第二十四話
全二十五回連載の二十四回目です。
「師匠、ご無沙汰しております!」。久しぶりに会ったヒッキーは随分たくましくなっている、保護者目線でそう感じました。人でごった返すコミケ会場ではなつかしい顔も多く見えましたが、やっぱり慣れません。ぴろ吉先生のブースは相変わらずの盛況ぶりで、私は今度も屋上で時間をつぶそうと思いましたが、外はさすがに寒く、大晦日の空はどんよりと重たげで、ちらほらと雪まで舞い始めました。夜半にかけて強く降り、朝方には積もりそうだと天気予報では言っていましたが、東京で元旦の積雪は珍しいのだそうです。コミケ終わりのオタクたちが年越しをするアニソンバーが池袋にあるそうで、先生と繰り出し、そのまま鬼子母神に初詣でに行くことになっていました。ヒッキーも誘ったのですが、「この後、シフトが入ってます。お正月も働きづめです~」。てっちゃんに声をかけるも、「この後、野暮用が入ってまして。いえ、その、彼氏の部屋で普通に紅白見ます」。腐女子のくせに生意気な。
「やばっ、すごい雪。電車、止まっちゃうんじゃない?」。「明日の朝とか絶対転びそう」。国際展示場駅への道すがら、そんな会話をしているコスプレイヤーたちの覚束ない足元を尻目に、東京の人はこれっぽっちの雪で大騒ぎするんだと、私と先生、てっちゃんの北国の少女三人組はよく分からない優越感にひたり、足取りも軽く帰路を急ぎました。「今日珍しい人に会ったんですよ」。てっちゃんはとっておきのネタというような感じで話しかけてきました。「昼間、池袋の大型書店に行ったんです。地下の漫画コーナーで先生に頼まれていた新刊を買って、それでいつものように四階の哲学書コーナーを漁って、同じフロアの喫茶店でお茶でもしようと思ったんですけど、そしたらいたんですよ」。「誰が?」。「びっこの貴公子ですよ。備え付けの椅子に腰かけて、考える人みたいな姿勢で熱心に座り読みしてたんです。久しぶりだったし、読んでるのはショーペンハウエルだったし、うれしくなっちゃって、危うく声をかけるとこでしたよ。元気してた~って。考えてみたら、話したこともない人なのに」――肩の上にのしかかっていた積み荷でも降ろしてもらったみたいに、体も心も、急にふわっと軽くなりました、足が地上3センチ位浮き上がったような感じ――「で、元気そうだった?」。「相変わらずですよ。くら―い顔つきで、元気ではなさそうだけど、何があっても柳に風、何とかやっていそうな感じっていうのかな。でも良かったです。心配してたんですよ」。「何を?」。「ほら、いつか師匠のアパートの近くで事故を目撃したって話したじゃないですか。何となくですけど、貴公子に似てないこともなかったんですよ」――「貴公子と言えば……」。果せるかな、先生はあの人を題材に新作を描いていました。足にけがを負った作曲家がリハビリと静養をかねて保養地に出かける、スランプに悩む中、偶然一人の美少年を見初める、作曲家は少年をストーカーのように追いかけまわす、そして徐々に精神に変調をきたし……清々しいほどの丸パクリです。
本作とも密接な(?)関連のある作品「カオルとカオリ」をセルフ出版(ペーパーバック、電子書籍)しています。こちらの舞台は北海道で、ティーンエイジャーである3人の少年少女が織りなす四つの物語から成る連作形式の青春小説です。第一部の「林檎の味」は小説家になろうでも公開しています。
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