39. ミリカ・ローウェン暗殺未遂事件④
計画の準備を始めてから半年程が過ぎ、いよいよ3度目の『初冬の大夜会』の日がやってきた。
この半年でミリカにはルキエルを攻略してもらった。
ミリカ曰く、《イケパー》のルキエルが登場したシーズンイベントはかなりやり込んだらしく、攻略の手応えはばっちりとのこと。
ユリアンナと同じ18歳のわりには小柄で細身なルキエルは少年といった風貌。
中性的でどこか退廃的な雰囲気漂う美形は前世のミリカの好みのド真ん中だったために、課金までしてルキエルルートを愉しみ尽くしたのだそう。
興奮気味に早口で語るミリカに若干引き気味であったユリアンナだが、ルキエルがミリカに攻略されているなら計画は上手くいくだろうと安堵した。
一方で、この半年でユリアンナの方には少し困った事態が起きていた。
アレックスが、中断していた定期的なお茶会の再開を申し出てきたのだ。
本当はすぐにでも断りを入れたかったが、アレックスが公爵家の方に申し入れてきたために断ることができなかった。
そこでこの半年間、3度ほどアレックスと2人で会う機会が設けられた。
以前のようにベタベタと体に触れようとしたり、猫撫で声で話しかけたりということは流石に無理だったが、あまりに無関心なのもミリカを虐めているのに整合性が取れないため、最低限アレックスに関心があるよう見せるためにミリカとの関係についてネチネチと詰っておいた。
そうして特に2人の距離も縮まらずに迎えた大夜会。
ユリアンナはいつものようにアレックスのエスコートで会場に入った。
王族用の出入り口は他の貴族たちより高いところに設置してある。
ユリアンナは会場を埋め尽くさんばかりの着飾った人の群れをぐるりと見回す。
───恐らく、これが最後の大夜会。
前世の記憶を思い出す前、ユリアンナは社交場が好きだったように思う。
着飾ることで自分を誇示できたし、アレックスの婚約者であるとアピールすることで自分が価値のある人間のように思えたから。
2年前の『初冬の大夜会』で夜会デビューを果たし、衆目の前でアレックスとファーストダンスを踊った。
それが前世を思い出す前ならば大層誇らしい気持ちになったことだろう。
〝ユリアンナ〟はずっとアレックスとダンスを踊るのを楽しみにしていたのだから。
しかし前世を思い出した今のユリアンナはこういった社交場が好きではない。
前世の頃から人前に立つのが得意じゃなく、できるだけ目立たぬよう生きていきたい人間だった。
どれだけ豪華で美しいドレスを着ても虚しさしか感じない。
だって本当のユリアンナを見てくれる人はこの大勢の中に一人もいない。
今は『王子の婚約者』『公爵令嬢』という立場がユリアンナを守っているが、それが無くなった瞬間にこの人たちは手のひらを返してユリアンナを見捨てるのだ。
人の醜い本性など、前世の人生で嫌というほど見てきた。
前世の〝琴子〟は親に捨てられ祖父母にも碌に世話されずに育った子だったから、身なりを自分で整えられずに小学校では壮絶なイジメに遭った。
中学に上がり自分のことが自分でできるようになると見た目でのイジメはなくなったが、それでも出自で蔑まれた。
高校は県内有数の進学校だったためあからさまなイジメはなかったが、〝琴子〟が心を開けるような友達はできなかった。
唯一心を開いたのは担任の先生だけだったような気がする。
高校を卒業して就職してから、〝琴子〟はいくらか生きやすくなった。
きちんと働いていれば周囲は感謝をしてくれるし協力してくれた。
今までの経験から心を全て許すことはできなかったが、友達と呼べる人もできたし〝琴子〟に想いを寄せていると言ってくれた人もいた。
まあ、初めてできた彼氏は実は既婚者で、見事に裏切られてしまったのだけど。
その経験があるから、ユリアンナはこのつまらない身分社会にしがみ付かずに外に出て働きたいと思ったのだ。
今世は幸いにも魔法の才がある。
早くこの似合いもしない枷のような重いドレスを脱ぎ去って、思い切り呼吸をしたい。
そんなことを考えていると、目の前に手のひらが差し出される。
考え事をしているうちに、いつの間にかファーストダンスの時間が来たようだ。
「さあ、踊ろう」
アレックスがユリアンナに声をかける。
どんな心境の変化なのか、最近アレックスはユリアンナに歩み寄ろうとしていると感じる。
以前のユリアンナなら嬉しく感じたかもしれないが、今のユリアンナからすると「今さら」という感想しか浮かばない。
差し出された手の上に手を重ね、ユリアンナはアレックスとファーストダンスを踊る。
ダンスの最中、ユリアンナの思考はこの後の『暗殺計画』のことでいっぱいで、アレックスがどんな目で自分を見ているのかなど全く気付かなかった。
ダンスを終え、いつものようにアレックスのもとを離れて〝認識阻害〟をかけようとすると、アレックスから手を握られる。
「ユリアンナももうすぐ王子妃になるのだし、この後一緒に挨拶対応をしてくれないか?」
「は………?」
ユリアンナはアレックスの申し出に一瞬虚を衝かれたが、言葉の意味を呑み込んだあとに怪訝そうに眉根を寄せる。
「……わたくし、まだ王子妃教育を受けておりませんのでそのようなことは出来かねます」
「お、王子妃教育……。そうか………」
アレックスは狼狽して握っていたユリアンナの手を離した。
まさか断られるとは思わなかったのだろう。
王子の婚約者には通常は早期から妃教育が課される。
しかしユリアンナは筆頭公爵家の令嬢であり、王家と同等の教育を受けることが可能であることから、早期の妃教育が免除されていた。
その代わりに学園卒業後に2年間の教育期間を取り、より実務に近い教育を施される予定である。
………というのは表向きの話。
実際は問題の多いユリアンナを王子妃にするかどうか、王家が判断するために妃教育を遅らせたのだろうと思われる。
その証拠に王太子ヴァージルの妃である元公爵令嬢のシドニーは10代前半から王太子妃教育を施されている。
「それでは、わたくしはここで失礼いたします」
アレックスが呆けている間に、ユリアンナは礼を取って足早にその場を立ち去った。
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