59. 夢の終わり④ 〜ミリカside
地団駄を踏んで悔しがるミリカを、オズワルドは心底つまらない者を見るような目で見遣り、言葉を投げかける。
「ああ……何を勘違いしてるか知らないけど、俺が会話を記録していたことはユリは知らないよ。全部、俺が独断で勝手にやったことだから」
「そうなのか?裏切られた時のためにユリアンナが準備していたのかと思ったが」
意外そうな声を上げたのはアレックスだ。
その言葉にオズワルドは首を振る。
「いや、ユリは知らない。多分今でも知らないはずだ。ほら、ユリってちょっと〝お人好し〟なところがあるだろ?ユリはそこの彼女が裏切るなんて微塵も考えてなかったよ」
「だったら、何で……?」
次に疑問を発したのはミリカだ。
呻くように声を上げると、オズワルドはその美しい漆黒の瞳をミリカに向ける。
「だってさぁ。君……性格の悪さが滲み出てて、どう見ても裏切りそうだったんだもん。でも、会話を録画したのはあくまでも保険だったんだ。君が裏切った時にユリを助けるための保険。君が最後にユリとの約束を守っていれば、出すつもりはなかったんだよ」
あまりに辛辣なオズワルドの言葉に、ミリカは喉が詰まって言葉が出ない。
ハクハクと口を動かすだけになってしまったミリカにもうこれ以上意見はないと思ったのか、アレックスは最後通牒を突きつける。
「ミリカ嬢……君への刑罰は、『地元に戻り』『ダニール伯爵子息と婚姻』することだ」
「え………ダニール伯爵子息?」
ミリカは頭の中でその言葉を反芻する。
ダニール伯爵子息、ダニール、だにーる………そんな人物は攻略対象者の中にはいない。
「ダニール伯爵は君の両親が仕える領主だよ」
そう言われて初めてミリカの頭にダニール伯爵子息の顔が浮かぶ。
田舎領主の息子らしく大岩のような体格で浅黒く、四角い顔の青年。
全く眼中になかったので性格はよく覚えていないが、毒にも薬にもならないような朴訥とした男だったように思う。
「私が、何故!?」
思わず不満を漏らしたミリカを見て、アレックスが呆れたような表情をする。
「何故、とは?男爵令嬢の君が次期伯爵夫人になれるんだから、大出世だろう?何の不満がある?」
だってミリカは学園でも成績優秀で、高位貴族からの覚えもめでたい〝ヒロイン〟なのだ。
田舎伯爵に嫁ぐような、そんな平凡な女ではないのだ。
「わ、私は……だって………」
反論したいが「私は高位貴族たちに愛されているから」などと自分で言うのは、さすがのミリカでも躊躇われる。
言葉にならない呟きを繰り返していると、アレックスが口を開く。
「ああ、君に好意を抱いていたジャックとサイラス、あとアーベル殿は君を引き取る気はないそうだ。昨日地下牢で君の本性を知って、大変驚き憤っていたよ」
「え」
「それから、暗殺者のルキエルにも君の計画の話は伝えてある。『俺はミリカに騙されていたのか』とショックを受けていたようだったよ」
「………………」
畳み掛けるように攻略対象者たちのことを聞かされ、ミリカは遂に閉口してしまう。
「本来は王族を謀った罪というのは重いんだ。しかし公の場でユリアンナを断罪してしまったから、王家の面目を保つためにユリアンナがそのまま罪を被ってくれた。そして、表向きは君には何の罪もないことになる。………しかし、実際には僕たちは君の犯した罪を忘れることはない。君が地元に帰ったら、王都には二度と足を踏み入れることはできない。ダニール伯爵には既に事のあらましを話してある。その上で、君を息子の妻にと望んでくれたのだ。元々領地から出ることは殆どない家だから、王都に入れなくても構わないと。折角そんな懐の深い領主に受け入れてもらったのだから、君は精一杯伯爵領のために尽くして、これからの人生で罪を償うと良い」
オズワルドは知っていた。
攻略対象者たちと結ばれないことがミリカにとって一番の罰になることを。
だから、この処罰をアレックスに進言したのだ。
伯爵領には昨日魔法で手紙を飛ばし、その日のうちに返事をもらっている。
最初は領地に追い返すだけの予定だったが、ミリカを息子と婚姻させると言い出したのはダニール伯爵だ。
元々学園入学前からその予定だったし、息子もミリカを好いているという。
それでも伯爵夫人が王都を出禁なのは困るのではないかと問うたが、伯爵子息は派手なことが苦手で社交場に出たがらないのでちょうど良いと返された。
一方、ミリカの両親はミリカが学園を卒業したら戻ってきて伯爵家に嫁入りすると信じていたので、今回の騒動を聞いて、あまりの恐れ多さに倒れてしまったらしい。
ミリカは子供の頃から夢見がちな少女で、「王子様と結婚する」と繰り返し言っても両親は子供の戯言だと可愛がるばかりで嗜めることをしなかった。
もっと真剣に「夢を見すぎるな」と嗜めておけばよかったと、泣いているという。
オズワルドの予想通り、アレックスから処遇を言い渡されたミリカは魂が抜けたように黙って座り込んでいる。
罪の意識を感じにくい人間のようだから、ここまで来てもまだチャンスがあるんじゃないかと期待していたのだろう。
ミリカが王都に来ることは二度とない。
例えどうにかしてやって来たとしても、攻略対象者たちは二度と相手にしないだろう。
現実を受け入れて、田舎でコツコツ頑張ってくれれば良いが。
(………この女には、無理かもな)
オズワルドは茫然自失のミリカを尻目に、アレックスを促して貴族牢を後にした。
ミリカは訳が分からないままその日のうちに無理やり王宮を出され、故郷の領地へ向かう馬車に乗せられた。
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