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番外 2人の旅⑤

 ニレシュの東のさらに南の国を通り抜け、2人がハンミョウ王国に辿り着いたのはニレシュを出て3ヶ月後のことだった。

 道中、2人はお目当ての海鮮料理をたらふく食べ、その合間に冒険者の依頼をこなした。

 海運業に深刻な影響を与える海の魔獣『クラーケン』の討伐実績が認められ、ハンミョウ王国に入る頃にはS級冒険者にランクアップしていた。


 山脈を抜けしばらく進むと、木で作られた簡素な家がポツポツと立つ集落が見えてきた。

 お世辞にも整えられているとは言い難い、あまりに未開の村。

 王都への道順を尋ねたくて住人に話しかけてみるが、なんと言葉が通じなかった。


 隣国の商人から少しだけ習ったハンミョウ語を頼りに身振り手振りを加えて何とかこの辺で一番大きな街を聞き出し、歩いてそちらに向かう。

 ちなみに移動には高度な〝身体強化〟魔法を使っているため、一日中歩いても肉体疲労は殆どない。

 移動に馬車や馬を使わないのは、その土地をよく見てみたいというユリアンナの希望だ。


「この国に入ってから、雨が多いな」


 蒸し蒸しとした空気の中、今にも雨粒が落ちて来そうな重い空を見上げてオズワルドが呟く。


「そうね。暑くて雨の多い気候だから稲が自生しているのかも」


 地形のせいなのかこのハンミョウ王国は高温多湿で、点在する沼地に稲のような植物が自生している。

 湿度が高い……山と海に囲まれた地形……外国との取引が少ない………これは、かなり日本と条件が似ているのでは?

 ユリアンナは期待に胸を弾ませながら、山麓の村の住人に教えてもらった街へと向かった。





 半日ほど歩くと少し大きな街に出た。

 これまで経由してきたどの国とも雰囲気の違う、独特な木造の建物が立ち並ぶ街並み。

 そして何より、そこに住む人々の髪や目の色が黒いことに2人は驚いた。

 正確に言えばオズワルドの髪や目のように光を全て吸い込むような黒ではないが、限りなく黒に近い茶や灰の髪や目の者ばかりで、外套から覗くユリアンナの目の色が珍しいからか、行き交う人が皆ユリアンナを振り返っている。


「……驚いたな。世界はやっぱり広いんだな」


 そう呟くオズワルドを、ユリアンナは嬉しそうに見つめている。

 その視線に気づく風でもなく、オズワルドは街のある一角を指差す。


「あそこに商店があるけど、寄ってみる?珍しい食材が見つかるかも」


 ユリアンナが頷くと、オズワルドはユリアンナの手を引いて商店の扉を潜った。


 店内はいかにも地元の民が利用しているといった風情で、食料品や生活用品が雑多に並んでいる。

 棚をじっくりと見て回っていたユリアンナは、店の一角で足を止める。


「……この黒っぽい液体が気になるわ」


 ユリアンナは店員に話を聞こうとしたが、やはり言葉が通じない。

 他国との交流があまりないハンミョウ王国では、独自の言語が発達しているようだ。

 身振り手振りでコミュニケーションを取り、何とかこの液体を試飲させてもらうことになった。


 店員がスプーンに液体を注ぎ、ユリアンナに差し出す。

 ユリアンナはスプーンを受け取り、ペロッと舐める。


「………うーん……甘味が少ないけど、醤油と言えないこともないような」


「〝ショーユ〟?」


「そう、私が探してる調味料のひとつ」


 ユリアンナが店員に身振り手振りでさらに話を聞くと、この液体は『ジャン』というらしい。

 ついでに王都へ行く道順を尋ね、2人は店を出た。

 この街からは王都へ行く乗り合い馬車が出ているらしい。

 2人は馬車に乗って王都へ向かうことにした。





 ハンミョウ王国の王都はやはり他国とは一風変わった街の作りをしていたが、人で溢れとても栄えていた。

 ここでもやはり黒っぽい髪と目の人が多く、紅の瞳のユリアンナは人目を引いていた。


 とりあえず宿屋を探して当面の寝床を確保し、冒険者ギルドに顔を出して依頼や自分たち宛の連絡を確認する。

 ギルドのカウンターでS級の腕章を見せると、慌てて奥から支部長を名乗る筋肉隆々の男が出てきた。


「よくぞハンミョウ王国まで来てくれた!こんな僻地まで来られるS級の冒険者はなかなかおらんのだ」


 少し訛りのある公用語で朗らかに挨拶してきたその男は、自身もS級の冒険者であるエマーソンと名乗った。


 ハンミョウ王国は言葉も文化も独特で他の国からの移動も容易でないため、ここまで来たがる高ランクの冒険者はなかなかいないらしい。

 そのため、高ランクの冒険者でしかこなせない依頼が溜まりに溜まっているのだとか。


「私たち、しばらくこの国で暮らすつもりなのでお役に立てると思います。どんな依頼があるのか見せていただいても?」


 ユリアンナの申し出に、エマーソンは喜び勇んで依頼書をカウンターに並べる。

 大型魔獣の討伐依頼、難易度の高い素材の調達依頼、それからVIP顧客の護衛依頼。

 VIP顧客は大体やんごとない身分の方であることが多い。


「できたら、お前さんたちにはこの依頼を受けてもらいたい。今まではこの顧客からの依頼は俺が受けていたんだが、今回ばかりはそうもいかなくてな」


 差し出された依頼書にはVIP顧客の護衛依頼と書かれてあり、依頼書の隅の方には『女性の冒険者希望』と手書きで書き足されていた。




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