46. 牢の中
ユリアンナは護衛騎士に引きずられるように馬車に乗せられ、王城に着くと貴族牢ではなく一般の重罪人が入れられる地下牢に収容された。
すでにシルベスカ公爵家とは縁を切られているため、平民として裁かれるのであろう。
馬車に乗った時点で既に〝悪役令嬢〟の演技をやめていたユリアンナは、馬車から降りると先ほどまで泣き叫んでいた人物とは別人のように静かに牢へ入った。
その変わりようは、ここまで連行してきた護衛騎士が通常の罪人のように手荒に牢にぶち込むのを躊躇ってしまうほどだった。
地下牢に入れられたユリアンナは、連行してきた護衛騎士が去っていくのを見届けてから〝空間収納〟魔法により亜空間から敷物を取り出した。
野宿の可能性も考えて準備していたものだが、冷たくて硬い地下牢で役に立つのは想定外だった。
ユリアンナは牢の壁に背をつける形で床に腰を落ち着ける。
亜空間には様々なものを入れているため牢の中をもっと快適に仕上げることもできたが、さすがに見張が来たときにバレてしまうとまずいので最低限に留めた。
再び亜空間から取り出した水筒で暖かいお茶を飲むと、この冷たい地下牢にいてもいくらか体が温まった気がした。
〝無能で愚か〟のフリをしていたことが功を奏した。
ユリアンナが魔法を使えることが知れ渡っていれば、こうして牢に入れられる前に魔法を封じる魔道具を取り付けられていただろう。
正直言って、今のユリアンナほどの魔法の実力があればこの牢から逃げ出すことだって可能だ。
だがユリアンナはそれをせずに、ただ静かに沙汰が言い渡されるのを待つと決めている。
少し落ち着いたところで、ユリアンナは今日の出来事を思い返していた。
ユリアンナの罪を暴く攻略対象者たちの様子。
サイラスやジャック、アーベルがユリアンナに憎悪を向けていたことはゲームのシナリオ通りだったが、アレックスが終始辛そうな顔をしていたのが印象的だった。
ユリアンナを断罪する瞬間、アレックスの心に去来したのは罪悪感だろうか。
《イケパー》においてアレックスは最も正義感の強い青年だ。
ユリアンナの凶行の原因がアレックスへの思慕だとしたら、こうなる前に防げたのではないかとアレックスが罪悪感を抱いてもおかしくはない。
(ただの茶番劇にあんな辛いお顔をされるなんて……殿下には悪いことをしちゃったわね)
全ては仕組まれた茶番なのだから、アレックスは罪悪感など抱く必要はないのだ。
生来〝お人好し〟のユリアンナはアレックスに申し訳なく思いつつも、愛しいミリカとのこれからの幸せを願うことしかできない。
アレックスの正義感の強さは想定以上だったが、その他の面々は概ね思った通りの反応だった。
特に、父のシルベスカ公爵。
いとも簡単に娘を切り捨てて「自分は関係ない」と言い放つ姿は、前世の〝琴子〟を捨てた両親を彷彿とさせる。
(所詮、血の繋がりなんてそんなものよね)
前世を経験している今のユリアンナだからこそそう割り切れるが、ゲームの〝ユリアンナ〟はあんなに愛されたいと願った家族から簡単に見捨てられ、その絶望は如何ばかりだっただろうか。
処断を待つ間、この地下牢で小さく蹲って何を考えたのであろうか。
「それにしても………」
気になるのは、先ほどのミリカの態度だ。
会場から「処刑」の言葉が上がると、ミリカは顔色を失って倒れてしまった。
思い返してみても、《イケパー》ゲームにはそんな描写はなかったように思う。
ゲームでは卒業パーティーの断罪の後、それぞれの攻略対象者がミリカに想いを告げるスチルが流れて、そのままエンディングに突入する。
エンディングでは攻略記念としてミリカと攻略対象者たちがラブラブな未来を送るスチルがゲットできるわけだが、その後のユリアンナの処遇などは文章でつらつらと説明が流れるのみである。
つまり、今地下牢に入れられているユリアンナの状況は既にゲームのシナリオ後の世界と言える。
(この後、ミリカはどうするつもりなのかしら……?)
そもそも『ミリカ・ローウェン暗殺未遂事件』はミリカの強い希望で実現させたものだ。
アレックスは、この後ユリアンナの処遇を話し合いの上決めると言っていた。
ミリカはその話し合いの場で、ユリアンナの減刑を嘆願するつもりなのだろうか?
ゲームから離れてしまったが故に、先が見通せなくて不安が襲ってくる。
でもここまで来てしまったのだから、あとは信じて成り行きを見守るしかないのだ。
ユリアンナは全てをやり終えて安堵し、弛緩した体を冷たい壁に委ねて目を閉じた。
次に目が覚める頃には、自分の行き先が決まっているだろう。
◇
一方、その頃王宮の一室で、ユリアンナの処遇を決めるための話し合いが始まろうとしていた。
部屋にいるのは王家より国王、王太子、アレックス。
被害者側の関係者としてサイラス、ジャック、未だ青い顔をしたミリカ。
シルベスカ公爵家を代表してアーベル。
それから魔法による検証が必要な時のために、魔術師団長のモーガンとオズワルドが傍に待機している。
全員が集まり重苦しい雰囲気が漂う中、口火を切ったのは国王だった。
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