番外 攻略対象者たちのその後 〜アーベル編②
夫人はすぐさま立ち上がり、アーベルの目の前で跪き、床に額を擦り付けた。
「アーベル様、申し訳ございません!!最初の数回で『出来ない』と決めつけ、どうせ出来ないならやっても仕方がないだろうと教育を怠ってしまいました……!」
あくまでもユリアンナの〝不出来〟との評価を変えずに言い訳をする夫人の態度が、遂にアーベルの逆鱗に触れる。
「夫人はシルベスカ公爵家を謀るのがどれほど重い罪なのか、理解しておられないようだ。これ以上嘘を重ねるのであれば、王家の正式な許可を得て〝自白〟魔法による尋問にかけさせてもらうが?」
〝自白〟魔法は精神に強く作用する魔法を用いて対象者の本音や記憶を引き出す魔法で、重罪を犯した犯罪人に用いられる尋問方法だ。
〝自白〟魔法にかけられた者は一定期間、脳の記憶を際限なく引き出し続けるため、魔法が切れた後は脳の機能が破壊され、廃人のようになると言われている。
「ヒッ……!〝自白〟魔法……!?す、全てお話ししますのでどうかそれだけはご勘弁くださいませっ……!!何卒……何卒……!」
マーゼリー夫人は顔面蒼白となってアーベルの足に縋りついた。
それをアーベルの護衛が引き剥がし、引き摺るように向かいのソファに座らせる。
「………話してもらおうか」
アーベルが促すと、夫人はがっくりと肩を落としたまま、語り始めた。
◇
マーゼリー伯爵夫人ことエラ・マーゼリーの生家はポルカ侯爵家で、アーベルの父であるマルクス・シルベスカとは学園の同級生だった。
エラは女子生徒の中では最も賢く才女と呼ばれ、その当時はマルクスの婚約者候補の筆頭と目されていた。
それぞれの父であるポルカ侯爵とシルベスカ公爵も半ばそのつもりでエラとマルクスに交流を持たせ、その中でエラはマルクスに恋をしたのだという。
最終学年を迎え、このまま婚約が成立することを期待したが、事態はエラの期待通りにはいかなかった。
突然、西の隣国との政略結婚の話が舞い込んだからである。
当時は未婚の王族がおらず、未婚の者の中で一番地位が高いのがマルクスだった。
隣国からの縁談の打診を、マルクスは二つ返事で受ける。
それは政治的にそうした方が良いということと、それをすることでマルクスは王家に恩を売れるため、ひいては自分のためになるとの判断だった。
しかしそれに傷ついたのは、マルクスを慕っていたエラだ。
恋慕った人が簡単に他の相手を選んでしまった事実を、若干17歳の少女は受け止めきれなかった。
結局マルクスは学園卒業後に隣国の王女と結婚し、エラは誰とも婚約しないまま学園を卒業した。
ポルカ侯爵は急いでエラの嫁ぎ先を見繕ったが、エラはそれを受け入れなかった。
そして王宮文官の試験を受け、文官として働き始める。
結婚もせぬまま文官として働いて8年経った頃、エラの働きぶりをずっと見ていた上司であったマーゼリー伯爵と結婚し、退官することとなる。
ちょうどその頃、シルベスカ公爵家の嫡男として誕生したアーベルが4歳となり、家庭教師を探していた。
その話が巡り巡ってエラのところに届いた時は何の因果かと思ったが、エラはその話を受けることにした。
過去に愛した人の子供を見たら嫉妬心が湧くかと思ったが、嫉妬心は全く起きなかった。
アーベルは見れば見るほどマルクスに似ていて聡明で、まさに神童だと思った。
3年ほど幼少教育を担当した後はお役御免となった。
それから程なくして、マルクスから長女の幼少教育を担当してくれないかと打診が届く。
エラは迷うことなくそれを受けた。
アーベルの教育を担当したことで、大丈夫だと油断していたのだ。
そのことを後悔したのは、初めてユリアンナに会った瞬間だった。
見る人を魅了する煌めく紅色の瞳に、天使のように愛らしい顔立ち───かつてエラの愛する人を奪った、隣国の王女にそっくりだったのである。
ユリアンナは非常に素直で教師の言うことをよく聞く子だった。
アーベルには劣るが覚えも早く、このまま育てば才女と呼ばれたエラのようになるだろうと思われた。
そのことが、エラの嫉妬心を酷く刺激した。
何度目かの教育を終えた後、エラはマルクスにユリアンナの教育状況を報告した。
マルクスは歳を重ねても美しく、エラは久しく忘れていた恋心が再び熱を帯びるのを感じていた。
そして熱に浮かされたまま、魔が差してしまった。
「ユリアンナ様は覚えが悪うございます」
そう虚偽の報告をしてしまったのだ。
しまった!と思ったが、後の祭り。
しかし、エラはその後のマルクスの一言に目を見開いた。
「そうか……アレは使えないか」
それを聞いて、エラの心は仄暗い喜びで満たされた。
マルクスはエラの一言で、あの憎き王女によく似た娘を切り捨てたのだ。
その後も、エラはマルクスに報告に行くたびにユリアンナを悪く言った。
その度に公爵家でのユリアンナの待遇が悪くなることを感じていたが、エラはもう止まれなかった。
エラはユリアンナを通して、母である王女を貶めて愉悦に浸っていたのである。
3年後、エラは幼少教育を終えて公爵家へ通うことはなくなった。
ユリアンナが不良品だったことで不貞を疑ったマルクスが妻を見限ることを密かに期待していたが、それは叶うことはなかった。
ユリアンナに対しては微かな罪悪感は残ったが、母に似て生まれてきたのが悪いのだと自分に言い聞かせた。
その後、アーベルの幼少教育を担当したことが評価され、エラは押しも押されもせぬ人気家庭教師となった。
社交界に『マーゼリー伯爵夫人』の名が轟いたのである。
◇
マーゼリー夫人は涙ながらにこれらの過去を語ったが、アーベルには少しの同情心も湧かなかった。
むしろ怒りが限界突破して今にも殴りかかりたい衝動を抑えるのに必死だった。
アーベルはその場でマーゼリー夫人を幼児虐待の罪で拘束し、騎士団に身柄を引き渡した。
その後シルベスカ公爵邸に戻り、父であるシルベスカ公爵に全てを明かした。
シルベスカ公爵は話を聞き終わった後、渋い表情でこう呟いた。
「………そうか。アレには使い道があったのだな」
父が実利主義で利益のためには感情など無駄なものだという考えなのは知っていたが、その呟きはアーベルを失望させるのに十分だった。
シルベスカ公爵は、公爵家の名を貶めたとしてマーゼリー伯爵夫人を厳罰に処させること、また放逐を言い渡したユリアンナに関しては、卒業パーティーでの断罪が冤罪であったことを公表し、再びアレックスと婚約すれば、公爵家に復籍しても構わないと言った。
アーベルは父の執務室を出て、溜息をひとつついた。
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