42. 卒業パーティー開始
大夜会から3ヶ月。
遂にゴールドローズ学園の卒業式を迎える。
《イケパー》ゲームでは全てのメインルートのクライマックスがこの卒業パーティーであり、全てのルートでユリアンナは悪役令嬢として断罪されることになる。
ゲームのユリアンナはまさか卒業パーティーが自分の断罪の場になるなんて夢にも思わなかっただろう。
だが、今世のユリアンナはこの日のために4年をかけて準備してきたのだ。
市井で一人で生きていくために体力をつけ、魔法を学び、役に立つ知識を入れた。
卒業パーティー後にはもう公爵邸に戻ることもないため、部屋にある私物は全て片付け、持ち出すものはオズワルドから教わった〝空間収納〟魔法によりすでに亜空間に仕舞ってある。
断罪が終われば身一つで国外に追い出されることになるが、新しい生活を始めるのに不足はない。
何かあればヘンリクスがアイゼン商会を頼っても良いと言ってくれているし、魔法で身を立てる自信は十分にある。
あとは、婚約破棄と国外追放を言い渡される時を待つだけ。
公爵邸で侍女たちに身なりを整えてもらいながら、ユリアンナははやる気持ちを必死で落ち着けた。
名門ゴールドローズ学園の卒業式典は丸一日をかけて行われる華やかな行事で、午前の部と午後の部に分けられる。
午前中は卒業式が行われ、成績優秀者の表彰などが行われた。
首席はサイラス、次席がアレックス。
その他成績優秀者としてミリカとオズワルドを含む10名ほどが表彰された。
卒業式が終わると一旦帰宅し、夜のパーティーに備える。
ユリアンナは《イケパー》クライマックスのスチルで見たマリンブルーのドレスに身を包み、美しい金の髪を派手に巻いて、自身の瞳より鮮やかな赤色の口紅を乗せる。
顔周りを飾り立てた影響でただでさえ吊り目がちな瞳はいつもより吊り上がり、まさに〝悪役令嬢〟といわんばかりの風貌に仕上がった。
(こうやって着飾るのもこれで最後なのよね……)
ユリアンナは姿見に映る自分の貴族令嬢としての最後の姿を目に焼き付けた。
◇
卒業パーティーは通常の夜会と違い、エスコートが必須でない。
家族と入場し、身分による堅苦しい挨拶などは抜きにして友達と談笑しながら食事やダンスを楽しむのが通例だ。
一緒に入場してくれる家族のいないユリアンナは一人で入場し、いつものように〝認識阻害〟で人混みに紛れていた。
「ユリ。卒業おめでとう」
〝認識阻害〟をものともせず、オズワルドが真っ直ぐにユリアンナのもとに歩み寄る。
「オズも。成績優秀者おめでとう」
ユリアンナがそう返すと、オズワルドは不機嫌そうに眉根を寄せる。
「どうしたの?」
「……ちょっと嫌なこと思い出した」
「嫌なこと?」
「ああ。午前に成績優秀者の表彰があっただろ?」
卒業式典の一環で成績優秀者が表彰された時、名前を呼ばれた生徒が壇上に上がって学園長から勲章を受け取った。
普段はあまり他の生徒の前に姿を現さないオズワルドも、渋々壇上に上がって勲章を受けたのだが……。
「その時、あの女に話しかけられたんだ」
「あの女って……ミリカのこと?」
ミリカの名前を出した途端、オズワルドはその端正な顔を顰める。
「そう。初対面なのにいきなり手なんか握ってきて、背中がゾワッとしたぞ」
本来はオズワルドも攻略対象なのだが、オズワルドがミリカを避けまくっていたために卒業式が初対面という展開になってしまったらしい。
「ふふ。やっと〝ヒロイン〟とご対面したのね、おめでとう」
「一生会わなくて良かったんだけど」
「あら、どうして?あなたが恋するはずだった相手なのに」
ユリアンナの言葉を聞くと、オズワルドはじっとその紅色の瞳を見つめる。
「………ゲームの〝ユリアンナ〟と現実のユリが違うように、あの女もゲームの〝ヒロイン〟とは違うだろ?俺がアイツを好きになることは一生ないよ」
オズワルドはそう言い放つと、視線をユリアンナから外してパーティー会場をさっと見渡した。
会場では先ほどから音楽が鳴り始め、卒業生たちがダンスを踊ろうとダンスホールに集まり出している。
視線を戻したオズワルドはいきなりユリアンナの前に跪き、その手を取って眼前に掲げる。
「〝稀代の悪女〟様にダンスを申し込む栄誉をいただけるか?」
少し茶化したようにダンスを申し込むオズワルドを見てユリアンナは一瞬目を丸くしたけれど、すぐに〝悪役令嬢〟らしい勝気な笑みを浮かべて、オズワルドに取られていない方の手を前に差し出し、徐ろにオズワルドの顔に触れる。
「……わたくしの隣に立つのでしたら、これくらい格好つけてもらわないと困るわ」
ユリアンナはそう言って、漆黒の瞳を覆い隠している長い前髪を掻き上げる。
前髪の奥から、普段は誰も見ることのできないオズワルドの整った素顔が露わになる。
オズワルドはニヤリと口角を上げると立ち上がり、ユリアンナの手を引いてダンスホールの中央へと歩み出る。
華やかな装いのユリアンナと本当なら人目を惹く美男子であるオズワルドの2人は、〝認識阻害〟のおかげで誰の視線を集めることもなく優雅に踊り始める。
音楽とオズワルドのリードに身を委ねながら、ユリアンナはヒールを履いた自分より少しだけ背の高いオズワルドを見上げる。
「……オズってダンス踊れたのね」
「まぁな。一応伯爵家の息子だから貴族教育は一通り受けてる。でも、誰かと踊ったのは今日が初めてだ」
オズワルドは初めて踊ったにしては余裕のある足捌きで、ユリアンナをくるりと回してみせる。
もしここが《イケパー》の中の世界線なら、この手を取っていたのはミリカだったのだろうか。
「………オズ。今まで色々ありがとう。魔法を教えてくれたことも、計画に手を貸してくれたことも………私と仲良くしてくれたことも」
「……何?その今生の別れみたいな御礼は」
怪訝そうに眉を顰めるオズワルドに、ユリアンナは曖昧に笑って返事を流す。
今日が終われば、ユリアンナは大罪人として国外に出ることになる。
王国屈指の天才魔剣士で、未来の英雄となるであろうオズワルドとはもう人生が交わることはない。
別離の時が近づいていた。
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