番外 2人の旅 完
後日、ユエンが商人たちに指示をしてハンミョウ王国の様々な食材や調味料をユリアンナの元に届けてくれた。
その中にはユリアンナが欲して止まなかった『醤油』や『味噌』に近いものもあり、ユリアンナの料理のレパートリーも格段に増えた。
ユリアンナは当初、近しい人たちにのみ料理を振る舞っていた。
しかしお忍びで冒険者ギルドに遊びに来たユエンに食べさせてみたところ、ユエンはユリアンナの料理を大層気に入り王宮の料理人を弟子入りさせると言い出した。
一方、ユリアンナは冒険者ギルドを通じてアイゼン商会とやり取りを続けていたのだが、ヘンリクスはハンミョウ王国でのユリアンナの料理の評判を聞き、これらの調味料を仕入れて他国で販売することに決めた。
およそ1ヶ月後にヘンリクスはハンミョウ王国にやって来てユリアンナたちと再会し、ユリアンナの料理を食べて目玉が飛び出すほど驚いた。
「これは売れるっっ!!売れますよぉ~っ!!」
ヘンリクスが喜び勇んで調味料とレシピをイビアータ王国に持ち帰ったところ、ハンミョウ料理は王都で爆発的に人気を博した。
それをきっかけとしてイビアータ王国をはじめとする諸外国とハンミョウ王国の取引が盛んになり、それはハンミョウ王国に莫大な富をもたらした。
◇
「冒険者オズ、及び冒険者ユリ。このハンミョウ王国の文化・経済に多大なる発展をもたらした功績により、其方らに一代限りの男爵位を授与する」
オズワルドとユリアンナは国王の前に跪いて低頭し、叙爵の書状を受け取る。
「オズ・シーカー、ユリ・グロース。其方らに新しい名を与える。これからもハンミョウ王国の発展のために尽くしてくれると嬉しい」
国王がそう告げると、ハンミョウ王国の貴族たちが集った謁見の間は割れんばかりの拍手に包まれた。
「叙爵おめでとう、ユリ」
その夜開かれた祝いの夜会でユリアンナが王宮料理に舌鼓を打っていたところ、ユエンに声をかけられる。
「いつもユリにピッタリくっついているオズはどこかな?」
ユリアンナは貴族令嬢たちに囲まれているオズワルドに視線を移す。
イビアータ王国を出てから、オズワルドはあり得ないほどモテるようになった。
その類い稀なる美貌と強さが女性の心を惹きつけるのだろう。
当の本人の面倒臭そうな表情を見れば、あまり喜んではなさそうだが。
「オズは相変わらずモテモテのようだな。ハンミョウ一のモテ男の座を奪われるのは少し悔しいが………彼がユリから離れてくれるのはありがたいな」
実はユリアンナもかなり周囲の令息たちから熱視線を浴びているのだが、いつもオズワルドが牽制しているのと、その美しさがあまりに現実離れしているために気後れして声をかけるのを躊躇われているのだ。
「それで……君が爵位も得たことだし、私も本格的に動きたいのだけど」
「……?本格的に動く、ですか?」
「うん」
ユエンはトロリと微笑むと、ユリアンナの手を持ち上げて指先に口付ける。
「ユリ。ハンミョウ王国の王妃になる気はない?」
「………え?」
あまりに驚いたため、ユリアンナは持っていたフォークをポロリと落とす。
「お、王妃?ご冗談を。いくら叙爵されたとはいえ、元は平民ですよ?」
「たぶんユリはどこかの国の貴族だったでしょ?所作が洗練されているし、言葉遣いも綺麗だ。……それに、多言語を操る才女でもある。王妃として申し分ないだろう?」
ユエンは距離を取ろうとするユリアンナの手を握り、しっかりと指を絡める。
「全ての人が振り向くほどの美貌を持ちながら、自分の身を守れるほど強い。それから……料理が上手い。私が君に惹かれない理由がないよ」
有無を言わさないとばかりに顔を近づけて妖艶に微笑むユエンを、ユリアンナは困惑の表情で見ている。
握られた手にグッと力が入った瞬間、2人の間にブワッと風が立ち、握られた手が離される。
「………ユリは王妃にはなりませんよ」
風で弾かれたように仰け反ったユリアンナを、いつの間にか背後に移動していたオズワルドが抱き締めるようにして支える。
「……それを決めるのは君じゃないだろ?決めるのはユリ自身だ」
ユエンは墨色の瞳を細めてオズワルドを見据える。
「俺には口出す権利がありますよ。……俺とユリは近いうちに結婚しますから」
「「えっ?」」
驚いて目を見開いたユエンと一緒に、なぜかユリアンナも驚きの声を上げる。
「ちょ、ちょっと待って……結婚!?」
戸惑いながら振り向くユリアンナに、オズワルドは怪訝な目を向ける。
「……俺たち、ひとつの家に一緒に住んでるんだぞ?側から見れば明らかに〝同棲〟だ。俺は最初からそのつもりで『一緒に住もう』って言ったんだけど」
いつの間にか周りに集まってきたギャラリーから黄色い悲鳴が上がる。
ユリアンナは今、オズワルドが一年前に褒賞でもらった家にオズワルドと一緒に暮らしている。
「この国に長く滞在するなら宿代が勿体ないから」と言われ一緒に住むことになったから、ユリアンナとしては宿に泊まっている延長のような気持ちだった。
「だ、だって!オズってばそんなこと一言も言わなかったじゃない」
「一緒に住むんだからさ、普通分かるでしょ?それとも何、ユリは俺のことそんな無責任な男だと思ってたの?」
グッと強く抱き寄せられ、ユリアンナは口を噤む。
そんな2人のやり取りを、ユエンが呆れたような眼差しで見つめている。
「……あのさ。私が言うことではないかもしれないが、想いは言葉にしないと正しく伝わらないと思うぞ?」
ユエンの言葉を聞いてオズワルドは「ふむ」と呟いてしばらく考えた後、ユリアンナを抱き締める手を緩めて肩を掴んでくるりとひっくり返し、向かい合わせの格好にさせる。
そしてサッとユリアンナの目の前に跪くと、その漆黒の瞳を真っ直ぐにユリアンナに向ける。
「ユリ。出会った時からずっと、俺は君のことが好きだ。俺と結婚してくれないか?」
オズワルドのあまりに真っ直ぐな視線と言葉に、ユリアンナは困惑するやら驚くやら恥ずかしいやらで顔を真っ赤にして口をパクパク動かしている。
「……ユリ、返事は?」
オズワルドがあざとく首を傾げると、ユリアンナは両手で顔を隠しながら何度も首を縦に振った。
「は、はい!よろしくお願いします!」
ユリアンナが返事をすると、オズワルドは立ち上がってユリアンナを抱き上げた。
一瞬で会場が拍手、落胆の溜息、令嬢たちの悲鳴で埋め尽くされる。
「ユリ!大切にするから、ずっと側にいて」
出会った頃は背もそれほど変わらず声もあどけなさが残っていた少年は、出会って5年で身長はユリアンナが見上げるほどに伸び、すっかり立派な青年になった。
ユリアンナを高い位置で抱き上げて下から見上げるその漆黒の瞳には、もうずっと前からユリアンナしか映っていない。
その事実をまざまざと実感させられ、ユリアンナは火照る頰を抑えられない。
「ぶぁっはっはっは!たった今我が息子が見事に失恋したようだが、この国に多大な貢献をした2人の男爵の新たな門出を祝おうじゃないか!」
一部始終を見ていたらしい国王が号令をかけると、会場の楽隊が音楽を奏で出す。
すると見せ物のようにユリアンナたちの周りに集まっていた貴族たちは、悲喜交々の表情でダンスを踊り始めた。
「……其方らが結婚を機にこの国に定住してくれれば、儂としては言うことはないがな。その時はもちろん永代の爵位を授けるぞ」
そう小さな声で囁いてウインクして去って行った国王は、温和な顔をしてなかなか食えない性格の持ち主だ。
いまだに体を寄せ合って見つめ合うユリアンナとオズワルドをユエンが複雑な表情で眺めていたが、そのうちにマオシンがやってきてユエンを揶揄いながら何処かへ連れて行った。
◇
夜会の翌朝。
「♪~~♪~~~」
鼻歌と共にトントントン……という小気味いいリズムの音が聞こえている。
ユリアンナはいつものように、朝早くから2人分の朝食を作る。
ダイニングに味噌の優しい香りが漂い始めた頃、ギシリギシリと階段が軋む音がする。
「ふぁ………おはよ」
階段から降りてきたのは、まだ眠そうに目を擦りながら欠伸をしているオズワルドだ。
「おはよー、オズ」
いつものように料理の手を止めずに挨拶だけ返すと、音もなく近づいてきたオズワルドに背中からふんわりと包まれる。
「きゃっ!ちょっと、料理中は危な……」
ユリアンナが慌てて振り返ろうとすると、肩に顔を乗せていたオズワルドの漆黒の瞳と至近距離で視線が合う。
「………ふはっ。ユリ、耳の裏まで真っ赤っか」
くつくつと笑うオズワルドにムッとしていじけたユリアンナは、オズワルドを無視して黙々と料理を作る。
すると、無防備な項にチュッと音を立てて柔らかい感触が押し付けられる。
首筋を抑えて勢いよく振り返るユリアンナを、ニヤニヤと見つめるオズワルド。
(………ちょっと!結婚したらこれが毎日ってこと!?耐えられないんだけど!!?)
愛しい人を揶揄って満足そうなオズワルドと羞恥で悶え死にそうなユリアンナの楽しい毎日は、今始まったばかり。
~ fin ~
これにて本作は完結です。
最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
また次回作でお会いできることを楽しみにしています!
hama
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