愛しいあなたを抱きしめて
こちらは、前作「義弟ができました。」の後日譚になります。
良く晴れた昼下がり。
今日はサラにとって久しぶりの休日だ。
整えられた中庭の芝生に、サラは父の愛猫のララを抱えて寝転がった。
「うーん、寝れる……」
サラは北東の街を拠点に魔術の研究を行っており、魔術支部局には月に一回は赴いて報告をしている。
アルブレヒトが家の裏に建てた研究所は、最新の設備がそろっており、実に快適だった。
サラ以外にも数名の魔術支部局員が派遣され、日々研究開発に勤しんでいる。
ここ最近は納期が迫った仕事があって、昼も夜もなく研究所に缶詰だった。
家は本当にすぐ近くなので、辛うじて寝に帰っていた。
大学校時代にミナリと死にそうになりながら図書館でレポートに追われたのを思い出す。
もうあれきりで終わりかと思っていたが、まさかまた同じ思いをすることになるとは。
腹に乗せたララがにゃーんと大きなあくびをした。
もふもふとした毛並みを撫でると、これでもかと柔らかい体が伸びる。
「二人ぼっちだねぇ。」
せっかくの休日だったが、家にいるのはサラだけだった。
アルブレヒトは王家のセレモニーに参加するために王都に滞在している。
現在は大学校を卒業し、本格的に護衛騎士として活躍中だ。
就任当初からその美貌で話題になったのだが、文句なしの実力と貫禄を見せつけ、国の将来を担う期待の若手として名を馳せている。
父は護衛騎士の務めを終えた後、魔術騎士の育成に携わっていた。
それ以外にも、地域のパトロールや子供たちのための催しなどに積極的に参加しており、むしろ今の方が忙しくしている。
シュルツ家に帰ってきたが、家族三人で過ごせることはあまりなかった。
毎日朝食と夕食を一緒にとっていたのが懐かしい。
しかし、サラは不思議と寂しくなかった。
それぞれやりたいことができているし、お互いが充実しているのが分かる。
それが幸せだと思えるのだ。
「お嬢様、ここにおられましたか。」
「いい天気なので。何かありましたか?」
使用人がサラを見つけて近づいてきたので体を起こすと、見慣れた封蝋がしてある一通の便せんを手渡された。魔術支部局長からだ。
中身を確認すると、来週から西の魔術支部局に出張に行けとのお達しだった。
そうと決まれば早速今夜にも準備をしなくてはならない。
「今度は西か。初めてだな。」
こうして時折、他の魔術支部局の視察を頼まれたりする。
知らない土地の風景や人々はどれも新鮮な刺激を与えてくれるから好きだ。
「ララのことお願いできますか。私はもう少し庭を散歩してから戻ります。」
「もちろん。行ってらっしゃいませ。」
ララを使用人に預け、庭にある花のアーチをくぐった。
その先は色とりどりの花に囲まれたブランコがある。まさに秘密の花園だ。
リラックスしたいとき、サラはよくここを訪れた。
ブランコに腰かけ、軽く揺らしながら目をつむる。
ゆっくりと流れる時間が心地よい。
暖かい日差しも手伝って、段々とサラは眠たくなってきた。
少しだけ昼寝してしまおうと考えたとき。
後ろから誰かの腕が回ってきた。
一瞬驚いたが、見知った腕だとわかると緊張を解く。
「姉さん。こんなところで寝たら風邪ひきますよ。」
「おかえり、アル。」
軽く後ろを振り向けば、アルブレヒトが微笑んでいた。
「ただいま。」
アルブレヒトはサラの頬にキスすると、隣に腰かけた。
「今日は帰ってこないと思ってた。」
「セレモニーが終わってすぐに転移魔術を使いましたから。」
転移魔術は習得が難しく、なおかつ魔力消費量が多い。
その転移魔術を、アルブレヒトは最近になって使えるようになった。
「疲れてるんじゃない?部屋で休んだ方が……」
アルブレヒトはきらびやかな装飾の騎士服に身を包んだままだ。
「これくらいなんてことありません。」
サラの心配をよそに、アルブレヒトは涼しい顔で笑う。
「そうだ。来週まとまった休みをとれそうなんです。久々にどこか行きませんか。」
護衛騎士として多忙な身でも、アルブレヒトはサラを遊びに誘ってくれる。
いつもなら喜んで誘いに乗るのだが、生憎来週は難しそうだ。
「実は来週から西に出張になっちゃって。しばらく家を空けるね。」
サラが告げると、アルブレヒトはみるみる残念そうな表情になった。
「ご、ごめんね。帰ってきたら休みがもらえると思うから、そのとき行こう?」
「……せっかくあなたの仕事が一段落して、僕もやっと家に帰ってこれたのに……」
元気を出してと慰めるが、その甲斐もなくうなだれている。
人前で氷点下の空気を放つ姿は見る影もなかった。
「姉さんはひどい。」
「えっ?」
恨みがましい目でアルブレヒトは顔を上げた。
そのままサラの胸に顔をうずめる。
「僕ばかりが寂しい思いをしている。」
「そんなことないよ、私だってアルに会えないとさみし」
「僕の方が思ってる。」
食い気味に遮られ、思わず黙った。
「なんだかんだ姉さんは僕がいなくても平気なんです。家を出てから三年間会いに来てくれなかった。」
「それは、忙しかったから仕方がなくて……」
どうやら相当根に持っていたらしい。
「本当なら姉さんのことをずっと僕のそばに置きたい。家に優しく閉じ込めて守りたい。だけど、今のあなたは生き生きしていてとても楽しそうだから、縛り付けるようなことはしたくないんだ。」
「アル……。」
自分のことを大事にしてくれているのは分かっていたが、そんなことを考えていたとは思っていなかった。
「その代わり、証が欲しい。」
「証?」
「姉さんが僕の前からいなくならない証が。」
アルブレヒトが顔を上げた。
初めて会った日から、その青い瞳はずっと高潔だった。
吸い込まれるように見つめる。
「僕たち、結婚しましょう。」
「……えっ!?」
予想外の単語が飛び出して自分の耳を疑ったが、アルブレヒトの表情は真剣だ。
「僕にとってあなたは姉であり妹であり、一番大切な家族だ。今更関係性が一つ増えたところでそれは変わらない。」
「で、でも、私たち一応姉弟だし、結婚できないんじゃ」
「僕たちは血がつながっていないので、僕とあなたの結婚は法律上全く問題ありません。僕が婿に入るようなものです。」
「そうなんだ……。」
「僕と結婚すること自体は嫌ではないんですね。」
言われてサラは全く嫌ではないことに気づいた。
「……うん。」
「それなら大丈夫でしょう。」
サラの頬を長い指が優しく撫でる。
「あなたの目が好きだ。その目で見つめられると、どこまでも自分が綺麗な存在になれる気がして。」
「……私もアルの目が好きだよ。あと、努力家なところも、甘えたがりなところも。」
「そんな僕はあなたしか知らないです。」
自分の頬を伝う指に、サラは手を重ねた。
「私でよければお願いします。」
「あなたがいいんだ、サラ。」
目を伏せた綺麗な顔が近づいてくる。
サラも目を閉じて、そのまま受け入れた。
彼がいなければ、今の自分にはなれなかった。
今日までをのこと思い返しながら、アルブレヒトと出会いに感謝する。
「ありがとう、アル。」
大好きな腕の中に、サラは飛び込んだ。
穏やかな太陽と風に揺れる花たちだけが二人を見守っていた。
これで本当に「義弟ができました。」完結になります!
ここまで読んでくださって本当にありがとうございました!!
241108追記
評価・いいね・ブクマありがとうございます!!
そして誤字報告ありがとうございます!!
感謝です(泣)