を見る。

ミシミシと音を立てて軋んでいる。


「やれやれ。次は屋根の上か。(せわ)しないのう」


他人事のように、レティシャがため息をつく。

クルトは矢を二本、右手の指に挟み、口にも一本咥えた。


内心では、「なんで僕がここまでしなくちゃならないんだ……」と愚痴っぽいことを考えながら。


「イバン、僕を上に出して」

『……、…………』


イバンは首肯する代わりに小さく震える。

先ほどの黒い水溜りのような影が、今度は馬車の天井に広がる。


クルトが矢を持つ右手を上にあげて、影の中に差し入れる。

手首のあたりまで入ってからは、なにかに引っ張られるようにしてクルトの全身が影の中に飲み込まれる。


影に飲まれたクルトは、次の瞬間には馬車の屋根の上に姿を現している。

片膝立ちの姿勢だが、よく見ればその脚には影が絡みついている。

どうやら影は、揺れる馬車から振り落とされないように、クルトを馬車の屋根に固定しているようだ。


ジ、ジジ、ジイイィィィ!


クルトの目の前では、飛蝗の魔物が二対、威嚇(いかく)するように、羽を擦り合わせていた。


「シッ」


クルトは右手の二矢を連射し、ひと呼吸後には咥えていた三本目の矢も射放った。

一本が外れ、二本は魔物の一体に命中する。その内一本が急所に当たったらしく、その魔物は屋根から転がり落ちた。


「イバンッ」

『…………!』


残りの魔物が羽を広げて飛び立とうとしたところを、頼りになる相棒のイバンが影を伸ばして拘束する。

脚を掴まれた飛蝗がバランスを崩して横倒しになる。

そこにクルトが矢を放つ、放つ。


その魔物がなかなか死ななかったため、クルトは一〇本近くの矢を撃つことになってしまった。

それでもどうにか敵を仕留めて、ようやく周囲の様子を確かめる余裕ができた。


どうやら、いつの間にか飛蝗の魔物はそのほとんどが騎士たちに討伐されたようだ。


百足のほうはといえば、倒すことはできなかったようだが、炎や雷の魔法を使って、雑木林へと追い返すことには成功したようだ。


それを確かめ、さらにまだ使える矢を回収してから、クルトはもう一度イバンの影を通って車内に戻る。


「なんとか、なりましたか……馬車はかなりやられてしまいましたが」


ルチアが外に乗り出していた身体を馬車の中に戻し、扉を閉めた。

魔物の体液で汚れた剣を布で拭い、鞘に収めた。


そのまま少しの間馬車を走らせてから、次第に馬車はスピードを落とし、やがて停車した。

騎士たちが馬車の周りに集まってくる。

どうやら、騎士に犠牲者は出なかったようだ。


レティシャが馬車を降りると、騎士たちも馬から降りてその場にひざまずく。


「うむ。よく魔物を撃退してくれたな。見事であった。褒めてつかわすぞ」

「もったいないお言葉です」

「本当ならば、温かい食事と酒でみなを労いたいところだが、ここはまだ安全とは言えまい。最低限、馬車の点検を済ませた後、ただちに出立せよ」

「はっ!」


御者や従士が馬車を見回り、さらに車体の下に潜って点検する。結果、傷はともかく、動かすのに支障はないとのことだった。

騎士隊長の号令の下、全員が馬車と軍馬に乗り込み、すぐさま出発する。


――それからの旧道を使った行程も、決して楽なものではなかった。

交易路もそうだが、領地自体も荒れていて、ただ景色を眺めながら通り過ぎるだけでも気が滅入りそうになる。

魔物の襲撃はその後も二度あった。しかしその規模は、最初のものほどではなかったので、騎士たちによって魔物はあっさりと斬り伏せられた。


――そしてクルトがテミッタの町を出てから一ヶ月余り。

遂に目の前に、王都が近づいてきたのだった。


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