番外 2人の旅⑨
夜会会場では、侍従に扮したオズワルドが給仕の真似事をしながらとある人物を監視していた。
監視対象の男は様々な貴族たちと機嫌良さそうに談笑していたが、一人の侍従が近づいてきて何やら耳打ちすると、会話を切り上げて会場から出て行った。
オズワルドは護衛に扮したエマーソンに目配せすると、2人は別々に行動しながら順次会場を後にした。
監視対象の男が向かった先は、王宮に用意されている個室のうちの一室だ。
男が扉の前に立つ護衛に権高に手を上げると、護衛は扉を開く。
「首尾はどうだ?フアナ」
「手筈通りですわ。お父様」
男はフアナの父であるエンセイ侯爵であり、ユエンの実母である側妃の実弟でもある。
部屋に入ったエンセイ侯爵が部屋の中央を見遣ると、気を失ったユエンが手足を縛られ、椅子に座らされている。
「うむ。それでは始めようか」
エンセイ侯爵が手を上げると、傍に控えていた黒装束の男が歩み出てくる。
黒装束の男は気を失って項垂れているユエンを揺り起こす。
「ん……………はっ。ここは……?一体、どうなってる?」
目を覚ましたユエンは体を動かそうとするが、がっちり縛られていて身動きが取れない。
「これはユエン殿下。お目覚めかな?」
「………叔父上。これは一体どういうことですか?」
ユエンが侯爵を睨み付けると、侯爵はわざとらしく肩を竦める。
「いえね。殿下が素直にフアナへの想いを自覚してくだされば、ここまでするつもりはなかったのですがね」
「……フアナを王太子妃にすることが狙いか?何のために?」
ユエンがなおも問い詰めると、侯爵はフフンと鼻を鳴らす。
「目的と言えば、そうですなぁ……。可愛い娘の恋心を何としても叶えたかったのですよ。あとは……我が侯爵家の地盤をさらに強固にしたいぐらいですかな」
「はっ……もしかして………以前私の婚約者候補に上がっていた令嬢を害したのも貴方の仕業かっ!?」
そもそも王太子であるユエンに19歳まで婚約者が決まっていないことが不自然であるが、実は過去に何度か婚約者候補が上がるたびにその令嬢が襲われたり怪我や病により辞退するということが起き、婚約者選びが難航していた。
「ははははっ!あなたが初めからフアナを選んでおけば彼女らも傷を負わずに済んだものを!」
悪役よろしく高笑いするエンセイ侯爵を、ユエンは下唇を悔しそうに睨み付ける。
「侯爵……こんなことをして、ただで済むとお思いか!?」
「ただで済む……でしょうなぁ。殿下は今から我々の傀儡となるのだから」
「傀儡だと……?」
「ええ、そうですよ。先ほどフアナが淹れた茶には王族に施されている様々な守護魔術を解除する薬が混ぜられておりました。そして……貴方は今から『我々の言うことを何でも聞く』妖術をかけられ、我々の傀儡となられるのですよ……」
そう言って高笑いをした侯爵が「やれ」と指示すると、黒装束の男がユエンの顔の前に手を翳し、何やらぶつぶつと呪文を唱え始める。
手から黒い靄のようなものが現れ、ユエンの頭部を包み込む。
「うわっ……やめろ!」
ユエンがジタバタと暴れる様子を口元を歪めながら見ているエンセイ侯爵とフアナ。
───次の瞬間。
突如黒装束の男の足元から這い上がるように氷が現れ、一瞬で男を覆い尽くした。
「な、何だ!?」
突然の出来事に動揺したエンセイ侯爵が慌てふためいていると、個室の扉が乱暴に開かれる。
「はいはい。現行犯逮捕ってやつだな!」
扉から入ってきたのはエマーソンとオズワルドだ。
エマーソンはあっという間にエンセイ侯爵を縛り付け、床に組み伏せた。
「何だお前らはっ!!護衛はどうした!!」
侯爵はジタバタと暴れながら首を動かして辺りを見回るが、侯爵が用意していたであろう護衛の姿は見当たらない。
「ああ、外で待機してた奴らなら無力化したよ。数はそこそこ多かったけど質が悪いな」
涼しい顔をしてオズワルドが答えると、侯爵の顔が一瞬で恐怖に染まる。
その様子を見ながら一歩、また一歩と気づかれないよう静かに部屋を出て行こうとしていたフアナだが、扉の近くまで来たところで一気に駆け出した。
しかしすぐに足元が氷漬けになり、体勢を崩して膝をつく。
「きゃあっ!」
「何こっそり逃げようとしてんの?見逃すはずないでしょ」
エマーソンは侯爵の背中を足で踏んで拘束しながら、全身氷漬けになった黒装束の男を見遣る。
「しかし一流の〝妖術師〟と聞いてどんなもんかと思ったら……大したことなかったな」
実はハンミョウ人は魔力はあれど体質的に上手く魔法を使うことができない。
そこで魔法の代わりに発展したのが〝妖術〟という催眠術や呪いの一種で、それらを扱う者を〝妖術師〟と言った。
〝妖術師〟は普段は主に治癒師としてその役割を果たしているが、彼らの最も得意とするところが〝精神操作〟である。
もちろん悪意を持って他人を精神操作することは法律で禁じられているが、稀にこういった犯罪が起こり、相手が一流の〝妖術師〟である場合、尻尾を掴むのが難しいのが現状なのである。
「そこの2人……安全が確保されたなら拘束を解いてくれないか」
ユエンが苦しげに呟くと、エマーソンがハッとした顔をしてすぐさま拘束を解いた。
拘束を解かれたユエンは手首を摩りながら立ち上がるが、かなり強く縛られたのか両手首が赤黒くなっている。
「はぁ……愚かなことだ。そもそもエンセイ侯爵家は母上が側妃となった時点で大きな力を得ただろう?それで満足出来なかったのか?」
呆れたようにユエンが見下ろすと、組み伏せられたまま侯爵は悔しそうに唇を引き結んだ。
「弱い奴は一回力を手にしちまうと、それが永遠に続くことを願ってしまうんだよなぁ。侯爵家の今の権勢が他の家に移ることを恐れたんだろう?」
エマーソンも同じように呆れながら頷いた。
「………くだらない」
極め付けに、オズワルドが吐き捨てた。
「ふ……ふはは……はははは………あー、おかしい」
何とも言えない空気が漂う中、いきなりフアナが狂ったように笑い出す。
「私たちを捕まえたって、どうせユエンお兄様の想い人は戻ってこないわよ。あの阿婆擦れは今頃キズモノにされて廃人のようになってるわ!」
ひーひーと腹を捩らせながら大笑いするフアナを、ユエン、オズワルド、エマーソンはひたすら温度のない視線で見つめていた。
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本日は4話更新。
最終回は22時更新です。





