番外 2人の旅⑩
「……何がそんなに面白いのか知らないけど。アンタが望むようにはならないよ」
オズワルドが言葉を発すると、フアナの笑い声がピタッと止まる。
「フアナ……君は私の話を聞いていなかったのかな?」
ユエンが子供を諭すように問いかけると、フアナは驚いたように目を見開く。
「言っただろう?……私の想い人はとっても強いんだ」
その言葉に、フアナは意味が分からないという風に眉を寄せる。
「はぁ……本当はアンタらの相手をするより、俺はあっちの方に行きたかったんだけど。何であんな奴に大事なユリを任せないといけないのか……」
オズワルドの苛立ちのこもった呟きは、罪人たちを捕縛するために入ってきた護衛騎士たちの騒めきの向こうに消えた。
◇
王宮から離れたどこかの建物の一室。
気を失ったユリアンナはベッドに寝かされていた。
オージンがベッドの端に腰掛け、ユリアンナの頰を気遣わしげに撫でている。
「ユリ嬢………こんなに美しい君を穢すのは流石の僕でも気が咎めるよ。……せめて初めてぐらいは僕が大事に抱いてやろう」
そう言ってユリアンナのドレスに手をかけようとした、その時。
オージンの手首を白く細い指がガシッと掴む。
「オージン様。おいたが過ぎますわね」
ユリアンナはパチッと目を開け、ムクリと体を起こす。
「なっ……ユリ嬢、どうして……」
「『どうして妖術にかからなかった?』……ですか?」
オージンはユリアンナの肩を荒々しく掴むと、目を見つめて再び黒曜の瞳を黄色く染める。
「無駄ですわよ、オージン様。貴方の術は『相手の目を見つめることで発動する』妖術。……そうですわね?」
「何故だ!何故かからない!?」
「その理由は簡単ですわ。貴方が見つめているのは私の瞳ではありません」
ユリアンナの言葉に、オージンは呆気に取られたようにポカンと口を開ける。
「〝幻術〟魔法を使って瞳の位置をずらしているのです。……貴方の精神操作はくらいませんよ」
そう言い終わるや否や、オージンはユリアンナを突き飛ばして転げるように部屋から出ようとした。
その時、見計らったようなタイミングで部屋の扉が開く。
「おーい、別嬪さん。無事か~?……何だ?コイツは」
現れた男は目の前にいたオージンを一撃で伸した。
「マオシン殿下。外のお掃除は終わりましたか?」
「ああ。思ったよりたくさんの破落戸を集めてやがった……まったく、人使いが荒いぜ」
疲れたように肩を揉みながら溜息をつくマオシンを見て、ユリアンナはクスッと笑った。
◇
「此度は貴殿らの協力を得られて本当に助かった。国内の不穏分子を殆ど炙り出すことができたよ」
ソファに座るユエンが鷹揚に頭を下げる。
「いえいえ。これが俺らの仕事ですからね」
向かいに座るエマーソンが謙遜しながら手をひらひらと振る。
「貴殿らも知っていると思うが、この国は魔術の類に不得手でね。以前私の婚約者候補に上がった令嬢が傷つけられた件では、二重三重に証拠が隠されて真犯人に辿り着けなかったのだよ。まあ、あれほど巧妙な工作ができるのは高位貴族に違いないとは思っていたが……」
ユエンは憂鬱そうに溜息をつく。
今回捕縛されたのは側妃の外戚でありユエンの実の叔父一家なので、多少なりとも思うところがあるのだろう。
「エイセイ侯爵家にシマニシ伯爵家。それからその金魚の糞みたいな下位貴族家がいくつか釣れたな。ついでに俺を王太子に推す勢力も一網打尽できたし」
ユエンの隣に座るマオシンは尊大な態度で足を組んでいる。
「マオシン殿下は次期国王になりたいとは思わないのですか?」
ユリアンナが尋ねると、マオシンはガハハと楽しそうに笑う。
「俺は国王なんて柄じゃねえよ!表の『良い顔』はユエンに任せて、俺は裏で伸び伸びやってるのが性に合ってる 」
現在のハンミョウ王国は、表ではユエンが誠実かつ堅実な政治を行い、裏ではマオシンが汚れ仕事を引き受けることで平和を保っているのだ。
「今回捕まえた奴らはどうなるんです?」
「そうだね……裁判次第だけど、重くて磔刑、軽くても罪人の焼印を施しての島流しかなぁ」
ユエンの言葉を聞いて、ユリアンナは首を傾げる。
『磔刑』に『島流し』……ハンミョウ王国は刑罰の方法も独特なようだ。
「それで……君たちの働きへの感謝の印に、報酬とは別に褒賞を与えたいと思ってる。何か希望はある?」
ユエンがニコリと笑うと、エマーソンがパァッと瞳を輝かせる。
「おおっ!俺は一にも二にも金!金さえあれば文句はねえです!」
「……俺は家が欲しいです。そんなに大きくなくて良いけど、キッチンが広くて、部屋が3部屋ある家」
「私は……この国の食材や調味料を全て知りたいです!!」
勢い良く手を上げたユリアンナに驚き、その場の空気が静かになる。
「……しょ、食材?」
「はい!私が追い求めていたものが、この国にある気がするんです!!」
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