番外 ミリカのその後
どこで間違ってしまったんだろう。
どうするのが正しかったんだろう。
ただ、小さな頃から望んでいた未来が断たれてしまったことだけは確かだ。
後悔しようにも、何を後悔すればいいのかが分からない。
分からないから、人のせいにすることしかできない。
ユリアンナを恨むことしかできない。
閉じていた瞳を開くと、視界に入る光景にミリカはウンザリした。
目が覚めたら違う場所にいることを願って瞳を閉じたけれど、ミリカは相変わらず同じ場所にいる。
アレックスに処罰を言い渡された日、ミリカは呆然としている間に無理やり囚人護送用の馬車に乗せられ、生まれ育ったダニール領へと2週間かけて強制的に連れてこられた。
ダニール領主邸に着くと、窶れた様子のミリカの両親が屋敷の前に立って出迎えてくれた。
母はずっと泣いていた。
屋敷に入るとすぐに応接室へと通され、そこにはダニール伯爵と大岩のような体躯の息子が座っていた。
「ミリカ。馬車での移動、疲れただろうが先に話しておかなければならないことがある」
ダニール伯爵がそう切り出した時、ミリカは疲れ切っていて少しも声を出したくない状態だった。
だから、何も言わずに頷いた。
「王都であった出来事は、私たちも聞いている。非公表ではあるが、君は犯罪者としてここに送られてきた。それは理解しているね?」
「………はい」
「そして、私はある条件を提示して君をここに受け入れた。その条件も聞いているね?」
「……………はい」
アレックスはミリカにこう言っていた。
『地元に戻り』『伯爵子息と結婚』することが罰だと。
「これは君にとっても悪い話ではないはずだよ。私は君の能力を買っているんだ、ミリカ。息子のディミアンと結婚して、その能力を領地のために活かして欲しい」
ダニール伯爵の口調はとても穏やかだ。
ミリカは伯爵の隣に座るディミアンに視線を移す。
ディミアンは日に焼けやすいのか全体的に浅黒く、髪の毛は金色というよりは脱色した時の髪色のような薄い黄色だ。
四角い顔の中に大きくも小さくもない目と、先が丸い鼻と、上唇が分厚い口が適度に配置されている。
お世辞にも美男とは言えない素朴な顔立ち。
これが自分の夫になるという現実を、ミリカは受け入れ難かった。
「あ、あの………もし、もしもなんですけど………私が結婚を拒否したらどうなるんですか………?」
本当はこんなことを聞いてはいけないことは分かっている。
しかし、聞かずにはいられない。
できることなら別の未来を夢見たい。
「どうもしないよ?」
恐る恐る聞いたミリカの心情を知ってか知らずか、伯爵はけろりと答える。
「その場合は、使用人として働いてもらうだけだ」
「えっ………」
「それも嫌なら、出て行って自分で暮らす場所やら仕事を探してもらわなきゃならないね。ここを出たとしても、どちらにしろ貴族家の使用人として働くか、平民のように市井で働くかしかないと思うけど」
伯爵の話を聞いて、ミリカは唖然とした。
伯爵はミリカにとって一番良い条件を提示してくれていたのだ。
元々ミリカは王子妃になるつもりだった。
それが叶わなくても、高位貴族の妻に。
だから、ユリアンナのように市井で暮らせるような準備は全くしていない。
ここを出て、一人で生きていくことなどできるはずもなかった。
「婚姻を………受け入れます………」
結婚さえすれば、ミリカは貴族でいられる。
しかも伯爵夫人だ。
数年社交を頑張っていれば、もしかしたらより良い縁を掴むこともできるかもしれない。
ミリカはそんな打算のもと、ディミアンとの婚姻を受け入れた。
◇
ディミアンは恐ろしくシャイな男で口数が少なかった。
いつも黙々と働いていて、娯楽にふけるところを見たことがない。
歳は23とまだ若いのだが、寡黙なのと身なりに気を使わないせいで10は老けて見える。
ミリカが領地に戻ってから半年後に2人は結婚したが、結婚したとて夫婦らしい交流はまるでなかった。
ディミアンは体を使う仕事が得意で、常に外に出て領民と共に泥と汗に塗れながら野良仕事をしている。
ミリカはディミアンの代わりに伯爵から書類仕事を習って少しずつ覚えて行った。
結婚して分かったことだが、この伯爵領は北部の厳しい気候のせいか、農作物の育ちが悪い。
100年前までは鉄鉱山があってそれなりに稼げていたようだが、鉄鉱が枯れてからは生活が貧しくなる一方だった。
腐っても伯爵夫人だしとたかを括っていたが、とてもじゃないが王都の貴族のような贅沢な暮らしはできない。
ミリカは前世でよく読んだ転生ものの小説を思い出し、『前世チート』が使えないだろうかと考えた。
さすがに文明の利器と言われるようなものを作るのは無理だけれど。
例えば、この世界にはない『美味しいスイーツ』を作るのはどうか。
マカロンとかジェリービーンズとか、カラフルで可愛いスイーツなんか作ったら王都で流行ると思うのだ。
………そう思ったのだが。
〝桃奈〟は裕福な家庭で育ったために料理を全くしたことがなかった。
だから、それらのスイーツがどんな材料でどうやって作られたのかが全く分からない。
他にも、前世で使っていたような化粧品を作ったらどうかとか、アクセサリーを作ったらどうかとか考えたが、それを実現するだけの知識や技術をミリカは持ち合わせていなかった。
(………私って一人では何にも出来なかったのね)
今まで自分が無力などと一度も思ったことがなかったが、ここに来て初めてミリカは自分を客観的に見つめた。
勉強してマナーさえ身につければ王子妃になれると思っていたけど、本当はそんなに簡単な話ではなかったのかもしれない。
そんなことを考えながらぼんやりと庭を眺めていると、野良仕事を終えたディミアンが屋敷に戻ってきた。
「……お帰りなさい、ディミアン様」
ミリカが声をかけると、いつもは手を軽く上げてそのまま通り過ぎるディミアンが珍しく近寄ってきた。
「………どうした?」
「え?」
「元気がないな」
そう言われ、ミリカは水色の瞳をぱちくりと瞬かせる。
ディミアンがそんなことに気づいて声をかけてくれるなんて思わなかった。
「そう……ですね。色々考えてたけど、私って役立たずだな~って思って」
ミリカがそう言うと、ディミアンはしばらくミリカの顔を見つめた後、片手の甲でグイッと自分の鼻を擦る。
すると、手が汚れていたのか、鼻の上に泥の筋が走る。
「ぷっ………あはははっ!」
泥で汚れたディミアンの顔を見て、ミリカは思わず噴き出す。
腹を抱えて笑うミリカを、ディミアンは何も言わずに後頭部を掻きながら見ている。
ミリカが一頻り笑い終えると、ディミアンがぽつりぽつりと話し出す。
「……ミリカが役に立ってないなんてことは、絶対に、ない。俺はこんなだから、お前の明るさに、いつも助けられてる」
それは攻略対象者たちのように小洒落ても情熱的でもない言葉なのに、なぜかミリカの心を打った。
(全然イケメンじゃないのに……変なの)
ミリカにはその理由が分からなかったが、悪い気分ではないなと思った。
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